第22話 空

 カーテンの隙間から見える空がだんだんと明るくなっているのがベッドの上から分かる。もう朝になってしまった。


 時計の短針はそろそろ七を指そうとしている。


 時間が過ぎるのが早い。この時間はいつもならぐっすり寝ている時間。朝こんなに早く起きているのは久しぶりだ。


 わたしは全く眠れず、昨日からずっと梗のことを考えていた。


(はあ……)


 ベッドから立ち上がって、カーテンを勢いよく開ける。


 まだ青白い空には黒っぽい小さな鳥が気持ちよさそうに泳いでいる。


 そんな様子を見ていると、ずっともやもやしていた気持ちが少しは晴れたような気がした。


 やっぱり夜に考え事をするのは良くないな。


 たまには早起きするのもいいかもしれない。


 まあ今日は早起きってより、ただ単に寝てないだけだけど。


 そんなことを考えながら、わたしは制服に着替え、一通りの準備が終わったあと、リビングに向かった。


 リビングに着くと、お母さんはまだお弁当を作っていた。お父さんはテーブルの上で、少し急ぎながら食パンをかじっている。


 緋衣はまだいないから、寝ているみたいだ。


「え、茉莉花!? 起きたの!?」


 白風家の起こしても起きないで有名なわたしがこんな早い時間に起きてきたことにお母さんが驚いている。


「お弁当まだできてないわよ!? もう五分くらいあればできそうだけど…… 今日ってなんかあった!?」

「ううん、たまたま早く目が覚めちゃっただけだから」

「そう、良かった…… あ、朝ご飯なんか作ろうか?」

「いや、いらない」


 わたしは基本的に朝ご飯は食べない。


 なんでかは分からないけど、ずっと昔から朝ご飯は食べてこなかった。お母さんもお姉ちゃんも食べていなかったから、その影響だろうか。


 たぶん小学生の頃にはほとんど食べていなかったと思う。


 別に朝ご飯を食べなくても、お昼までお腹がすいて耐えられないなんてこともないし、まあいっかななんてなっているうちに、だんだんと朝は胃が食べ物を受け付けなくなってきた。


 それでもたまに食べるときはあって、体育祭当日の朝だったり、球技大会当日の朝だったりするとき。


「茉莉花、お弁当できたわよー」

「ありがとう。じゃあわたしもう学校行くよ」

「え、まだ七時半前よ?」

「たまにはいいかなって。行ってきます」


 ☆


(ふう……)


 こんなにゆったりと学校に登校できたのは久しぶりだ。


 校舎の中にはほとんど人気ひとけはなくて、わたしがクラスの一番乗り。


 はっきりと説明はできないけど、この空間は好きかもしれない。


 放課後、一人教室に残っている感覚とは違って、朝の爽やかな感じと誰もいない静かな教室がどこか癖になりそうな感じ。


 これから早起き頑張ってみようかなあ。


 窓をのぞくと、外では朝練が行われていた。サッカー部の男子たちが一生懸命転がるボールを追っている。


(朝から部活だなんてほんとすごいなあ)


 中学生の頃はわたしも朝早くに起きて部活に行っていたけど、今やれと言われたら絶対に無理だ。


 部活に対する熱意もあんまり残ってないし。


 そう言えば、梗と仲良くなったきっかけは部活だった。わたしはバドミントン部で梗と一緒にダブルスのペアを組んでいた。


 だから自然と一緒にいる時間も長かったし、梗にはいっぱい助けられた。


 その梗が……


(はあ……)


 考えれば考えるほど、自分に沈んでいくような感覚に陥ってしまう。


 もっと空が明るくなれば、この気持ちも晴れていくだろうか。


「え、茉莉花!?」

「え……?」


 静かな空間にわたしを呼ぶ大きな声が聞こえて、わたしは後ろを振り返った。


「あ、桜來」


 わたしの名前を呼んだのは桜來だった。


 いつもこんな早くから学校来てるのかな?


「え、なんで!?」


 このリアクション今日でもう二回目だ。


 どうせなら三回目も誰か狙ってみようか。


「たまたま早く起きちゃってさ。桜來こそ毎日こんな早くに来てたんだ?」

「うん、朝教室に一番乗りってなんか優越感があるくない?」

「ちょっと分かるかも。じゃあ今日はわたしは桜來の優越感取っちゃったね」

「いや茉莉花になら、なに取られてもいいから!」

「……あははっ! なにそれ!」


 桜來と話していると、なんだか元気が出てくる。


 わたしは隣の席に座った桜來に椅子を近づけて、桜來に横から抱きついた。


「ちょ、茉莉花!? な、なにして!?」


 桜來の反応もいつも通りで安心する。


「……いやあ、桜來のこと好きだなあって」


(よしっ、いつまでも悩んでても仕方がない。元気出そう、わたし!)


「な、なななに言ってるの……!」

「んー、本心だけど?」

「くっ……」


 わたしは一旦梗のことは置いておくことにした。


 悩みすぎるのも疲れるからね。


 そう思わせてくれたのは桜來のおかげ。


 桜來はわたしにとって空なのかもしれない。




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