第3話

お茶を飲みながら皇帝と綺羅は互いの近況を話した。そして、話は今日ここに来る途中で妖獣に遭ったことに及んだ。

「そうか。ここに来る途中で妖獣を退治してきたのか。すごいじゃないか。さすが私の姫だ」

皇帝は手放しで喜ぶと、綺羅は複雑な気持ちになった。

「・・・・・・。えぇ、まぁ」

確かに自分が退治したのだが、果たしてあれは本当に綺自分なのか。綺羅には自信が無い。

「どうかしたのか」

「え、いいえ」

「そうかな。せっかくの手柄なのに私の姫らしくない。何かあったのだろう」

身体を乗っ取られたような状況をどう説明すればいいのか分からない。だが、皇帝相手に綺羅は嘘をつくことができない。

「あ、その・・・・・・。妖魔に遭ったのです」

咄嗟に綺羅は話を変えた。

「何?妖魔?どこで」

皇帝の顔が険しくなった。

「その妖獣を退治した直後です」

「では、帝都に近いな」

皇帝は思案顔になる。

当然である。

龍使いと皇帝など国のトップ以外の人間は、龍使いならどんな妖獣でも妖魔でも退治できると信じている。だが、実際は妖獣を相手にするのが関の山。妖魔相手に現在の龍使いは太刀打ちできないのが現実だった。

「どんな妖魔だった」

「ほとんど人と変わりません。ただ、彫像のように綺麗な男でした」

「ふうん。私とどちらが美しかった」

皇帝は茶目っ気たっぷりに笑う。

「え、えっと・・・・・・」

陛下ですと言うつもりだった。だが、綺羅の目に皇帝とシアンが重なって見えて口をつぐむ。

「そこは、私だと即答するところだよ」

綺羅が返答に困っていると勘違いした皇帝はハハハと笑う。

「あ、もちろん皇帝兄様です。でも、ちょっと恥ずかしくて」

綺羅は真っ赤になって言うと、皇帝は蕩けるような笑みを見せた。

「かわいらしいな。私の姫は」

皇帝は快活に笑った。綺羅は恥ずかしくなって「帝国の様子を聞かせてください」と話題を変えた。

皇帝は妖魔の事を気にすることはなく、帝国内の様子を綺羅に聞かせ、綺羅は夢中になって皇帝の話を聞いていた。


皇帝とのお茶会を終えた綺羅は、簡素なワンピースに着替えると龍宮王夫妻が滞在する離宮へ向かった。

シアンが言っていたことを確認するためである。

綺羅は龍宮王の遠縁に当たる人が妖魔の子供を授かった。

子供を育てることができない母親は、龍宮王に相談をし、綺羅に妖魔の気配がなかったことから、龍宮王の養子になったと聞いていた。

だが、シアンの口ぶりでは違うようだった。

嫌な胸騒ぎがしたが今を逃せば二度と真実を聞くことができないような気がした。

綺羅は覚悟を決めて龍宮王の部屋をノックする。

国王付の従者が顔を見せ、綺羅を部屋へ招き入れた。

龍宮王が滞在する離宮は森の都と名付けられていた。

離宮全体が緑色に統一されており、森の中にいるような雰囲気になっている。

龍宮王の部屋も壁一面が草原の壁画になっており、家具はすべて木の質感を感じられる素朴な味わいのもので統一されていた。

絨毯やリネン類はやわらかな薄緑が多いが、アクセント的に赤・黄・青を混ぜているようだった。ランプや水差し、グラスなどは特産品の色硝子工芸品が使われており、どれも鳥や草木、花がモチーフになった品々という拘りようである。

