第3話【悲報】父と母、息子の芸能界入りに発狂

 先日芸能事務所のオーディションを受けてきたんですよね。えぇ。

 ぼちぼちオーディションの結果が届くんじゃないかって時期なんですよね。えぇ。


 オーディションでは台本のセリフ読んだり、あとなんか軽く歌わされたりもしましたね。えぇ。あと、買ったばかりの一張羅がゲロに沈みましたね。えぇ。



 …さて。雨宮小春の日々のルーティンをご覧頂きましょうか。


 朝起きたらまず、文机に飾られた御神体、日比谷真紀奈の写真集に向かってお祈りでございます。

 あ、私『日比谷教』の教祖、雨宮小春と申します。日比谷真紀奈の布教活動をしております。ハルマゲドンの日に日比谷教の者だけが次のステージに進めるので皆さん、入信お忘れなく。


「…朝日と澄んだ空気…そして日比谷真紀奈…今日は水着のショットにお祈りしよう…」


 どうしてだろう…最近御神体を眺めていると下半身がムズムズしてくる時がある…

 下が落ち着かなくてどうもじっとしていられないのだ。


「……これは日々の信仰が実を結び次なるステージに向かっている前兆ということですかね……日比谷様」

「小春ー」


 おっと。愛しの母がプライベートという概念を無視して部屋に入ってきたぞ…立ち上がった教祖のズボンが膨れていた。


「ノックしてほしいです。ママ」

「自分の部屋でもないくせに偉そうに言ってんじゃないわよ」

「え?でもここ僕の部屋……」

「このマンションはあなたが借りてる訳じゃないでしょ?いい?小春。あなたは我が家の居候…家にお金も入れないくせにお金は食っていく穀潰し。私達はあなたに投資してる段階…将来ちゃんと稼がないと訴えるからね?」


 ……この人は僕のお母さんで間違いないんでしょうか?もしかして僕は橋の下で拾われてきた系男子……?


「小春に偉そうに手紙が来てるわよ」


 おや?母上がその手にしているのは『KKプロダクショングループ』の封筒ではないか?


「お母さん……読んでー」

「全くこの子は……この前広辞苑読んでたくせに……」


 僕を膝の上に乗せて封筒をビリビリに引き裂くお母さんがお堅い台詞の並ぶ書類に視線を這わせた。

 合わせて小2で広辞苑の読破を目指す僕も細かい活字の群れを目で追う。


 ……なになに?


 要約するとですな……


「合格だって…良かったね小春…………ん?合格?……合格!?」

「おぉー、オーディション合格だぁ。お母さんやっ--「きゃーーーーーーーっ!!」


 発狂する母が膝の上から僕を放り投げ部屋を飛び出したのは子供らしく僕がはしゃぐより早かった。



「ォォォォォォォォォォッ!おぉぉおっ!!お父さん!!いや!!健二ッ!!!!」

「それはお前の元カレの名前だろ!!」


 朝からトーストを咥えた口で器用にキレ散らかす我が父へ合格通知が叩きつけられる。乱舞する母が父の顔面に合格通知を叩きつけ父が椅子ごとひっくり返った。

 先日下の階から「夜中に部屋の中歩き回るな!足音で眠れねぇ!!」とクレームが来たばかり……ご近所との関係に不安を募らせる。


 そんな父も合格通知を寝ぼけ眼で眺めて……


「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!?」

「ふぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!?」

「きょぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!?」

「ぴぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?」


【悲報】父と母、息子の芸能界入りに発狂


「落ち着いてよ……お母さん、健二」

「さささ流石我が息子よね!!健二!!」

「おい母さん…それは俺に向かって言ってるのか?それとも元カレに向かって言ってるのか?」

「あああああ8年間育ててきてよかったぁぁぁぁぁっ!!あなた!!芸能人よ!?私達の息子がっ!!」

「これは大変な事だぞ……」

「ああぁ!あなたに顔が似なくてよかったわぁぁ……」

「おいおい、小春がイケメンなのは俺の遺伝子--」

「ありがとう健二!!」


 凍りつく食卓。我が父の手の中からひらりと舞い落ちる合格通知……


 小春は学校へ行く準備に自室に引き返していた。


「……おい、なんで健二にありがとうなんだ?」

「…………え?」

「小春は俺とお前の子供だろ…………?」

「……………………もちろんよ」

「……………………おい、まさかお前健二と…」

「何言ってんのよバカねぇ……」

「………………お前そういえば小春を身ごもる前、やたら残業残業って言って家に帰って来なかったよな!?」

「違うって……」

「じゃあなんでこのタイミングで健二が出てくるんだっ!!」

「やめてよっ!!」

「お前が始めたんだろうがっ!!」

「なに!?あたしの事疑ってるの!?」

「大体お前は--」


「--お父さん、お母さん、健二。行ってきます☆」


 *******************


「小春おかえり。お話があるの…」

「座りなさい」


 夕方帰宅するとお父さんとお母さんの他におじいちゃんとおばあちゃんまで我が家に揃っていた……


 両親に促されてダイニングキッチンのテーブルに座り剣呑な雰囲気に固唾を呑む。まさか8歳になったばかりでこんな……


「……まぁまぁ、落ち着きなされや。大人気ないよふたりとも…」


 と、祖父。


「そうじゃわい……でーえぬえー検査なんてバカバカしい……」


 と祖母。


 でーえぬえー……DNAだと?


