36・サンドイッチは具を漏らさずに(カリトス視点)

『カリスト殿。ネレイド提督はドンパチを始めた様ですぞ。電磁波の乱れが、宇宙空間にビリビリ響いてくる』


 私は、木星五大陸王の一人、カリトス。此度の木星自立独立戦役で、イオス殿と共に5000隻を超える艦隊をもって、ネレイド殿の参謀、人工知能のメルシェ殿の立てた作戦を遂行中なのである。


『イオス殿、あのネレイド提督の策略腕は、どうやら確かなようだな。敵は、後ろを突かれたことに全く気が付いていない模様。これならば……。背後から砲撃を浴びせて大打撃を与えられる』

『あの小娘……、というには随分物を知りすぎているが。まだ30になったばかりの一人の女にしては、随分と目端も効くし、胆も据わっているし。地球人というのは、あんなに高スペックな連中ばかりなのだろうか……。我らは、それに対して喧嘩を売ってしまった。もう、ある程度の形が付くまでは。ネレイド提督を頼るより、我らに道はない。カリトス殿、ここはしくじれんぞ。がっつり決めていこう』

『ふむ、そうだな。イオス殿。こちらの艦隊にも、フォトンビーム搭載型の艦艇が少なくない。ネレイド提督が回してくれたからな。敵を背後から叩きのめすには、十分な火力があると思われる』

『では、向かうとするが……。カリトス殿、一つ気になることがあるのだ』

『む? 何かな、イオス殿?』

『ネレイド提督は、この戦役の落としどころを。どこに置くのだろうか?』

『イオス殿……』


 私は呆れた。イオス殿は会議中に寝てでもいたのか。


『イオス殿、ネレイド提督の話では。我らが此度の戦役で勝ち取るべきは。火星を占領したり、地球に爆撃を行う事ではない。そう、ネレイド提督は言っていた』

『ふむ……。それくらいはわかる。意趣返しに、敵の属国を占領したり、重力子爆弾の爆撃の御礼とばかりに、あの小さな地球に艦隊による爆撃を加えるべきでないという事はな』

『ネレイド提督の言っていた落としどころは、我が木星の液体水素資源を正当な価格で取引する条約を地球と木星で結ぶこと。まあ、その為には。木星宇宙軍の実力を示さなければならないというわけなのだが』

『……成程。もし、液体水素資源の取引価格が正常化したら。我が木星はとてつもない利益を得ることになるな』

『ネレイド提督は、そこで更に言っていた。それによって得られる利益によって、木星が太陽系に覇を唱えるようなことはせずに、内実を満たしてほしいと』

『……? それはどういうことだ?』

『貧しい食事環境を改善しろという事だよ。ネレイド提督の船にあった、フードメイカーを知っているか?』

『?』

『ストックしてある原子から、何でも食べ物を作れる優れモノだ。どうやら、大型の物になると途轍もない価格になる代物らしいのだが。あれを買い寄せれば、木星でも地球の食材に近いものを産み出すことができる。そう言う金の使い方をしろとネレイド提督は言っていたわけだ。意味のない軍拡をするなとな』

『という事は、我が木星でも酒が飲めるようになる……、という事か? それは聞き捨てにできん!!』

『……イオス殿は。ジプス殿並みに、酒が気に入ったようだな。ジプス殿も酒がひどく気に入ったらしい』

『むむ……!! それはともかく! 敵軍のテールファイアがモニターに映り始めた! かかるぞ、カリトス殿!! その酒を飲める生活を手に入れるためにも! 先ず我らはここで勝たねばならん!!』

『そうだな、かかるぞ! イオス殿!!』


 さて、我らの布陣というのは、ネレイド殿の指揮による物なのだが。

 ごく艦船の密度を薄くした、大きな円の縁を作っておいて。実は既にその中を一回、敵の主力艦隊を通している。それから、ネレイド提督の合図に合わせて、敵後方に集結し、密度を十分に持って攻撃を浴びせると言うものである。

 円の縁の布陣状態から、既に密集陣形を取っている私とイオス殿の艦隊であるが、ここが肝要とネレイド殿は言っていた。

 詰まるところ、強烈な打撃を与えるためには、敵を漏らさない事・・・・・・・・が一番だと教えてくれたのだ。

 まあ、確かにそれはわかる。ここまで手の込んだ布陣をしておいて、大きな仕掛けをしておいてだ。敵を逃がしてしまうという事はある意味戦機を逸するという事と同じだからな。私は、ある意味慎重に、布陣の厚みを確認しながら。十分な広さと圧力を持った一斉攻撃を放てるように、艦隊に指示を飛ばす。


『カリトス殿。随分と慣れているな? 貴殿が戦場に立つのは、いつ以来だったか?』


 イオス殿がレーザー通信でそんなことを言ってくる。そう、疑問かもしれない。私はもとより、そう前線に立つことの多い王では無かったのだから。


『ふむ。実戦場の経験と言うものはさしてないが。この3年間、ネレイド殿やメルシェ殿による戦術戦法の教えを受けているし、ネレイド殿の船で、とてもリアルな仮想艦隊戦指揮のシミュレーターによる訓練も受けた。その成果と言っていいのかもしれん』

『うむ、あれか。あのシミュレーターは実際の所、相当に難しかった。A判定をもぎ取るのに相当難渋したぞ、私は』

『我ら五大陸王は皆、A判定以上を出すまでは缶詰にされたな、そう言えば』

『そうだったな、あれはきつかった。だが、その成果と言うか、艦隊運営指揮腕は確かに上がっているのを実感できる。このまま、ネレイド殿と協力し、前後から敵を撃破して。我らの勝利を確立しようではないか』


 ふむ……。確かに、この戦役。イオス殿が緒戦で勝利を収めてから、戦機というか戦の運がこちらを向いているような気がする。

 だとすれば、その戦の運があるうちに、勝利をもぎ取ることだ。


『全艦隊!! 敵の尻を捉えたぞ!! 存分に砲撃を浴びせろ!!』


 イオス殿の声が通信で響く。そうだ、今は勝つことだけを考えよう。


『全艦隊、リズムを刻むように敵を撃てっ!! 切り刻むように撃ち減らしていくのだっ!!』


 私はそう指示を飛ばし、戦闘に邁進していった。

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