第12話 現状維持

「えー、嫌だ嫌だ! 帰らないでー!」

「だから子供みたいに駄々こねないでください!」

「泊っていってよー!」

「無理ですよ! 第一、親にはなんて説明すればいいんですか!」

「そんなの将来結婚予定のお姉さんの家に泊まってくるって言えばいいじゃーん!」

「言えるわけないじゃないですか!」


 そろそろ暗くなってきそうだから、家に帰ろうとしてるんだけど……


 玄関から先に進めない。お姉さんが手を離してくれない。


 秋にもなってくると日が暮れるのが早い。


 早くしないと、本当に真っ暗になっちゃうから早く帰りたいんだけど……


「じゃ、じゃあせめてお姉さんにお家まで送らせて! ね、そうしよう!」

「え、いやいいですよ。そんなの悪いですし」

「全然悪くない! むしろわたしが茉莉ちゃんともっと一緒にいないと干からびちゃう! ミイラになっちゃう! お願いします!」


 なにを言ってるんだ、このお姉さんは。


「……はあ、分かりましたよ」


 これ以上断っても意味はなさそうだったので、諦めることにした。


 いくら断ったって少しの可能性にかけて絶えずに可能性に手を伸ばしてくるんなら、早く手を掴んであげたほうがいい。


「やった! ありがとう!」

「はいはい」


 わたしは靴をはいて、ようやく玄関の扉を開けることができた。お姉さん付きだけど。


 ほんと強引なんだから……


 こういう面を見ると、あんまり年上って感じがしない。


 その点では妹っぽいような感じもするし、でもところどころお姉ちゃんっぽいような感じもする不思議な人だ。


「外は結構寒いね~」

「そうですね」


 秋って感じの風と匂いだ。


 景色はこれから冬に向かって行くような寂しさがある。


 冬には冬にしかない魅力があるけど、やっぱり冬は好きではない。


「ねえ、茉莉ちゃん」

「はい?」

「好き」

「……ありがとうございます」

「分かってないなあ、もう。わたし茉莉ちゃんが思ってるよりも茉莉ちゃんのこと好きだよ?」


(…………)


 なんでなんだろう。


 ひとめぼれでそんなに好きになるものなの? わたしのこと全然知らないのに?


 分からない。ただただ分からない。


「……お姉さんはわたしと付き合いたいんですか?」

「うん、そうだよ!」

「すごい即答」


 わたしは……どうしたいんだろう。


 今は特になにも考えていないけど、これだけわたしのことを好きって言ってくれるなら付き合ってみてもいいのかな?


 うーん、でもわたしがそもそもお姉さんのことを好きじゃないのに、付き合う意味ってないよね?


 それとも付き合ってみたらなにか変わったりするとか?


「茉莉ちゃん? どうしたの?」

「……なんでもないです」


 今はまだ……いっか。もうちょっとこのままがいいや。


 どう考えても疑問形なことにしか考えは至らなかったので、とりあえずは現状維持ということにしておいた。


 今のところそこまで現状に不満があるわけではないから。


「もしかしてわたしの愛を疑ってる?」

「う、疑ってはないですけど……」

「わたしは茉莉ちゃん一筋だから大丈夫だよ!」

「いや疑ってるわけでは……」

「茉莉ちゃん、好き好き好き! 宇宙で一番可愛い! お姉さん茉莉ちゃんと一緒にいるだけで幸せ! もう幸せすぎて溶けちゃう! 毎日──」

「だから疑ってないですってば!」


 なんだこの恥ずかしさマックスな褒められ方。


 わたしの方が溶けてしまいそうだ。


「着きました。ここがわたしの家です」


 そんなこんなな会話をしているとわたしの家に到着した。


 意外とわたしの家からお姉さんの家まではそんなに遠くはない。


「へえ、ここが茉莉ちゃんの家かあ」


 普通の家ですよ、普通の。


 わたしの部屋から見える景色は隣の家の壁とか窓だし、家に緑は一つもない。もちろんふわふわのソファとスリッパもないけど、やっぱり普通が一番!


 やっぱり我が家が一番落ち着くよね。


「じゃあここで。送ってくれてありがとうございました」

「ううん! わたしが来たかっただけだから! おかげで茉莉ちゃん成分もっと補給できたし!」

「なんですか、わたしの成分って。はあ、お姉さんも気を付けて帰ってくださいね」

「うん! じゃあまたね!」


 そう言って、お姉さんが帰って行く後ろ姿をわたしは見送った。


(本当に…… 変な人)











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