 必死に場を宥めようとする祖父母を前にしても父と母との間の空気感はピリピリしたままである。


「ダメだ親父……小春が俺達の子なのかをハッキリさせなきゃならない…」

「だから私達以外の誰の子なのよ!!いい加減にしてよ!!」

「お前と健二の子だろ!!」


 ……健二、お前ってやつは何をしてくれてんだ。


「小春、髪の毛を一本もらうぞ?」

「お父さん……怖いよ……なんなの?」


 隣のおばちゃんに助けを求めるように縋り付く僕に父は「いいから動くなっ!!」と聞いたこともないような怒声を浴びせてくるではないか。


 まさか母の一言でこんなことに……

 ……てかほんとに僕はこの両親の子なのか?なぁ健二…


「やめなされや…小春が怖がっとろうに…お前頭を少し冷やしなさい健二…あ、間違えた」

「お袋!?なんで俺と健二を間違えたんだ!?まさか……!?」

「もうやめてよあなた!!」

「そんなに必死になるってことはやっぱり小春は健二との子だな!?」

「バカ言わないで!!健二とは短大卒業してから会ってないわよ!!」

「…考えてみたらやっぱりおかしい……小春は俺とお前…どちらにも似てないじゃないかっ!!」

「あなた!!」


【悲報】雨宮小春、母の元カレ健二との子疑惑浮上


「……そうか、もういい分かった。俺達もう……無理だな……」

「あなた!?」

「これ…早まるでない」

「そうですよ。なんですかお前……健二に嫉妬するなんて大人げない……」


 どうやら我が家は家庭崩壊寸前のようだ…

 もしこの家が崩壊したらどうなるのだろう?僕は健二に引き取られるのだろうか?

 というか僕は本当にこの両親の子なのか…?


 ……言われてみれば切れ目の瞳に白い肌。シュッと通った鼻筋…このイケメン具合。父とも母とも似つかない……

 というか母親の普段の僕への態度もなんだか冷たいというか……あんまりというか……


 ……もしかして僕は健二に橋の下で捨てられた子供……?


 途端に足下が暗闇に落ちる。今まで信じて立っていた場所が実は水を沢山吸った書道半紙の上だったかのような……言葉に出来ない不安感が襲ってきた……


 ……ここは僕の居場所ではない?


 ……僕の本当の父親は健二…?



 ………………いや。


 そんなことよりこの家庭が崩壊したら僕の芸能界入りはどうなるんでしょうか?

 なんか……レッスン料とか沢山かかるらしいんだけど……



 ……………………健二。


「別れよう。慰謝料はそっちが払えよ?」

「なっ……!バカ言ってんじゃないわよ!!もう付き合いきれないっ!!」

「お前が浮気してたんだろ!?」

「冗談じゃないっ!!言いがかりよ!!訴えてやる!!慰謝料請求してやるんだから--」



「--うぐっ……ぐす…」



 ヒートアップしていく夫婦喧嘩に冷水を浴びせるように割り込んできたのは無垢なる少年の透き通った涙であった。

 ごうごうと燃え盛る夫婦の怒りの炎を鎮火するのは僕の瞳からこぼれ落ちた雫…

 小さな嗚咽を零す僕の感情の発露にお父さんもお母さんも黙った。きっと健二も…


「……うっうっ……うえぇぇぇぇぇ……」



 ……言葉は必要ないだろう。


 喉奥からせり上がってくる声と、目からこぼれ落ちる涙だけでいい。

 わけも分からない少年が不安や恐怖をせき止められなくなったのなら、言葉での意思表示は無用……


「……小春」

「小春ちゃん……ごめんね?お母さん怒ってないよ……?」


 もしかしたら生まれて初めてお母さんが優しく僕のことを抱き上げてくれた。

 久しく味わっていなかった母の温もり…そろそろ涙が枯れてきたので誤魔化すように母の胸に顔を埋めた。


「……小春が可哀想思わんのかい?」

「そうじゃよ……こんな可愛ええ子が、あんたら以外の誰かとの子なわけないわ」

「…………」

「……あなた」


 僕を抱き上げるお母さんにお父さんが被さるように僕らを抱きしめた。

 亀裂が走り、バラバラになりかけた3人を再び繋ぎ止めるように…


 お父さんの口から「すまなかった」と小さく謝罪がこぼれ、お母さんの口からも「あたしも……」と応えた。



 ……雨宮小春、迫真の演技により雨宮家、そして芸能界入りまでの道を守る。



 …………まぁ、我が子の涙に絆されるこの2人が僕の本物の両親であることは間違いないだろう…

 それにしてもチョロいぜ……



「……やれやれじゃのぉ、ばあさん(ボソ)」

「全くですねじいさん…橋の下で拾ってきたのがバレるかと思いましたよ…(ボソ)」

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