第28話 「次なる道へ」

 ダラクが懸命にスライムの身体を引き裂く。しかし、森の木々に囚われた人間をことごとく食べつくしたスライムの身体は、ダラクの槍が引き裂くにはあまりにも大きすぎた。ダラクが相手するスライムの身体は、あまりにも成長しすぎてしまっていた。


「ふっふっふ~~。飽きるまで付き合うにゃあ~~?」

「このっ……!クソっ……!」


 ボンッ!!!ズンッ!!!グシャッ!!!


 ダラクの槍がスライムの身体を引き裂き、突き刺していく。だが、スライムは引き裂かれば傷を埋め、突き刺されば、その傷をも瞬時に治してしまう。ダラクの攻撃は、自身の体力をいたずらに消耗させるだけなのだ。ダラクもそれを理解しての行動なのだろうが……。


「くぅ……!」


 ダラクが膝を折る。なんだか嫌に体力を消耗しているようだ。


「もういい加減諦めるにゃ~?オマエでは絶対あたしに勝てないにゃ。現に槍を振り回してるだけで膝をつく始末にゃ。攻撃する度に貴重な血を消耗するようじゃ、あっという間に貧血で倒れるだけにゃ。……もしかして、それすら分からないおこちゃまだったかにゃ!!?」

「戯れ言をッ……!」


 ぶちっ!!!


 ダラクの槍がスライムを引き裂く。しかし、それもあっという間に治されてしまう。


「学ばない奴にゃ。さあ、大人しく降伏するにゃ~~?じゃないと、オマエもあたしの養分になるだけにゃ~~」

「何を……!」

「分からないかにゃ~~?あたしがオマエを呑み込む時に、オマエの傷口からちょっとだけあたしの一部を埋め込んだにゃ。それが何を意味するか分かるかにゃ???」

「っ………」


 ダラクの顔が引きつる。言ってしまえば、ダラクの行動次第ではダラクの体内に埋め込んだスライムの一部で、身体の内側からメチャクチャに破壊することができるという事だ。殺生与奪の権をスライムに握られているという事になる。


「……あー、良いわよ。貴方たちの勝ちと認めましょう。……そして、私の敗北という事も……」

「お~~。随分と聞き分けが良いにゃ~~?」

「……そんな茶化す暇があるならさっさと私の身体から出て行ってもらえる!?気持ち悪いったらありゃしないわ……!」


 そんなダラクの言葉を聞いてか、ダラクの傷口からやや赤黒いような水色の液体がにじみ出てきた。ダラクの身体に侵入していたスライムの一部だ。


「……っ。気持ち悪い……。本当に入っていたなんて……」

「ふっふっふ~~。スライムをバカにするとこういう目に遭うんだにゃ~~?」

「っ……!誰が二度とスライムなんかと戦うものですか……!」


 ダラクが顔を背けて苦虫を噛み潰したように言う。

 それから間を置いて、息を整えたダラクが俺たちに問いかけてきた。


「それで?貴方たちの要望は何だったかしら?」

「─────!!そ、そうだ!」


 ……スライムとダラクの戦いに気を取られてしまっていた。目の前で繰り広げられていた戦いに夢中になって、俺はすっかりと自失していた。そう、俺たちはエメラルドソードに続く3つの鍵のうちの一つを求めてここに来たのだった。


「か、鍵だっ!俺たちはエメラルドソードを手に入れる為に鍵を借りたいんだっ!頼むっ!!!鍵を……貸してくれっ!!!」

「はぁ……。良いでしょう」


 ダラクは懐から鍵束を取り出すと、その内の一つを取って俺たちに投げ渡した。


「持っていきなさい。それがあれば、彼の剣に通じる一つの道標となるでしょう。……まあ、もっとも、貴方にそれを扱えると思えないけど……」


 ダラクが吐き捨てるように言う。


「どういう事だよ?」


「貴方にあの剣は扱えないという事よ。あの剣は、アースガルズの神々とオリンポスの神々、それと地上の大賢者が共同して作り上げた伝説の剣……。それも、神々の選んだ真の勇者の為に作り上げた至極の一品……。そのような物を、どうしてただの人間である貴方が扱えるとでも?勇者だか何だか知らないけど、あまり思い上がらない事ね」


 見下したような物言いに少しムッとする。……しかし、ダラクの言う事にも一理ある。俺は、ネメアの獅子を倒すために、軽はずみにもダラクの言う神々と大賢者が作り上げたと言われる伝説の剣を手にしようとしているのだ。


 ……魔王。かつて、地上を支配したと言われる暗黒神を倒すために作られた伝説の剣……。俺は、軽い気持ちからそれを手にしようとしている……。それも魔王マルクルの進言によって手にしようとしているのだ。奇妙であり、軽蔑されるべき事だろう。俺は自らの行いを恥ずかしく感じた。


「別に止めはしないわ。それと、別の鍵を求めるのであれば、ここから南西に下った所にあるバアルの領域に行きなさい。そこに行けば、門を開くための第三の鍵が手に入るでしょう」

「分かった……。すまない、ダラク。これはもらっていく」

「……好きになさい。貴方の選択が、悔いのないものである事を祈っておくわ……」


 ダラクの別れの言葉を背に俺は吸血鬼の館を後にする。


 次なる目指す土地はバアルの領域と、ダラクは言っていた。


 バアル……。またの名をベルゼブブともいう。旧約聖書にも登場する悪魔の王だ。蠅の王の異名を持ち、神と敵対する邪神。まさしく、俺が本来討つべき暗黒神の頭領とも言うべき存在と言っても良いだろう。まさか、俺の元いた世界にいた大悪魔がこの世界にもいるとは……。俺は、エメラルドソードを手に入れる為に、この邪神に会いに行くのだ。


 魔界ということもあり、俺の元いた世界の悪魔の王もここにいるらしい。俺は次なる旅路へ身を引き締めながら、次の目的地へと向かった。

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