第8話 「決死の脱出」

「だあっ!」


 一人、また一人とエルフの番兵を切り伏せていく。


「失せろォッ!!!」


 剣から炎の波を放ちエルフの体を灼く。炎に包まれたエルフは、この世の者とは思えないほどの絶叫に身を焼きながら、身体を黒く焦がしていく。いくら魔法戦士として転生しても、ヒト型のモノを倒すのは嫌な感じだ。


「コルネー…!」


 一つ一つ牢屋の中を確かめていく。……コルネーはいない。間違えるはずのない魔力は感じるのだが、肝心の姿を見ることができない。スライムも友達が近くにいると分かっているのか、ソワソワと忙しなく体を震わせている。


「っ!!ホバっ!!!」


 突如スライムが体から離れてどこかへ向かっていった。放っておいても良いのだろうが、そのままにしておくのも気が引けるので、俺は渋々と後を追いかけていった。


「ホバっ!!良かったにゃ…!今助けてやるにゃ…!」

「ホバって友達か?……って、おい……」


 その姿を見た俺は絶句した。そこにいたのは、緑色の体をした巨人の姿だった。醜く肥えた身体、圧倒的な巨躯、天を突くような一対のキバ…。

 ……その姿は、オークそのものだった。


「スライム、お前の言っていた友達って…」

「いいから助けるにゃ!約束だにゃ!」

「……俺を騙したのか?」

「騙したって何がにゃ!!?こいつはあたしのダイシンユウのホバにゃ!!!良いから助けるにゃ!!!」

「………」


 切り伏せたエルフたちから鍵束を見つけて、"オークのホバ"が囚われている牢屋からそいつを連れ出す。……しかし、やけに大人しい。オークと言えば性欲旺盛で、手の付けられない程の暴れん坊というイメージがつきそうなものだけど…。


「よかったにゃあ…!無事だったかにゃあ…?」

「んぁ?別になんともねぇど」

「ホントに心配したにゃあ…!……っと、それよりホバ!ここにエルフ共がサキュバスを連れて来なかったかにゃ!?」

「サキュバスかあ?ああ、半裸の女が地下牢に連れていかれるのを見たっけなぁ」

「ッ…!それだ…!おいお前!そこへ案内しろ!」

「そこの突き当たりが隠し通路になってるはずだど。オラも詳しくは知んねえが、適当にやってみるでな」


 そうして俺たちは総当たりで辺りを調べ始めた。俺の身体を離れたスライムは弱っているのか、俺の斬ったエルフの死体を食べている。


「この辺りが開いてると思ったんだがなあ…」


 そう言ってオークは石畳の一部を思いっきり殴った。体がぶるっと震えるほどの衝撃と共に、地下へと続く隠し通路が開かれる。あまりもの怪力に思わず恐怖してしまうが、ない勇気を振り絞って地下へと下りていく。


「っ……。なんかヒンヤリしてるな…」

「あたりめえだぁ。暗く閉じられてるかんなぁ」

「寒かったらホバのお尻に隠れるといいにゃあ。ホバのお尻は湿っててあったかくて居心地良いにゃあ?」

「何言ってんだおめぇ…」


 ギャグなのか本気なのか分からないスライムの言葉を適当にあしらいつつ階段を降りていく。松明も光源になる物もない地下道をただひたすらに進んでいく。

 魔力の濃度が濃くなっていくのが分かる。エルフのモノと思わしき魔力と、弱々しいけど確かにコルネーの魔力を感じる。


「コルネー…!」

「落ち着くにゃ、ニンゲン。ここはホバに任せるにゃ」

「……分かった。ホバ、頼まれてもいいか…?」

「んぁ?ああ、分かっただぁ。オラの後ろに隠れてるだぁ」


 そう言ってオークはのっしのっしと進んでいく。一歩の歩みが大きい分、ついて行くのも大変だけど、この頼もしい背中から離れる訳にもいかない。このオークは、一時的ではあるけど俺の味方なのだ。


「ビリビリ感じるにゃあ…。にぃ、さん、しぃ…。4人いるかにゃあ…?」

「だな…。シャーマンは4人のようだが…。どこにアサシンが隠れているのか、だな…」

「アサシンなんているのかにゃあ…?」


 闇討ちする前から気配を察知されたのであればアサシンとしてどうかとも思うが、警護のためにここにいるとも限らない。俺たちとしても警戒するに越したことはないというものだ。


