第6話 1%を制する者が100%を制する

 日比谷教教祖、雨宮小春。社長に才能を見初められ芸能レッスンセカンドステージへ昇格。

 雨宮小春、役者になります。



「セカンドステージでは新たな教官が貴様らの教練を行う!!雨宮、小鳥遊!せいぜい死なぬように食らいつくがいいわっ!!」


 狂ったように最敬礼を繰り返す年少組を背景にマット軍曹が激励と共に僕とゲロ吐き系クリーチャーこと小鳥遊夢氏を送り出す。


「はぁっ!はぁっ!はぁっ!はぁっ!ガタガタガタガタ……」

「……」

「はぁ…はぁ…ふひぃ……よろしく…雨宮君……え?なぁに?その透明のヒラヒラ…」

「これかい?これ雨がっぱ」

「なにそれ?」

「ゲロを避ける為の防護服みたいなものさ」


 嘘である。雨がっぱとは雨具である。



 --KKプロダクショングループ養成所、福岡校。

 その地下一階に年少組セカンドステージレッスン室は用意されているという……


 重たい金属の扉を2人かがりで押し開けてくれたお姉さん達が僕らに階段を降りるように促す。彼女達の顔は「まだこんなに小さいのに…」と憐憫に濡れていた。

 おかしいな?年少組のカリキュラムだよね?


「気をつけてね?」

「いい?芸能界だけが世の中全てじゃないからね?逃げるのも勇気よ?」


 おかしいな?まるで成功率0.1%の任務に向かうエージェントの気持ちだな。


 下へ向かって吸い込まれるような暗黒空間……先の見えない地下レッスン室への階段は幼い子供に向かえというにはあまりにも不気味で……


「うげぇぇぇぇっ!!」


 小鳥遊女史は早速吐いてた。


 なんの説明もないまま、震えまくり、あまりの振動に膝が外れた小鳥遊氏と手を繋いで引いてあげながら僕は階段を降りていく。


 ……明かりもついてなければ音もしない。まるでお化け屋敷だな。


 隣でエンドレスおゲロ状態に入った小鳥遊氏。しかし僕は奇人の街、北桜路市からやって来た男……

 この養成所もまぁまぁおかしいのかな?どうかな?って薄々気づいてはいたけれど、正直レッドべーレー軍だろうが軍曹だろうが僕の基準で言えば正常--



「--くばぁぁっ!!!!」


 階段で最下層まで降りてきたその瞬間、僕の足下にド派手なスライディングを決めながら誰かが登場。

 顔面を擦りながらザラザラの床に鼻血のラインを塗りつけるその人は僕らの知っている人だった……


「ひぃぃぃぃやぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーあーーーあーーー♪川の流れのようにぃぃぃぃ♪」


 突然の登場に小鳥遊女史、思わず美空ひばりに……



 --美空ひばりは日本の歌手、女優である。

 1937年5月29日、日本の神奈川県横浜市磯子区にて生を受ける。

 9歳で芸能界デビューし、その歌唱力を持ってして歌謡界の女王とまで称された伝説的な歌手だ。

 1989年6月24日、特発性間質性肺炎の症状悪化による呼吸不全の併発により死去。52歳だった。

 とある生番組にて美空ひばりの幽霊が映ったって話は有名である……


 ……が、今は関係ない。


「……ぐっ…き、貴様らは……」

「あれ?君は…「俺の名前は風見大和bot」君」

「なんだその呼び方は……違う…俺の名前は風見大和……」


 歌舞伎役者の息子、俺の名前は風見大和bot君だ。

 マット軍曹を怒らせて別メニューを組まれていたはずだけど…


「…セカンドステージレッスンって俺の名前は風見大和bot君と同じカリキュラムみたいだね。小鳥遊さん」

「おだやかにーー♪」

「小鳥遊さん?」

「この身をまかせていたい♪」


 ……へぇ、中々の歌唱力だな。

 社長に強制的に僕と同じ役者レッスンにねじ込まれたけど…


「くふっ…!はぁ…はぁ……貴様ら……ここに何をしに来た?いや……そんなことはどうでもいい…かはっ!!気をつけろ……奴は暗闇から音もなく現れる…」

「俺の名前は風見大和bot君、どうしたの?凄い傷だらけだよ?警察行く?裁判?裁判する?」

「うし…ろだ!」


 俺の名前は風見大和bot君が震える人差し指で僕らの背後を指し示す。

 僕らの後ろにあるのは今降りて来た階段のみ…のはずだ。

 けれど俺の名前は風見大和bot君から指摘されて初めて、僕らは背中に薄ら寒い気配を感じとった!!


