潜在的殺人鬼に贈るナイフは

@fuka_doppo

第1話 俺、二十五で死んだってよ

「―名乗るほどのモンじゃないです」


 咄嗟にこぼれ出た言葉はどうやっても取り消すことはできない。気づいた途端、自分の顔が紅潮するのを感じた。現代社会であれば「そのセリフ吐く奴いるんだ」とイタい目で見られること必至である。

 しかし目の前の女性は少しばかり驚いた顔して固まったままだった。そのことに男は胸を撫でおろす。


 今いるここが現世でなかったおかげだろうか。

 幸か不幸か。


******

「やあいらっしゃいイラッシャイ!」

「新宿のキャッチか」


 精神と時の部屋くらい何もない真っ白な空間で、えらいテンションの女性が場違いな大声で出迎えてた。硬直している俺の代わりに、女性の隣の男性が打てば響くようにツッコむ。


「やー、ごめんね。待ちわびてたからついさ」


 気を取り直した女性が続けた一言に、思わず言葉が突いて出た。


「待ち? 俺を、ですか?」


 俺の疑問に意気揚々とした声が返ってくる。


「そのとおりだよ! 享年二十五、静かに生を全うしました。ちーん ―いっつ!?」


 見逃しちゃうほどの恐ろしく速い平手が女性の後頭部を襲った。頭をはたいた小気味良い音が、どこまでも広がる白の場所に殷々いんいんと響き渡り、そのあまりの馬鹿らしさに俺は思わず吹き出した。

 一度笑い出すとどうにも止まらなくなり、しまいには涙が出てきた。もちろん笑い過ぎたからだ。他意はない。


 しかし頭をさすっていた女性も、終始静かな目をしている男性も、俺の涙が止まるまでずっと待ってくれていた。



「落ち着いたか」

「……はい、すみませんでした」


 謝ることは無い、と落ち着くボイスで続けると、見知らぬ男性は俺の目を覗き込んでから頷いた。


「理解しているようだな」


 俺も頷き返す。その通りだ。俺は理解している。ついでに目の前の二人の素性についても視るだけで・・・・・ある程度想像はできた。男性は振り返ると、一歩後ろで退屈そうにしていた女性に視線を送る。

 すると女性は、待ってましたとばかりにずいと前にでて、俺の目の前で立ち止まり咳ばらいを一つ。

 そしておごそかに告げた。


「ごほん。小豆おず春野はるのよ。 ―不思議な名前だよね」

「よく言われます」

「真面目にやれ」「「はい」」


 では気を取り直して、と言い置いて再度彼女は繰り返した。


小豆おずよ。其方は本日13:15、日本にて死亡が確認された。本来の所、よわいを全うした人間は所属する彼の地の法則に従い死道の虜囚となるが、其方の特殊性質により、正規の手続きに則り一度ひとたび我らが受け持つ事となったことを、不可侵領域にて宣言する」


 特殊性質。特殊性質か。


 心当たりは、ある。


「自覚はあるようだね。……当たり前か。何年もその眼で暮らしてたわけだし」


 素直に頷いた。現世のように隠すことは今更不要だろう。俺がここに呼ばれたのは特殊体質が理由なのだから。


突然変異体ミュータント群の貴重なオリジナル。視覚付随型の上位互換希少種」


 無邪気にほじくる視線で、彼女は俺の黒い眼を覗き込んだ。


「キミ、死相が見えるんでしょう?」

「……」


 そう言った女性と後ろの男性からは、日本で散々視てきた黒いもやや線が一切視えなかった。


 彼女らは、人ではない。


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