第二十三話 友達百人できる奴は怖い


『別動隊が助けに来てくれたんだが、あの野郎、ツギコちゃんを人質にして逃げやがったんだッ!』

「どんな連絡が来てるのか知らないけど、たった今、別動隊からも連絡があったよ。主犯である小柳津キョウシが、人質を連れて逃げたって。アンタの反応からして、まさかその人質っていうのは」

「ツギコちゃんってことなのね」


 ベルさんが情報共有をし、クレハさんが事態を察する。僕は声を上げた。


「すぐに助けに行く。場所は?」

『ツギコちゃんにつけたGPSで位置は解ってる。今から送るし、オレも向かうッ!』


 こうしちゃいられない。僕はローズとの通話を切ると、すぐに動き出そうとした。最愛の妹の危機だ。ここで行かないお兄ちゃんはいない。


「私も行かせて、ハジメ君。アイツとの決着は、つけなきゃいけないわ」


 クレハさんが名乗りを上げた。


「良いじゃないか。連れてっておやりよ」


 少しためらった僕に向かって、ベルさんがクレハさんを援護する。


「二人の初めての共同作業だよ。なあに、ヤバくなったらアタシがいるさね」

「あら、素敵じゃない」

「こんなロマンチックの欠片もない共同作業なんて、聞いたこともないんだけど?」


 とはいえ、今はツギコの危機だ。ここで問答している時間すら惜しい。クレハさんに加えて、ベルさんも来てくれそうだ。これだけいればツギコだって助け出せるに違いない。

 だがその時、激しい爆発音と共に会場全体が揺れる。僕らはふらついてしまった。


「各班、状況を教え……なんだって? 船のエンジン部分が爆発したのかいッ!?」


 すぐに連絡を取ったベルさんの口から、焦った声が響いてくる。船が大きく傾き始め、彼女の口から放たれた言葉が真実であることが分かった。同時に今後訪れるであろう危機も、ありありと予想される。即ち、この船が沈没するという最悪の未来も。


「解った、すぐに行くから保護した学生らの安全を第一に考えなッ! 悪いね、アタシは行かなきゃいけなくなったよ。だから……やれるかい、クソガキ?」


 ベルさんが目を向けてくる。そりゃそうだろう。こんな緊急事態になれば、誰かが現場の指揮を取らなきゃいけなくなる。僕らを助けに来た速度から考えても、彼女がほとんど独断でやってきた可能性が高そうだしね。


「やれるよ、クソババア。ツギコの保護とキョウシの確保、承った」

「ふん。返事だけはいっちょ前なんだから。ほらよ餞別だ、持っていきな」


 彼女はポケットから取り出した、真っ黒いキューブ状の装置を投げて寄越した。


「ベルさん、これって?」

「役に立つもんだよ、もう起動してあるから。クレハちゃん、このクソガキのお守りをよろしくね」

「任せておいてください、シャーウッド先生」

「そんな他人行儀にしなくても良いさね、ベルで良いよ」

「じゃあ、ベルさん。ハジメ君との初めての共同作業、張り切ってくるわ」

「行っておいで。アタシも終わり次第、すぐに向かうからね」


 ほら、なんだかんだ言って、やっぱり心配なんじゃないか。ベルさん、ホント素直じゃないなあ。

 まあとにかく、今はツギコのことが心配だ。か弱いウチの妹を人質にまで取るとは。キョウシ、貴様はタダじゃ済まさん。ローズから届いた位置情報を元に、僕はクレハさんと会場を後にした。



 ツギコの位置情報を元に行ってみると、甲板にローズの姿があった。彼の傍には武装集団からかっぱらったらしい、サブマシンガンが置いてある。抜け目ない奴だ。他の警官隊も突入したのか、周囲には弾丸等の戦闘の跡が残っている。もう制圧は済んでいるらしく、敵の構成員らは次々と捕縛されていた。


「ローズッ!」

「ハジメ、クレハさんッ!」


 一般客が救命ボートに順番に乗り込んでいく中、船の上空には無数のヘリコプターが周回している。遠くには警視庁っぽい船も見えていた。しかし、肝心のツギコの姿がない。


「ツギコは、ここにいるんじゃないのか?」

「ああ、GPSの反応からも、場所は間違っちゃいない。ただGPSは、場所の上下は分からないからな。ここから下の階にかけてオレも散々探したんだが、全く手がかりはなしだ。だから、今からもう一回探す」


 ローズもこめかみに指を置いた。彼のコンタクトレンズから光が発せられ、甲板の一角にキーボードと、画面を表示させる。表示されていたのは、この船の概要図だった。僕らがいるこの一角っぽい場所に光があり、点滅している。おそらくこれが、ツギコにつけた発信機の反応なのだろう。