 背中に走る激痛。

 ニードルナイフの折檻に耐えた流石の小春君でもいきなり背中を袈裟斬りにされてはたまりません。


「ぎゃああああっ!?」

「あーーーーーーーーーーっ♀!!」


 小さな背中を切り刻む悪魔の前で俺の名前は風見大和bot君と同じようにぶち倒れる僕とゲロを吐き散らす小鳥遊女史。

 小鳥遊女史の吐瀉物遠距離攻撃にもその気配は見事な反応を示し、暗闇を滑るように音もなく移動しゲロ放射を回避して見せた。


「……くっ…痛い。意味が分からない……何事?小鳥遊さん、平気?」

「痛い……いだい……偉大……医大……」


「--これが『なんと!?無音拳』の真髄…一切の気配を消し敵は殺されたことにも気づかない…」


 まるでカメレオンのように暗闇に同化していたその人はそんな悪そうな台詞と一緒にぬっ!と暗闇から姿を現した。


 眼帯をつけて頭に赤いベレー帽被っててマット軍曹と同じ軍服を着た、手に鉤爪付けた物騒すぎる、人様のお子さんを預かる施設の人間とは思えない殺意の塊みたいなおじさんだった。


「俳優コース、セカンドステージ…貴様らの教練を担当するカー・ネルだ」


 ……また変な人だ。


「……説明します。カー・ネル大佐はかつてレッドべーレー軍の指揮官として戦場で大変な活躍をされた英雄です。『なんと!?108派』に数えられる伝説の暗殺拳『なんと!?無音拳』を極められた超一流の暗殺者でもあります」


 それだけ説明していつの間にか現れたお姉さんは帰って行った…


「……お前ら覚悟しろ…セカンドステージは地上のレッスンとはレベルが違うぞ……」


 なぜ芸能養成所の俳優レッスンで血まみれになるのかは分からないけど、俺の名前は風見大和bot君はまるで1000年地下労働を食らった債務者のような忠告を僕らに飛ばしてきた…


「ふふふ…貴様らひよっ子に我が『なんと!?無音拳』の真髄を叩き込んでやろう…」


 ……あれ?ここ暗殺拳の修練場?


 *******************


「おはよう小春。どうだぁ?最近、レッスンは頑張れてるか?」

「……うん、おはようお父さん。頑張れてるよ」

「小春……あなた最近怪我が多くない?なに?もしかしてスタントマンにでもなるの?」

「違うよお母さん…いってきます」


 こんにちは。雨宮小春です。


 僕は今、KKプロダクショングループの養成所にて芸能人になるべく修練を積んでおります。

 早くも厳しすぎる洗礼に日々、お尻の穴がキュッとする毎日でございます……



 --年少組俳優コース、セカンドステージ



「『なんと!?無音拳』は暗闇から誰にも悟らせず背後を取り、一切の反撃を許さずに命を刈り取る…死神の拳。究極の暗殺拳だ」


 僕は切り刻まれております。


 セカンドステージ突入から1週間。相変わらず何も見えないレッスン室もとい処刑場で今日もカー・ネル大佐からしごかれております。


「うぇぇぇぇっ!!おげぇぇぇぇっ!!」


 小鳥遊女史はまた吐いてます。もはやセリフよりゲロの効果音の方が多い。


「くっ…このままやられっぱなしで……っ!!」


 俺の名前は風見大和bot君はズタボロにされながらも闘志を燃やしています。


「痛いっ!!斬られた!!あっ!!蹴られた!!バケラッタっ!!」


 僕はタコ殴りにされています。


 これが俳優コース…?

