評価のゆえに

みんなのために

練習後に監督から背番号が選手達に渡される。どうやら近いうちに公式戦が行われるとのこと。帰りに万里男君に詳しいことを聞こうとしていた実桜であった。


来週から少年野球の地区大会が行われ、そこで優勝したらブロック大会、オンタリオ州大会と進めていくみたい。この話を聞いて全試合応援に行こう、そのために応援以外にも形として何か渡したいと考えていた。


家に帰って調べると日本では受験や大会で勝ち上がれるようにお守りを渡す習慣があると書いてあった。手先が器用ではない実桜にお守りを作れるだろうか不安な気持ちだがいつも練習を頑張っている万里男君や他の選手達のためにも何かしたい気持ちが強かった。


ボールにカナダの国旗でもあるカエデを加えた形にして下書きをした上でお母さんから裁縫さいほう道具を借りて針に糸を通すのに糸通しを駆使し、玉結びや玉留めと悪戦苦闘しながら初の裁縫さいほう挑むが中々上手くいない。


その理由は毎週のように汗を流して練習している選手たちの姿を見ているから。このくらいのことで音を上げるわけにはいかないと自分の寝る時間を割いてやっていて何とか地区大会前日までに全てのお守りを作り終えた。


明日は遅れないように、晩ご飯を食べ終えてお風呂に入り終わったらスグに寝よう。大事な初戦、ここで勝たなければ次もない。そのことは選手のみならず、実桜自身も理解をしていたし、だからこそ必死にお守りを作った。


翌日、迎えた初戦。実桜は選手それぞれに手作りのお守りを渡すと嬉しそうにお守りを握ってズボンのポケットにしまってくれた。


そして試合が始まった。チームの精神的支柱でもある万里男君がこの日は右投げで点を取られることもなく圧巻なピッチングで打者としてもマルチヒットで勝利に貢献をしていた。


初戦を終えて整列をして礼を終えると選手たちは中々帰る様子がない。相手選手が帰るのを見送るためなのかなと勝手に思ってしばらく実桜もその場に立ち止まっていた。もう姿が見えなくなると突然選手たちはマウンドに集まる所に実桜も呼ばれる。


選手たちは実桜を抱き上げて胴上げをしている。急に何が起きたのか分からない実桜。寒いからと思ってハーフパンツを履いているもののミニスカートで来ていた。嬉しい気持ちよりも恥ずかしい気持ちの方が強く、早く下ろして欲しいと思っていた。


カナダに胴上げするような文化あったかな?帰り道に万里男君に尋ねた。初戦に勝ったら実桜ちゃんを胴上げしようとベンチ内で話し合っていたみたく、お守りがあるから劣勢でも関係ない。知らないところで話が進んでいた。


日本にルーツを持つ実桜のために文化を調べた結果が胴上げをしようとの事だったみたい。その話を聞いてとても有難いことだなと思うがまだ地区大会の初戦を勝ったに過ぎない。気合いを引き締めてと万里男君のお尻を叩いた。


向かうところ敵なし

翌週にはまた試合が行われ、この日の万里男君はピッチャーとしての出場ではなくファーストでの出場となった。理由としては1週間に投げられる球数が限られている上、連投が認められていなかったためである。


だが、投打の軸でもある万里男君を試合に出場するために別のポジションとして今回はファーストでの出場することを監督から通達された。全てのポジションを守れる万里男君はファーストと外野の時は左投げで、ピッチャー以外の他のポジションでは右投げと器用に使い分けていた。


何種類グローブを持っているのか、実桜のみならず、チームメイトも把握していないくらい使い分けている。それだけでなく、ベンチのムードメーカーとして大きな声を出していた。


「ドンマイ、ドンマイ。ネクスト、ネクスト」

日本語なのか英語なのかもよく分からない言葉で選手たちを励ましもあって辛勝しんしょうして次々と強敵を倒して気がついたら地区大会を制していた。


地区大会の勢いそのまま、ブロック大会を制してオンタリオ州大会も制して最優秀選手には万里男君が選ばれたのを聞くと友達と誇らしいし、練習を頑張ってきた賜物たまものだなと見つめていた。


いつも行っているグラウンドで万里男君を胴上げをしていた。そこには実桜の加わって一緒に参加をさせてくれて水面下ではベースボールの強豪校から誘いが来るほどだった。


万里男君が他の選手よりも優れていることは素人の実桜でも分かるほどだったため、まだ中学生になりたてでもそういう話が舞い込んで来ても当然かなとくらいにしか思っていなかった。


