第32話 折衷案

「はあああ~。気持ちいい~」


 夜ご飯を食べ終わって、わたしは今、温かいお風呂に浸かっていた。


 お姉さんが作った夜ご飯は意外にも肉じゃがという超家庭的なメニュー。


 お姉さんのことだからイタリアンみたいなオシャレな料理を作るのかと思っていた。


「なんかいい匂いするなあ」


 お風呂には入浴剤が入れられていて、匂いから柑橘系のものだとわかる。


 お姉さんにお風呂先にどうぞと言われてしまったけれど、先に入ってしまうのはどこか罪悪感があって、わたしはお姉さんの後にお風呂に入っていた。


(はあ……)


 本当に、お姉さんと一緒にいると不思議な気持ちになることが多い。


 お姉さんがわたしを好きだと言っているのも不思議だし、それを受け入れているわたしに対しても不思議に思う。


 家族でもないし、友達でもない。同級生なわけでもないし、友達の友達なわけでもない。


 お姉さんとわたしの間には、お姉さんのわたしへの好きという気持ちを取り除いてしまったら、何もない。


 たったそれだけの不安定な関係だけで繋がっていると思うと、心の奥底から「不思議だなあ」と思う。


 ただお姉さんに対するマイナスイメージのようなものはもうない。


 最初は急に好きだと言われたり、強引なところがあったりと、あまりお姉さんに対して良いイメージはなかった。


 だけど、そこまで変な人ではないし、最近は好きだと言われてなぜか満たされたような気持ちが生まれているのも事実だ。


(……そろそろ出ようかな)


 あまりお風呂に長居してしまってもよくないし、わたしは小さく息を吐いて、お風呂を後にした。


 ☆


「あ、茉莉ちゃん」

「お風呂ありがとうございました」

「入浴剤は大丈夫だった?」

「はい、気持ちよかったです」


 お姉さんに借りた部屋着からは、新品の服の匂いがする。


「じゃあそろそろ寝よっか?」

「そうですね」


 時刻はそろそろ0時になろうとしていた。


 わたしはあまり夜遅くまで起きていられない人なんだけど、自分の家ではないからか、あまり寝れなさそうな気がした。


「じゃあ茉莉ちゃんがベッド使ってね」

「え、じゃあお姉さんはどこで寝るんですか?」

「そこのソファで寝るよ?」


 ソファのすぐ傍には毛布が用意されていた。


(……うーん)


 さすがに泊る側のわたしが人のソファを独占してしまっていいのだろうか。


「いや、わたしがソファで寝ますよ」


 わたしは別にベッドでないと寝れないというわけではないので、普通に考えてわたしがソファで寝るべきだろう。


「いやいや、茉莉ちゃんにソファで寝させられないよ」

「え、でも……」


 お姉さんの目からは、わたしには絶対にベッドで寝てもらうという強い意思が感じ取れる。


「うーん…… あ、じゃあ一緒に寝ます?」

「……へ?」

「折衷案ってことで」


 それならお姉さんをベッドで寝させることができるし、わたしもベッドで寝ることができるという素晴らしい折衷案。


 これならわたしもお姉さんもwin-winだ。


「い、いやいやいや! 茉莉ちゃん、ちょっと待って!」

「……? はい?」

「わ、わたしと茉莉ちゃんが一緒に!?」

「はい」

「ベッドで!?」

「はい」

「ちょ、え…… ええ!?」

「あ、もしかして一緒に寝るの嫌でした?」


 お姉さんは大丈夫だと勝手に思っていたけど、人と一緒に寝たりするのは苦手なのかもしれない。


 それともお姉さんならわたしと一緒に寝てくれるだろうと思っていたわたしのうぬぼれか……


 なんにしてもお姉さんをベッドで寝させるようにわたしの拙い話術でなんとかお姉さんをベッドへと誘導しなければ。


「嫌ってわけではないんだけど…… むしろ嬉しいんだけど……! 茉莉ちゃんどうしたの!?」

「……?? 何がですか?」

「だって茉莉ちゃん、わたしがくっついたりしたらいつも嫌がるよね!?」

「あれはお姉さんが大勢の前でするから恥ずかしくて……」

「じゃ、じゃあ茉莉ちゃんはわたしと一緒に寝るのに抵抗とかないの?」

「抵抗? ないですよ?」


 ホテル以外はだいたいどこにもベッドは一つしかない。


 友達の家に泊ったときとかはよく一緒のベッドで寝ている。


「茉莉ちゃん、わたしが茉莉ちゃんのこと好きだって分かってる!?」

「分かってますよ?」


 ……なんか分かってますって断言してるわたし、恥ずかしいな。


「わたしドキドキしすぎて寝れないよ!?」

「あー…… なるほど、そういう……」


 わたしはそう聞いて、ようやくお姉さんの思考に追いつくことができた。


(そういうことかあ)


「それにわたしが変になっちゃったらどうするの!?」

「変……? どういうことですか?」

「そ、それは……! その……」


 お姉さんはそう言って、口ごもってしまった。


(うーん、なんか長くなりそうだなあ。……仕方ないか)


 結局、お姉さんのこの様子を見る限り、二人で寝るのは無理そうだ。


 となると一人でベッドを使ってしまうという未来が見えたので、わたしは少し強引な手段に出ることにした。


「お姉さん」

「え……?」


 わたしはお姉さんの手を引っ張って、ベッドまで連れて行く。


 そしてお姉さんを無理やりベッドに座らせて、肩を掴んでそのまま押し倒した。


「…………へ?」


 押し倒したとなると人聞きが悪いかもしれないが、これは仕方がないことなのだ。


「ま、ままま、茉莉ちゃん!? なに──」


 続けて何か言おうとしたお姉さんの言葉を、わたしはお姉さんの口に軽く人差し指をを当てて遮った。


「ベッドはお姉さんが使ってくださいね。おやすみなさい」


 そう言ってわたしはソファに向かい、すぐに部屋の電気を消し、目を閉じた。


 わたしの作戦が成功したからか、それとも驚いて言葉が出なかったか、お姉さんは何も言ってこなかった。

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