 どういうことですか…?



「貴様ら全くなってないな…こんな事では次のレッスンカリキュラムに移れんぞ?」


 力尽きゲロにまみれ床に倒れる僕らを見下ろしカー・ネル大佐が失望をこぼす。僕らを見下ろす目は「所詮子供か」と見限る大人の目。

 こういう目を大人がする時、それは良くない時だ。


「……はぁ……し、質問よろしいでしょうか?」

「…ふん、口の利き方だけは心得ているな。マットにしごかれたか……許可しよう雨宮」

「これ、俳優になるのに具体的にどう必要なんですか?」

「それは俺も思った」

「おぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!!」


 思ってたのにあんなに真剣に取り組んでたんだね、俺の名前は風見大和bot君…


「俳優とは演じるのが仕事…役の能力が演者を超えていたならば、演者はその役を演じ切ることは叶わん…これは貴様らがどんな役でも演じ切れる役者になる為のトレーニングだ」

「それと暗殺拳とどう関係が…?」

「暗殺者の役が来たらどうする?」


 来たとしてもほんとに殺しに行かないでしょ?馬鹿なの?僕ら血まみれだけど?


「そんなピンポイントな想定に対してここまでハードな……」

「風見よ…完璧な仕事を出来る人間になるためにまずやらなければならないのは、あるかないかの1%の可能性に対処する能力を極めることだ……」

「な、なるほど……」


 なるほどじゃねーよ。


「暗殺者の役が来るかもしれない…そのピンポイントの1%を取りこぼすようでは、100%の仕事をこなせる役者にはなれん」


 全く分かりませんでした。そのプロフェッショナル理論と僕らへの虐待は結局どう繋がるんですか?

 というか、最初は基礎レッスンって入所式の時聞いてたんだけどこれ基礎レッスン?


「おぇげえぇぇぇぇっ!!」


 暗闇の中のたうち回って永遠ゲロを垂れ流す小鳥遊さんへ隻眼の大佐の眼光が矢のように向かう。


「…貴様いつまで吐いてるつもりだ?」


 そりゃ吐きもするだろう…


 か弱く幼い少女へカー・ネル大佐の視線は厳しい。それはもしかしたら年少組の中、最速でこのセカンドステージに登ってきたという前提が念頭にあるからかもしれないけど…


「貴様そんな根性でこの芸能界生き残って行けると思ってるのか?このカー・ネルの暗殺拳を躱せず這いつくばりゲロを吐くだけの貴様のような小娘が……」

「おげぇぇぇぇぇぇっ!!!!」

「……貴様、向いていないぞ。この芸能界に……」


 カー・ネル大佐の言葉に小鳥遊さんはビクってしながらゲリラ豪雨の日の氾濫した川の流れのように激しいゲロと涙と鼻水を垂れ流し、カー・ネル大佐を見つめた。


 ……うん、とても人前に出せる顔してない。


 この時だけは僕も、俺の名前は風見大和bot君も同調。


「あの……私…おげっ!!」

「芸能界で生きる上で求められるものがなにか分かっているのか?貴様……何をしに来た」

「……芸能界で生きる上で必要なもの…なんですか?それは……」


 大佐の質問を小鳥遊さんの代わりに受けた俺の名前は風見大和bot君。考えることを放棄して答えを乞うこのナマケモノにカー・ネル大佐は律儀に応える。


「不屈の精神…そして圧倒的な力だ」


 後者に関しては必要ないと思います。教官。


「小鳥遊夢…貴様ではこの教練について行くことはできん」

「……っ!あ、あの……教官……私……」

「大佐と呼べっ!!」


 元レッドべーレーのプライドは高い……


「私……頑張るので…………」

「……これから順調に教練を積んでいけば貴様らは子役としてデビューするだろう。小鳥遊、貴様には子役に求められる資質がある。しかし……貴様の脆弱さはそれ以上だ」


 それは肉体の練度の話ですか?それとも精神ですか?


「貴様はここから出ていくがいい……芸能界は貴様の生きるべき世界では無い--」

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