「助けるのはあの悪魔の嬢ちゃんでええが?」

「あ、ああ」

「んじゃあ、助けてもらったお礼に一肌脱ぐかぁ」

「え?」


 ホバがごきごきと首を鳴らす。そして、ぞわっとするような悪寒と共にホバは雄叫びをあげた。


「お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛ッ゛ッ゛ッ゛!゛!゛!゛」

「ッ!!?」

「なんだっ!!?」


 地響きのするような雄叫びに空間がビリビリと震える。その声を聞いたシャーマンたちが、突然の出来事に動揺している。


「オ、オーク!!?そんなバカな…!どうしてオークがここに!!?」

「おめえらみんな丸ごと食ってやるッ!!!」


 重い足音と共にオークが階下へ向けて走っていく。踏み出す一歩が大きい分、あっという間にシャーマンたちと距離を詰めていった。


「くそっ…!」


 展開された魔法陣から光線が放たれる。しかし、オークにはその攻撃も効いていないようだった。


「お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛ッ゛ッ゛!゛!゛!゛」

「なっ…!?」


 振り下ろされた剛腕がシャーマンの頭を粉砕する。まさしく頭が"破裂"したと表現するのがもっともだと思ったほどだ。


「さっすがホバだにゃ!!!もっとエルフを爆砕するにゃあ!!!」


 オークの視線が二人目のエルフに向けられる。エルフは一瞬怯んだようだが、すぐさま体勢を立て直した。


「ぐっ…!我々森の民はこんな蛮族畜生に敗れるような弱い存在などではない…!お前のような醜く肥え太った豚など消し炭にしてくれるッ!!!」


 火炎が暗闇を照らす。さすがのオークも炎の壁を前にしては手出しできないようだった。


 階段わきの柱に隠れる俺とスライムのコンビ。俺もどうにかして助ける事が出来ないものかと思案するけど、どうにも良い案が思い浮かばない。


「おいニンゲン、何か良い考えはないのかにゃ!?」

「あったら行動してる…!くそっ、どうしたら…!」


 そう歯がゆい思いをしている間にも炎は勢いを増し、じわじわとオークの体力を奪い続けている。炎が酸素を奪っていき、オークの体力をじわじわと削っていっている。


 その時、炎の明かりが一瞬にして消える様子が見えた。暗い波動のようなものに、炎の渦が消し飛ばされたのだ。


「はぁ…。はぁ…」

「コルネー…!」

「わ、私だって……やれる……!」


 震える体を奮い立たせてメアリーが立ち上がる。自身を救う者のために応えようと、弱々しく震える体に力を込めて立ち上がろうとしている。メアリーは、非力ながらも戦おうとしているのだ。


「くそっ、コルネー…!無茶をしやがる…!」


 コルネーに炊きつけられた俺は思わず立ち上がった。うじうじしている俺がなんだか惨めたらしく思えた。コルネーが必死に抗っているのに俺は何をしているんだと思わずにはいられなかった。

 俺は柱の影から飛び出すと、剣を抜いて勢いよく階段を駆け下りていった。


「うああああああああああああああああああああああッッ!!!」

「ッ!!?」


 ヂュンッ!


 ……防がれてしまった。けど、そんなのは良い。俺に気を取られたのがお前の最後なんだ。

 巨人の影が伸びる。エルフがそれに気づいたときには、もう遅かった。

 剛腕が振り下ろされる。エルフの身体が嫌な音を立てて、ぐしゃりと潰れる。これで二人目だ。


「よし、これで残り二人も片付けるにゃあ!」

「当然だっ!覚悟しろ、エルフ共ッ!!」


 剣に稲妻を纏わせる。剣というものは、一種の魔導器のような役割を持たせることができる優れものだ。古の作品にも、剣に光を纏わせてビームを放っていた。俺だって慣れてはいないけど、ビームを撃つだけならできる。


「だぁ!!!」

「──────ッ!!!」


 渾身の一撃として放ったライトニングボルトが簡単に防がれてしまった。それどころか、エルフは魔法陣を複数展開して、五月雨撃ちの如く光弾を乱射してきたのだ。

 土煙が舞う。幸いにも命中弾はなかったけど、もし当たっていたらただではすまなかった筈だ。一撃の破壊力もさながら、それを連射できるだけの魔力があるというのだからエルフは恐ろしい。

 土煙を突き抜けて、一つの影がエルフへと飛びついていく。その影は黒い光を纏うと、エルフに向けて大きく光を放った。


「ぎっ!?」


 地面にエルフが叩きつけられる。すぐさま体勢を整えて立ち上がろうとするけど、俺はそんな隙も見逃さずに一気に斬り上げた。


「────……ッ!!」


 崩れるようにエルフは倒れる。残るは一人だけど、どう始末しようか。そんな事を考えている間に、スライムがさっさと覆い被さって窒息させてしまった。なんだか締まらない終わり方なような気がするけど、何がともあれ俺たちは勝って、無事にコルネーを救出できたのだ。


「コルネーッ!!!」

「ア、アズマ…。助けに来てくれたの…?」

「ああ…!それより無事か!?変な事はされてないか!?」

「うん。へ、平気…。……っ」


 ふと意識を失うようにコルネーは倒れた。全然無事なんかではない。明らかに衰弱しきっている。やっぱり、コルネーは弱っているにも係わらず無理を押して戦っていたのだ。


「……魔力を消耗しきっているにゃ。急いで魔力を補給しないと死んじゃうにゃ…!」

「ぐっ…!どうか無事でいてくれよ…!」


 コルネーを背負って急いで地下祭壇から脱出する。……あと少しでこの脱出劇も終わる。コルネーも、オークも、奇妙なスライムも味方につけた。あとは無事にエルフの森を抜けて、生きて帰るだけだ。

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