第14話

夢幻術の中では綺羅が黄金龍に問いの答えを出したところだった。

綺羅は未来を生きたいなどと大口を叩きながら、自分と向き合ってこなかった。否、過去を振り返ることを無意識に拒否していた。

現在いまの綺羅が居ること。

それは、過去の積み重ね。それが、どんなに辛い過去であっても、どれ1つ欠けても現在の綺羅はいない。

綺羅の命。

それは、龍宮王族の母と妖魔が繋いできたもの。誰1人欠けても綺羅はいない。シアンによって封じられ、ようやく対面することができた能力は、綺羅の一部なのだ。

綺羅は頷くと黄金龍に向かって歩き出す。

「私達は2人で1人。いいえ。元々、1人の綺羅なのよね」

綺羅が黄金龍を抱き締めると、綺羅の夢から眩い黄金やプラチナの光が溢れだした。

綺羅にかけられた夢幻術が解けてゆく。

ピックスはその様子をただ見つめることしかできなかった。

そして、綺羅の夢幻術が完全に消滅すると、ダンスホールに黄金の髪と瞳を持ち、プラチナの騎士服を身に纏った綺羅が現れた。

「貴方のおかげで私は本当の私になれたわ」

綺羅はらんらんと輝く金色の瞳でピックスを捕える。

「お前は本当に黄金龍の使い手なのか」

先程まで対峙していた綺羅とは思えない容姿と、身体から溢れ出す力にピックスはたじろぐ。

「さぁ?ただ、貴方の夢幻迷宮のおかげでシアンに封じられていた能力と1つになることができたのは事実よ」

綺羅は右腕を振るうと黄金の剣を出した。

「妾の夢幻術を利用したというのか。小癪な小娘め。大人しく黄金龍を私にお渡し」

「残念だけどそれはできないわ。私は貴方を退治する」

綺羅は黄金の剣を振る。その刹那、ダンスホールにいた楽団員やダンサー達が消えた。

「この半妖ごときが・・・・・・。偉そうに。大人しく黄金龍をよこし」

ピックスが叫ぶと、ダンスホールが炎に包まれた。

そしてピックスの背後に龍宮城が見えた。見覚えのある景色に綺羅は動揺した。

「あの悪夢は貴方のせいだったのね」

「自分が妾の術にかかっていることにも気がつかないとは。間抜けな龍使いめ」

ピックスが高笑いをする。

龍宮城には炎から逃れようとする龍宮王が見えた。綺羅は気を引き締める。龍宮王はガルシャム帝国に居る。これは幻影にすぎないのだ。

綺羅は幻影を生み出すピックスに飛びかかった。

だが、ピックスは身を躱す。

「いいのかい。自分の父が死ぬよ」

「幻影には惑わされないわ」

綺羅は再度ピックスに向かって駆け出すと黄金の剣を向ける。

しかし、ピックスは余裕の表情を見せた。

「お前がここに来るまでに妾が攫ったとは考えないのかい」

「そんなの嘘よ」

綺羅は助走をつけて飛び上がると、黄金の剣を振るいピックスの肩から斜めに切り裂く。

「ぎゃっ」

ピックスが呻く。

すると炎と龍宮城の幻影が消えた。

綺羅がそれに気を取られている間にピックスは飛び、綺羅との距離を取る。

「だったらこれはどうだ」

ピックスの爪から糸が伸び、綺羅の腕や脚に巻き付く。

「何・・・・・・」

糸が絡んで動けない。さらに、動くと糸が食い込んでくるのだ。

「苦しいだろう。だが、殺しはしないよ。黄金龍をもらうまではね」

ピックスは笑いながら指を動かす。

「うぐっ」

綺羅の騎士服に糸が食い込む。糸がピックスの爪と繋がっているので、ピックスが指を動かせば綺羅の身体に食い込むようになる。騎士服があるので皮膚が切れることはないが、血流が止りそうだ。

「そもそも半妖ごときが、妾を退治するだと。笑わせるでないよ。人間どもはいつも自分に都合の良い夢を見たがる。だから、妾は自分の愛する音楽を一生奏でていたいという願いを叶えたのさ。踊っている瞬間が一番幸せだという者達の願いを叶えてやった。何が悪い」

ピックスが綺羅と繋がる糸を引っ張る。

「・・・・・・。あの人達は自分が壊れるまで演奏やダンスをしたいと思って居なかったはずよ」

綺羅の言葉にピックスは馬鹿を見る目で綺羅を見つめる。

「だから都合の良い夢だと言っているだろう。一生音楽を奏でることもダンスを踊って幸福感にひたることなどできはしないのに。願いを叶えてやったというのに、幸福感がなくなり始めると妾のせいにする勝手な生き物だねぇ。その点、お前は面白かった。もう一度、お前を夢幻術にかけてあげよう」

