町中華の話

 別に健康診断だって引っかかってないんだがなあ。大学で初めてやったけどさ、なんかオリエンテーリングみたいで面白かったけどね。俺の前にいたやつが骨密度でずっと測定不能出してたな。機械なのか本人のエラーなのか分かんなくてずっと覚えてる。


 だって毎回そうやって顔色悪いって言われるとあれよ、気になるっていうかさ。鏡は見てるよ。毎朝顔洗うし髭もあたるからね。お前俺を何だと思ってんの。その辺はね、社会的な身だしなみってやつだろ、そんくらいは普通にやんのよ。この時期になると普通に朝はシャワー浴びるしね。髪やったついでに顔やるくらいなら手間でもなんでもない。


 じゃあ何、お前は俺の健康をおもんぱかって、今回はお話聞かないとかそういうことをする気だったりすんの?

 だよなあ。そんなん気にするやつだったら、そもそも喫煙所こんなところで顔合わせるような仲になったりしてないよな。

 煙草吸い始めてからずっと言われるもんな、体に悪いとか寿命が縮むとかね。何ならパッケージにも書いてある。分かりやすいのはいいことだろ、あばたもえくぼみたいなやつなら大喜びで手ぇ出せるしな。従兄なんかあれよ、寿命調整用って吸ってるからね。嫌味なやつだよ本当。


 変な目に遭ったから国島呼んでくれって言うんだもん。そういう係かなんかかよ! って事務の人佐藤さんとちょっと笑った。呼ばれたから行ったけどね。ちょうど休憩入れようかって話してたあたりだったし。


 多賀築さん、っていうんだけどね。あれよ、鈴木さんと一緒で現場とか客相手とかがメインの業務の人でね。その日は一日外出てて、昼飯も外で食べる必要があったんだよね。別にコンビニで何か買ってってのも良かったけど、それだと面白くないからって近場の店に目星つけてたんだって。最近町中華とか話題になってただろ? あんな感じの、古くから地元でやってて今は創業者の孫が三代目として色々やってて、SNSなんかにサービスエリアの食堂の券売機の上に飾ってあるようなメニュー写真上げたりしちゃってる系の店。そういうのふらっと入って当たりだと嬉しいじゃん。外れでもまあ、値段的にそこまで損した気分にもならないし。気軽な運試しっていうかギャンブルだよね。

 で、勝ちだったんだって。大勝ちってわけじゃないけど、油と火力で順当にアップグレードした家庭料理って感じの味だったと。これなら仕事の後に夜食べに来てもいいなって思うくらいには多賀築さんの好みだった。


 そうやって満足してお会計して外出て、よしこれで食後の一服吸えたら最高だなって辺りをちょっと探したんだって。店内、流石に禁煙だったから。その代わり、レジのとこに張り紙があってね。喫煙所『真横に』ありますって黒いマジックで書かれた文章とこう、雑な地図みたいなやつがぺたっと貼られてた。


 で、すぐ見つかったんだよね、外の喫煙所。


 当たり前だけど、張り紙の言う通りだった。バス停みたいな外見だったって言ってたな。バス停って言ってもあれよ、あの……時刻表がついてる看板だけってわけじゃなくてさ。戸のない掘っ立て小屋っていうか、雨風凌げて日除けにもなる屋根があって、椅子と座布団が置いてあって地べたに砂利が敷いてあって、店の名前シールが貼られた灰皿が設置されてる。無人駅だとたまにそういうのあるじゃん。そういう感じの小屋だよ。夏とか虫がすごいいる。俺の高校の最寄り駅がそうだったからよく知ってる。


 そんで多賀築さん、とにかく吸おうと小屋に入った。入ったけど、ちょっと後退あとずさった。


 椅子にね、傘が立てかけてあったんだって。

 いい感じの黒でこう、高そうなハンカチみたいな……レース? のやつ。柄とか石突きのとことか全体的に作りが細身で、何となく持ち主は女性だろうなって気がしたんだと。

 ──店の喫煙所だから、店に来た客の忘れ物だろうか。

 普通はね、そう思うじゃん。けど店の客層に合わないなってのも考えたって。町中華っていうか、昔からある中華メインの何でも家庭料理みたいな店だからさ。実際多賀築さんが食べてるときも、出入りするのは野郎ばっかりだったそうだし。ランチっていうより昼飯って感じだって言ってたな。めちゃくちゃ感覚的だけど、俺は何となく分かる。


 で、気持ちよく一服吸う前に何とかしなきゃなって思ったんだろうね。多賀築さん、とりあえず傘持って店行こうとしたんだって。厄介ごと片づけてから遊ぶタイプなんだよね。夏休みの宿題とか配られた日に終わらせてたんだろうな。

