第2章 ~呪われし者の谷~

交易都市、ダーディアン

第10話 「もう一人の転生者」

 一人寂しく幹線道路を歩いていく。賑やかに騒ぐサキュバスや、俺と一緒に戦ってくれたスライムとオークはもういない。人外しかいなかったけど、それでも楽しいと思えたパーティだった。デコボコパーティーだったけど、そこが良かった。それらも、もう過去のものと思うとなんだか寂しかった。


「あーあ…。やっぱ俺に勇者なんて向いてないのかなぁ…」


 また猫賭博通報で路銀を稼ぐと思うと虚しい気持ちになってくる。いっそ首でも吊って人生終わらせようかとも思った。

 ふとその時、一つの魔力を感じた。どうやら、魔法使いが近くにいるようだ。それも一人でだ。

 だんだんとこちらに近付いてきている。自己防衛手段の乏しい魔法使いがのこのこと一人で幹線道路を歩くとは命知らずもいい所だ。


 魔法使いとは、その豊富な魔力と、所持する玉石類の多さから、盗賊によく狙われる傾向にある。だから、専ら魔法使いはパーティーを組んだり、護衛を雇うなどして移動するのが一般的だ。魔術を専門とするギルドであれば、どこもそう呼び掛けている筈だ。それらから考えるに、恐らくは新米魔法使いか余程のバカなのだろう。

 世間も知らない魔法使いが一人歩いている。これは一つのチャンスでもある。何なら俺がここで野盗デビューを果たしも良いのかもしれない。そう思った。


 お互い顔の認識できる距離にまで近付く。魔法使いを襲って野盗デビューする。そう思っていた俺の思惑は、あえなく玉砕することとなった。


「……って、あれ…?」

「あっ……。こ、こんにちは……」


 どこかで見たことのある顔が現れた。俺はこいつとどこかで会ったことがある。そう思わずにはいられなかった。それは相手も同じなようで、杖を両手に持っておどおどしている。どうやら、お互いどうすればいいかわからないようだった。


「えっと…。変な事聞きますけど、どこかでお会いしたことがありましたか…?」

「え……。いや、分かんない…。俺もどこかで会ったような気がするんだけど…」


 お互いドギマギしながらたどたどしく会話をする。初めて知り合ったような感じがしない分、妙に顔見知りしてしまう。この場合、どうすればいいのだろうか。


「え、えっと、わたし、モエカっていいます!よ、良ければなんですけど…」

「モエカ…?ええっと、俺は、アズマって言うんだけど……」

「アズマ…?え、えぇ!?アズマって、もしかしてみんなから主席主席って言われてたアズマくん!!?」

「……やっぱり知り合いだったー…!なんか知ってる顔だって思ったんだよー…!」


 奇妙なところで運命が重なり合った。やっぱりこいつは俺の知り合いだった。中学時代の同級生だった、室見谷 萌香(ムロミヤ モエカ)だ。いつも少数の女子グループで固まって、ほわほわ笑っていたのを覚えている。


「ど、どうしてここにいるの!?え、本当にアズマくんなの…!?」

「それはこっちのセリフだよ!モエカこそどうしてこの世界にいるんだ!?」

「わ、わたしはほら、元から体が弱かったし…。その……分かるじゃん…?」

「あー……。まぁ、分かる…かな…?」

「でしょ?アズマくんこそどうしてここに…?」

「仕事中にヘマして事故ったんだよ。それでぽっくり逝っちまったのさ」

「な、なるほど…」


 顔を引きつらせて目を逸らして黙り込む。気まずいなら聞かないでほしかったけど、まぁ良い。お互い見知った転生者という事で偶然にも知り合えた。この世界における唯一の顔見知りという事で一緒に行動したいところなんだけど…。


「あの……。良かったらなんだけど、護衛をお願いしても良いかな…?」

「へっ?」

「じ、実は、協会からの命令でいろんな魔術師を勧誘しないといけなくって…。お金もないし、知り合いもいないしで護衛を雇えなくって…。協会側はお金も護衛も用意してくれなくって、それで……」

「あー……。まぁ、俺で良かったら良いけど……」

「ホントっ!?あー良かったー…。一人だと心細くって……!」


 そうして望まずとも、俺は旧知の知り合いであるモエカと行動することになった。


「協会の命令ってだけど、どうして一人前でもないモエカが勧誘なんかしないといけないんだ?」

「わたしの入ってる協会って、まだ創設して間もないんだ。だから、いろんなところを周ってメンバーを勧誘したり、土地の調査をしに行ってほしいんだって。勧誘とか調査とか、わたし全然分かんないよぉ」