手紙の送り主

オンタリオ州大会を制した万里男君たちの少年野球チーム。この州にはカナダの首都でもあるオタワ、過去にオリンピックや万国博覧会が行われたバンクーバー、そして実桜や万里男君が住むトロントなどがある中の頂点。そう考えてるとスゴいことをしたなと他人ながら感動していた。


ある日、万里男君の家に直筆じきひつの手紙が届いたと実桜のもとに電話がかかってきた。何かと理由を聞くと一緒に手紙を読んで欲しいから時間を作ってとのお願いであった。スグにいいよとは言えなかった。


それは女の子からのラブレターの可能性もあるからだ。地区大会、ブロック大会、オンタリオ州大会と観衆は男の子のみならず女の子も増えていて応援した子からの手紙かも知れない。そう思うと一緒に手紙を読むというのはその女の子の立場だったらいい気がしない。せめて相手がだれなのか、宛名を確認してと万里男君に伝えた。


電話を切らずに手紙を裏を見て宛名を確認すると英語の達筆たっぴつで何とか読み取って男の人の名前な感じ、とにかく中身を見るのが怖いから実桜ちゃん、お願いと全く食い下がるつもりはなさそうだった。


万里男君のことを好きだから。とかそういったことは関係なく、男の人からなら同じベースボールをしている子やプレーを見て感動したから書いたかも知れない。そう思いつつ一緒に手紙を見ることを承諾をすると今すぐ家に来てと催促されることになった。


小難しい英語が書かれているかも、分からなかったら何をしに万里男君の家に行くのか分からなくなるから念のために翻訳機を持って家を出る。どうか実桜でも分かるような英語で書かれていますようにと祈りつつ歩いて向かう。


かわいいワガママだと思って万里男君の家に向かう実桜、家に着いて一緒に手紙を読みつつ文章を翻訳機に入力して見た。すると以下の事が書かれていた。


「君は優秀なベースボールプレイヤーだ。是非私たちと共に世界の頂点を目指そうではないか。カナダ代表として招集したい。このアドレスに参加するかしないかの返事が欲しい。いい返事を待っているよ」


万里男君がカナダ……代表?実桜も当の本人でもある万里男君も急な出来事に嬉しくてバンザイをすることもなく、泣いたりもしない。ただただ驚きのあまり言葉が出ない。このような空気になるのはお互いにどうしたらいいか分からずにいた。


驚いた実桜が次に放ったのはこの言葉であった。

「万里男君、カナダ代表だっておめでとう。それで……打診されたけどどうするの?受け入れるにしても断るにしてもなるべく早く返事した方がいいと思うよ」


他人事のように万里男君に言ってしまったが、あくまでも決めるのは万里男君自身だから。実桜としては客観的に今の万里男君が世界を相手にどこまで通用するのかをこの目で見てみたいという思いがあったもののそれは実桜の個人的な思いでしか過ぎなかった。


万里男君自身がまだそのレベルに達していないから断ると言うのならそれはそれで納得出来る。やってはいけないのは実桜自身だけの気持ちを伝え、ホントは代表として戦いたくないのに実桜が出てほしいからと仕方なく代表として出ることは避けたかった。


仮にそうだったとして喜ぶのは実桜だけで万里男君はやらされるがまま出るようでは同じ国を背負って戦う選手にも失礼にあたるし、それならば別の選手が選ばれるべきだなと俯瞰ふかんしてみていた。


急な出来事に中々答えを出せずにいる万里男君、実桜が同じ立場だったらどうかってことを考えながら同じ部屋にいる。意見を言うべきところと言わないところをわきまないと、そう思って口を出さずにいる実桜だった。


何度もどうしたらいいかと聞かれるが実桜の答えは同じ。「自分で決めな。万里男君が決めたなら実桜は何も言わない。打診を受けるなら代表として頑張るなら試合を観に行くし、断るなら練習を手伝う。ただそれだけのこと」


時計を見ると数時間も万里男君の家にいることを実桜は気づき、外は日が沈もうとしていた。帰り際にこう告げる。


「答えが出たら実桜にも教えてね。後、代表の打診を受けるにしても断るにしてもちゃんと期限までに返事しないとダメだよ」


そう言って帰ろうと家を出ようとする。

「カナダ代表の打診を受けるよ。カナダのベースボールの発展、そしてチャンピオンになる姿を実桜ちゃんに見せたい。そして胴上げをするよ」


その言葉を聞いた実桜はニコリと笑って帰って行った。

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