龍宮王は妃と共ソファーで庭を眺めていた。

だが、綺羅に気がつくと龍宮王は妃を下がらせてソファーへ招いた。

「お疲れのところ、申し訳ございません」

綺羅は龍宮王の向かいに座ると頭を下げる。

「いいや。構わん。来ると思っていた」

「・・・・・・」

綺羅は龍宮王の前に出ると緊張して身体が強張ってしまう。何も悪いことをしていないのに、無意識に萎縮してしまうのだ。

「あのシアンという妖魔が言っていたのは、お前の出生に関わる話だ。辛い話になるが、お前は知らねばならない。それでもいいか」

龍宮王は綺羅の覚悟を訊ねる。

綺羅は居住まいを直して答えた。

「私は自信を持って未来を生きたいと思っています。話してください」

迷いのない綺羅の瞳を見つめた龍宮王は、自分自身も覚悟を決めて話を始めた。

「王族の系譜からは抹消されているが、わしには姉が居た。頭が良く勇敢な龍使いだった。誰もが名君になると期待していた。私も姉が龍宮国を導いて行くと思っていた。だが、姉は生涯龍使いとして生きたいと書き置きを遺して消えたのだ。国を挙げて探したが見つからなかった。それはもう、不思議なくらい気配を消してしまったのだ。父と母は姉の行方を探すのを止めて、儂を次の王に指名した。私は、その後も派遣する龍使いに姉を見かけたら知らせるように伝えて送り出した。しかし、一向に消息が分からなかった。綺羅、お前が連れて来られるまで」

綺羅は息を呑んで龍宮王の話に耳を傾けていた。

だが、心の中はざわめき、嫌な予感しかしない。耳を塞ぎたいような気持ちで一杯だった。

「18年前に突然、姉の使いという男が産まれたばかりのお前を抱いて現れた。その者の話によると、姉は国を出た後、妖魔王と恋に落ちお前を産んで亡くなったという」

「妖魔王・・・・・・」思

いもよらない言葉を聞き、思わず声に出してしまった。

「そうだ。妖魔王が現れるのは黄金龍が天から遣わされた時だけだ。姉は黄金龍の使い手だったのだ」

「え・・・・・・」

「私は姉が黄金龍の使い手であることに気がつかなかった。私だけではない。父も母も、他の龍使い達もだ」

龍宮王は後悔を滲ませる。

「それで妖魔王は・・・・・・」

黄金龍の使い手が亡くなったのだ。妖魔王はどうなったのか、綺羅は気になった。

「詳しいことは分からないが、使いの者の話ではお前を託して消滅したという」

「・・・・・・。そうですか」

黄金龍が天から使わされると妖魔王が現れるのなら、黄金龍が消えると妖魔王も消えるのだろうか。綺羅は考えたが分からなかった。

「龍宮王族の姫が妖魔王と恋に落ちたうえに、子供を遺して死んだことは龍宮国の存続に関わる問題だった。だから、姉を系譜から抹消して姉のことを知る者には姉に関する記憶を消した。そして、お前を遠縁で産まれた半妖として儂らの養子にすることにした。本当は半妖であることを伏せたかったが、龍には嘘をつけないからな」

龍を天から借りている以上、天を欺くことはできない。

「・・・・・・。ところで、その使いの者はどこにいるのでしょう」

綺羅は僅かな望みを託して質問をした。

「それが、お前を預けると煙のように消えてしまった。妖魔の気配はしなかったのだが、未だに何者かわからない」

「・・・・・・。そうですか」

使いの者に両親のことを聞きたかった綺羅は落胆した。

「・・・・・・。儂らは子供に恵まれなかった。だから、半妖を養子にすることに反対する者も多かったが、説き伏せてお前を育てることにしたのだ。急に居なくなった姉に託されたというのも嬉しかったからな」

龍宮王は遠い昔を見ているようだった。その眼差しだけで龍宮王がどれだけ姉を慕っていたのか綺羅にも分かった。

「ところが、お前が歩けるようになった頃、事件が起きた。お前の元に妖魔が押し寄せた。それも十数人も。その気配を感じ取った国中の龍もお前に押し寄せた。お前を挟んで妖魔と龍の大群が睨み合いになった。情けない話だが、その光景を見て動ける者は誰も居なかった。そこに、現れたのがシアンだ」

「・・・・・・」

妖魔が集まったのは自分が妖魔王の子供だからだと綺羅は察した。

妖魔は単体で行動することを好む。徒党を組んで行動するのは妖魔王が現れた時だけだ。

その恐ろしさに綺羅は寒気がした。

「シアンはどういう術を使ったのか、一瞬で妖魔達を追い払った。そして儂にお前の中に眠る妖魔の血は危険だと告げ、封じたのだ」

「そうだったのですね」

ネズミ頭と戦っていた時、自分を操ったのは妖魔の血だったのかと、綺羅は得心がいった。

「お前の中には妖魔王と黄金龍の使い手、両方の血が流れている。それが、この先どのような道を辿らせるかわからない。だが、お前は龍宮国が育てた龍使いあることを忘れるな」

「・・・・・・。はい」

返事をしたものの、綺羅の頭の中には妖魔王が実父だという衝撃が渦巻いていた。


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