「協会側もむちゃくちゃなこと言うなー…。新人にやらせるんじゃなくてお前らでやれって感じだよな」

「そう思うでしょー!?わたしだって、この世界に来てまだ一週間しか経ってないんだよー!?」

「一週間!!?」


 ……呆れた。協会は、転生して一週間しか経っていない新人の魔法使いに、たった一人で調査や勧誘に向かわせているのだ。何も知らない若者を使い潰す文化はこんな所にも存在するのだろうか?いいや、待て。モエカは何か特別なスキルがあるのかもしれない。それを見越した上で一人で向かわせているのだろう。きっとそうに違いない。


「ところでモエカ。何か特別なスキルとか持っているか?」

「え?えっとぉ、なんだっけ?」


 ステータスパネルを開いて忙しなく操作している。転生して間もないためか、見える数字のどれもが心許ないものばかりだ。


「あっ、あった!えっと、魔力限界、だって」

「魔力限界?」

「魔力が底を尽きても使い続けることができるスキルだって。これだけ聞くと良いかもだけど…」

「なにそれチートじゃん。だったらあまり心配いらない感じか?」

「……緊急の時にはいいかもしれないけど、魔力の代わりに体力を消費するんだよね、これ。……そうだ、これ一回試したけど、体の内側からキリキリ締め付けられるような感じがしてすっごく苦しいんだった……」

「……前言撤回だ。しっかりとリスクもあるんだな、それ」


 やはり、この世には都合の良すぎる事など無いのだと思い知らされる。モエカの言う通り、緊急時以外は使わない方が賢明だろう。己の身を滅ぼしながら魔術行使を行うのだ。そうならないためにも、しっかりと魔力管理を行わなければならない。


「そういえば、アズマくんってこの世界がどんなところか知ってる?」

「……正直言って、俺も詳しい事はあまりよく分かっていない。分かるのは、ドラゴンとかエルフとか、ファンタジーな世界がこの世界にとっての現実っていう事くらいかな。俺もこの世界じゃ魔法は使えるし、俺も分からないことは多い」

「へー……。そっかぁ。じゃあ、お互い分からないことだらけなんだね」


 モエカの愚痴を聞きながら幹線道路をソドムの町に向かって歩いていく。初っ端からとでもない所へ向かわされているものだと、思わずため息をついてしまう。


 噂によれば、モエカの向かうソドムという所は、道端には浮浪者の死体が転がり、体のどこかを失った失業者が町の中をふらふらと歩いていると言われているらしい。あくまでも噂だけど。


 他にも行商人が言うには、汚染物質で町が汚されており、虹色の液体や光化学スモッグのせいで、滞在していると少なくないうちに体に変調をきたすらしい。あまり行きたくないし、できればモエカには帰ってもらいたいところだけど…。


「なあ、モエカ。協会の命令を断ってアングラに帰らないか?」

「え?どうして?」

「今モエカが向かっている所は、想像している以上にヤバい所だぞ。何があるか分かったもんじゃない。空気は汚いし、水は汚れてるし、奴隷商人だっているかもしれない。あんまりこう言うのも恥ずかしいけど、俺はモエカにひどい目に遭ってほしくないって思ってる」


 ……すごいことを言ってしまった気がする。自分の言ってしまったことを恥じて思わず顔を背けてしまう。本当に何言ってるんだろうか、俺は。

 そんな俺をモエカは目を丸くして見つめている。ああ、そうさ。笑うと良い。変にカッコつけた俺を笑うといいさ。


「ぷっ……」


 モエカの噴き出す声が聞こえた。ああ、そうだ。そうして笑うと良いさ。


「あっははっ!アズマくんってそんな事言うんだねっ!でも大丈夫だよ?わたしが危なくなっても、君が守ってくれるって信じてるからさ」

「……はっ?」

「わたしも長く滞在するつもりはないし、用事を済ませたら早く帰るつもり。それまでアズマくんも付き合ってくれると嬉しい…かな…」


 上目遣いにこちらを見ながらモエカがそう言う。漫画のヒロインとも思わせるその姿に、俺はドキッとしてしまった。


「……わかった。俺も付き合ってやる。なるべく早く終わらせて帰るぞ」

「うん!ありがとね、アズマくん!」


 そうして俺は科学と暴力の町、ソドムへと向かっていった。そこで俺の見るものは何か、モエカは無事に協会の命令を達成させることができるのか…。それは神のみぞ知る事だろう。奇妙に交わった俺たちの運命は続いていく。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る