「この船の名前とか分かるか?」

「ファンタジー・オブ・ザ・シーズって名前の客船よ」

「ありがとよクレハさん。名前がわかりゃこっちのもんだ。今から各所に連絡を取りつつ、こいつの設計図を洗い出す。そうすりゃツギコちゃんの居場所も解る筈だ」

「今からって、間に合うのかい?」

「間に合わせるさ」


 僕の疑問に、ローズは力強く答える。


「金をもらった仕事だけは、やり遂げるんだよ。それが契約における信用だからだ。だがオレは、ツギコちゃんを守れなかった。オレの過失だ。だからその失敗は、オレが取り返す。少し待ってろ」


 言うや否や、画面に複数のチャットスペースが開かれたかと思うと、ローズは高速でタイピングを始めた。たちまち返事が返ってきて、彼はやり取りを開始する


『よう、どうしたローズ。緊急の入り用かい?』

『ああ、マイク。知ってたら教えて欲しい。この造船会社の社内ネットワークについてなんだが』

『どうしたのローズ。何か御用?』

『久しぶりだなドロッセル。一つ暗号解読をお願いしたくってね』

『ニーハオ、ローズ。ワタシに依頼ってことは、高くつくヨ?』

『少しは手加減してくれないか、娘々にゃんにゃん


 複数のチャット画面にて日本語の他、英語、ドイツ語、ロシア語、中国語で瞬時に会話を繰り広げていくローズ。僕らはそれぞれの会話を目で追うのがやっとだというのに、彼は全く苦にしないままにやり取りを続けていく。普段から大勢の人間とのコネクションを作り、情報を集めているローズ。今連絡を取っている方々ですら、一部にしか過ぎないんだろう。

 更には同時に別ウィンドウで真っ白の画面が表示された。それがUNIX端末エミュレータだと解った時には、彼は高速でコマンドを打ちこんでいっていた。複数画面にてチャットでのやり取りと同時並行なのだから、本当に意味が解らない。コイツには手がもう一本あるんじゃないかとも疑ったけど、なかった。


「よし、社内ネットワークに保管されてた設計図を見つけた。これによるとこの場所の下に、妙な空間がある。正規の設計図じゃ燃料タンクの一部になってるが。ビンゴ。工事で実際に使われた図面だと、そこは非常用のシェルターになってるみたいだな。この設計だと、船が沈もうがその場所だけ切り離して逃げることも可能だ。入口のパスワードは半角英数字8桁で、w&8-xB5X」

「ほ、ホントに全部見抜いちゃったわ」

「流石だね」


 クレハさんと二人して、ローズのその鮮やかすぎる情報収集の手並みに感服する。


「入口は、エンジン室から? クソッ、エンジン室の爆破は反撃だけじゃなくて、ここがバレても入ってこられなくする為かッ!」


 ローズが声を上げる。ツギコへ至る障害は、まだあった。


「他の侵入経路は。駄目だ。空気の循環でさえシェルター内で完結するようになってるから、排気口が船と繋がってない。この傾き始めた船の近くから泳いでいくなんざ、自殺行為だ」

「な、何とかならないのか? モタモタしてたらツギコが」

「解ってる。管理システムには入れたが、シェルター内には脱出艇まであるし。最悪海の中に逃げられたら後を追いかけるのも」

「ねえ。そのシェルターに一番隣接している場所って、何処かしら?」


 焦る僕ら二人に対して、クレハさんが変なことを聞いてきた。


「えっと。図面上だとエンジン室かその隣の燃料貯蔵庫が隣接してるが、もうそこは爆発で火災が発生してて」

「上は? シェルターの上は何処と繋がっているの?」

「上? 上は確か、安宿の客室だけど」

「なるほど、そこならいけそうね。ついでに金属を切断できる最強の金切りハサミについて、調べてもらえないかしら。業務用で、プロも使ってるものなんかが良いわ」

「クレハさん、まさか?」


 段々と、彼女の要求からクレハさんが何をしようとしているのかを察することができる。僕のその表情に、彼女がニッコリと笑ってみせた。


「安心して、ハジメ君。妹さんの所までの道を、私が切り開いてあげるわ。必ず助ける。例え私が、どうなったとしても」


 クレハさんのその言い分に、僕は少し首を傾げる。


「頼んだよクレハさん。ローズ、情報をよろしく」

「任せとけ」


 とは言え、今は聞いている暇もない。ローズにお願いしつつ、僕はクレハさんを真っすぐに見て、一度頷いた。彼女も頷き返してくれた。その後、情報を得た彼女はすぐに自身の心的蓋章トラウマを発現させる。


「【断罪少女セイバーレディ】っ!」


 彼女の手に握られていたのは、両手でしか扱えないであろう巨大な金切りハサミであった。

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