 こういうもんが外の喫煙所に置いてありましたけど、多分忘れ物だと思うんでお願いします──店にね、渡しておけば間違いないからね。店の方でも預かるなり交番に持ってくなりするだろうし。店の敷地内にあったもんは店に任せるってもんでしょ。酔っ払いぐらいだよ、確認取らずに外に投げていいのって。


 じゃあ持ってこうかって手を伸ばして傘持った途端、多賀築さんびたっと中腰のまま止まった。

 がしゃがしゃって布の擦れる音、傘の内側で何かが布に触れたような音がしたんだって。

 ビビるじゃん。でもまあ、真昼だしね。こういうところに置かれてた傘なら、大きめの虫かなんか入るくらいはあるだろうなって考えたんだって。

 虫なら店に持ってく前に捨てといた方がいいなって、多賀築さん傘を開いたんだと。


 ばさっと髪が一房、足元に落ちた。


 最初はなんだか分かんなくって、でも目を逸らすのも何だか嫌で、じっと見てたんだと。白っぽい砂利の上に、紙輪で束ねられた長い白髪が落ちてる。束ごと茹でたそうめんを叩きつけたみたいだったって言ってたな。

 それだけならまあ、気味の悪いゴミで済んだよ。切った髪の束なんて、それこそ美容師なら毎日掃き集めて捨ててるしな。可燃ゴミだよ。


 けどその髪、目の前でのたうったから、もう駄目だったと。


 雨の日に道の端っこでうねうねしてるミミズみたいな、生き物の動きだったって有坂さん言ってた。じゃあもう仕方ない。ただのゴミっていうか、怖いゴミだ。怖いのはね、よくない。


 傘、元に戻して髪睨んだまま後退って距離稼いでから、もう飛び掛かっても届かないなってとこまで行ってから走って逃げたって。

 でもまあ、大人だからね。正直そのまま神社行くなり自分ち帰って酒飲むなりしたかったけど、そういうわけにもいかないって堪えてね。そのまま仕事先行って、なんとかそっちも問題なくこなして、ようやっと帰ってきて俺に話してくれたんだな。帰ってきて真っ先にやんのがそれかよとは思ったけどね。話し終わって俺に一本渡してから、喫煙所に直行してた。煙草より優先されるの、どういう反応していいか分かんなくなるよな。それでも煙草吸いに行くんですねって佐藤さんは笑ってた。


 まあ、あれだよね。二種類あるよなって話にはなった。店側が被害者か加害者か協力者か、みたいな。三種類あるね。まあいいや細かいことだよ。バージョン違いがあるってさ、幅があって嫌じゃん。

 傘置いてかれたんなら、被害者だよな。そんなもんシンプルに困る。普通のゴミ置いてかれたって不法投棄なのに、そういう妙なものだったらどうしようもない。

 傘置いてたんなら、まだ余地があるじゃん。髪と傘は別枠ってことにすればいい。にわか雨降られた客用に傘だけ置いてたみたいなさ……うん、まあ、傘の貸し出しサービスって無茶だろうけどな。十中八九返ってこない。カウンターでお申し付けください方式にした方がまだマシ。じゃあ駄目だ罠だ。そんなんする理由が分かんないけどな。

 俺としてはね、協力者だったときの状況が嫌だなって思う。だって変なやつが増えるじゃん。傘を置いたやつと、置くことを許した店の人間。単純に数が増える。嫌だよ。店の人が騙されてたとしても、じゃあ置いたやつは悪いし、そんなやつが嘘ついてまでそんなことしてるっていうのがね、嫌じゃん。


 あー、そうだな。俺もそこ同意見。

 先輩がそこの町中華のリピーターになるかどうかってのは微妙なところだよな。飯はうまかったし雰囲気も良かったってことだけど、そういうのがあるとね。あの辺、何だかんだで街だから、それこそ代わりになるような店は結構あるんだよね。余程好みとかプレミア感みたいなやつがなかったら、わざわざその辺の因縁気がかりを抱えてまで選ぶ理由がないもんな。

 強みとか売りとかないとやっぱな。代わりが効くなら使い捨てにされちゃうもんな。同じ性能だったら新しい方がいいみたいなさ。何なら同じものでも新しいと性能よくなってたりするし。スマホとかゲーム機とかさ。ばんばん使ってばんばん買い換えて、そうすると市場も回るしいいもん使えるしで買い手も売り手もみんな幸せ。


 そこで古いもんを使い続けるのって、性能以外の理由がいるからな。たまに例外はあるけど、そんなんたまにだからね。基本的にはさ、今の世の中だと使い捨てた方が安くつくんだろうし。

 俺は……どっちだろうな。あっさり捨てるの、苦手かもしんないな。やっぱりね、色々考えちゃうからさ。小物なんだよ。

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