ピックスの言葉に綺羅は背筋が凍る。

あの悪夢を見続けるのは御免だ。

「そもそも、お前が退治したいのは妾ではなく龍宮王だろう。違うかい」

「違うわ」

綺羅は即答した。

綺羅の脳裏には、壊れるまで演奏やダンスをさせられた挙げ句、ダンスホールの隅にうち捨てられた人々の無残な姿が映る。彼らの仇は必ず討つ。

今の綺羅は衝動的な感情ではなく、龍使いの使命を胸にピックスと対峙していた。

「嫌なら、早く黄金龍を寄こし」

「赤龍、青龍」

綺羅の声で2匹の龍が出現し、炎と水をピックスや糸に向かって吐く。

「お前達は眠っていな」

「その手には乗らないわ」

確信はなかったが綺羅は言霊を2匹の龍に放つ。

綺羅の言霊のせいか、2匹の龍は黄金龍の恩恵を受けて金の色彩を帯びる。

「これが黄金龍の力か」

ピックスは龍に自分の力が通じなかったことよりも、黄金龍の力を目の当たりにしたことで興奮している。

綺羅はその隙を狙ってピックスに一撃を与えようとするが、糸が四肢をギリギリと締め付けて動けない。

「ふふふ。無駄なことはお止め。さぁ、黄金龍を渡しなさい」

ピックスは妖艶な声で囁く。

「・・・・・・」

綺羅は答えないのではない。答えられないのである。

どうやって黄金龍を渡せというのだ。

綺羅にとって黄金龍は人格や能力の一部でしかない。

「そうよ。能力だわ」

ピックスの能力は幻影。

そこで綺羅は閃いた。ギリギリ締め付けてくる糸の痛みを無視して、綺羅は黄金の剣を振るって糸を切ると、幻影でできた糸が消えた。

「チッ」

ピックスが舌打ちをする。

「こんなのに騙されないわ」

綺羅は剣先がピックスからそれないように剣を構えると、人間の心臓に当たる部分を剣で突いた。

「そ、そんな・・・・・・」

ピックスは信じられないものを見るような目で黄金の剣を凝視する。

「畜生。だが、妾の魂が消えても黄金龍を狙ってお前の元に妖魔が押し寄せる・・・・・・」

ピックスは不吉な言葉を遺して黄金の剣に喰われた。それと同時にダンスホールが揺れた。

「な、なに・・・・・・」綺羅は這いつくばる。

すると、主を失った夢幻迷宮が崩壊し始めたのだ。綺羅の周囲にある鏡や柱が砕けて粉々になった破片が降ってくる。

「青龍、赤龍」

綺羅が呼ぶと現れたのはシアンだった。

「龍を呼ぶ前に俺を呼べ。逃げるぞ」

シアンは綺羅を荷物のように肩に担ぐと飛んだ。

その瞬間、綺羅は緊張が解けて意識を失ってしまった。



目が覚めると綺羅は知らない部屋で寝ていた。

ミュゲの街で宿泊していたホテルでもなく、竜宮国の自室でもない。

ビンテージの木材が飴色の輝きを放ち、最低限の調度品は機能美に溢れた品の良いものばかりである。

部屋を見渡す綺羅は、不意にシアンがピックスの城を「悪趣味だな」と一蹴していたのを思い出た。

そう、ピックスを倒した後になってシアンが血相を変えて飛び込んで来たのだった。

「シアン、シアン居ないの?」

ベッドを抜け出して、大声で呼ぶと無表情のシアンが瞬時に現れた。

「あら、いたの」

「目が覚めた途端にやかましいお姫さんだ」

「まぁ、失礼ね。それより、ここはどこなの。説明して」

「それより、シャワーと食事が先だろう」

シアンが胸元をちらりと見る。そこで綺羅は、自分がネグリジェ姿だと気がついた。赤面しながら胸元を両手で隠す。

「そ、そうね。そうするわ」

綺羅があたふたしていると、ミュゲの街で綺羅に仕えていた侍女が姿を見せた。

食欲がなかった綺羅は簡単に食事を済ませると、シャワーを浴びて着替えを済ませる。

まだ、ぼんやりしている綺羅はドレッサーに座って髪を纏めてもらう時に、ようやく髪と目が金色のままであると気がついた。

侍女は無言で綺羅の髪を頭頂部で複雑な編み方で纏めた。

「ありがとう」

シアンに話を聞こうと意気込む綺羅に、侍女が水色のケープコートを差し出した。

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