第5話 「エルフの森の中にて」

 知恵と魔法の町、アングラを発ってから数日が経った。この日、数日にも及ぶ行脚のせいですっかり足が棒になっていた。旅歩きのスキルもカンストしているのではないかとも思ったが、現実はそうおいしくはない。もっとも、そんな便利なスキルなど持っていないのだが。

 対するコルネーは、歩いたり飛んだり漂ったりと自由気ままだ。それに、ただの旅歩きが退屈なのか、何かとぶーぶーと文句を垂れている。付いて来るといったのだから少しは我慢してほしい。


「ねーえー。少し寄り道していこうよー。整備された幹線道路を歩くだけじゃ退屈だよー。……ここをちょっと逸れたら、ゴブリンとかスライムとも戦えるかもよ?」

「ばーか。誰が好き好んで危険な道を歩くかよ。行きたきゃ一人で行けよ」

「えー。冷たいの~」


 そう言って猫撫で声で甘えてくるコルネー。もっとも、スライムやゴブリンなど敵ではないが、わざわざ危険を冒すような真似はしたくない。

 サキュバスの持つ独特なアクティブスキルのせいか、つい魅了されてその誘いに乗ってしまいそうになるが、なんとか理性の鎖で繋ぎとめて歩みを進めていく。


「うん?」

「どうした?」


 コルネーが何かを感じ取ったのかしきりに辺りを見回している。エルフのようにとんがった耳がピコピコ動いていて思わずドキッとしてしまう。


「何か魔力を感じる。妖精かエルフの集落でもあるかもしれないよ。魔力の濃さ的にあっちかも。行ってみよ!」

「ちょ、ちょっと!」


 ぴゅーんとコルネーが飛んでいく。このまま放っておこうとも思ったけど、それではなんだか気分が悪い。俺は慌ててコルネーを追いかけていくことにした。


 コルネーはスルスルと木をかわして奥へ奥へと進んでいく。

 木々をかわしながら、コルネーの後を追いかけて森の中を進んでいく。コルネーは何も気にしていないようだけど、徐々に薄暗くなっていく森の影や、鼻を突くような陰気な臭いに何とも言えないような不安感が掻き立てられていく。


 やがて、俺たちは一つの廃村のような集落にたどり着いた。ギャップの中に作られたエルフの村らしき所だ。


「おっかしいなぁ。確かにいるはずなんだけど…」

「……腹が減り過ぎて気でも狂ったんじゃねえか?」

「かもね~☆」

「………」


 てへぺろとぶりっ子ぶるコルネー。そして、そそくさとしゃがみ込むと、そのまま俺のズボンに手をかけ始めた。このまま搾られて死ぬのも嫌なので抵抗するけど、コルネーはそんなことも気にせずに器用にベルトを外し始めた。


 スコン!


 何かがコルネーの角を掠めて行った。……左わき腹に血が滲んでいる。コルネーも何かを察したのか、動きを止めて様子を窺っている。

 コルネーがそろりと首を傾けて俺の後ろに視線を送る。俺も釣られるように首を後ろに回す。……そこには、一本の矢が木に突き刺さっていた。


「……に、逃げるぞコルネー…」

「……うん」


 瞬間、複数の矢が、俺たち目がけて一斉に襲い掛かってきた。……間違いない。これは、廃村に見せかけた大掛かりな罠だったのだ。俺らは何も知らずに迷い込んできた良いカモだったのだ。


 ガサガサガサッ!


 周囲の木々が音を立てて俺たちを脅かす。ガタガタと何かが木々を移動する音がする。エルフが集団で狩りをしているのだ。

 急いで来た道へと走っていく。普段はへらへらとしているコルネーの顔にも焦りの色が見える。改めて俺はこれが緊急事態だと認識させられた。


「ッ!!」


 不意に脳内に電流が走った。このまま前に走っていては殺される。俺は急いでコルネーを制止した。


「止まれッ!コルネー!」

「えっ!?」


 瞬間、地面から勢いよく竜の歯のような木の根が無数に突き出た。それは無数に互いに絡み合うと、大きな壁となって俺たちの前に立ち塞がった。


「……チッ」


 木の影から舌打ちのような音が聞こえた。……どうやら、エルフのシャーマンもこの場にいるようだ。これではいよいよ絶体絶命、四面楚歌という訳だ。


「ど、どうする?アズマ……」

「ど、どうしよう……」


 風すら吹かない森の奥で、複数のエルフの息遣いだけがわずかに聞こえる。

 足元から木の根で串刺しにされるか、ハリネズミにされるか、果てはアサシンのような近接特化のエルフに八つ裂きにされるか…。体の弱いエルフが、正々堂々と正面からやり合うとはあまり思えない。


「アズマッ!」

「ッ!」


 俺の前に黒い物体が現れた。どうやら、コルネーが闇属性の盾を展開したらしい。

 不意に足元に光る刃を見た。鈍く光るそれは、俺の体を捉えると、勢いよく斬り上げた。


 ジャッ!


「ぐぅっ!?」


 鮮血が飛び散る。すかさずエルフは飛び退くと、間合いを図って俺たちと距離を取った。


「だ、だいじょうぶ!?アズマ!!」

「こ、これくらい…!」


 心配するコルネーをよそ目にエルフを睨む。深くフードを被ったエルフの戦士は、逆手に得物を隠してじっくりと様子を窺っている。

 ……細い上に体も小さい。戦士において体が大きければ威圧感もあるが、このエルフにおいてはそうでもない。恐らくこいつは、戦士ではなくてアサシンといったところだろう。


「エルフのアサシン…。注意しなきゃね…」

「そうだな…。何を隠し持ってるかわかりゃしねぇ…」


 互いにけん制し合いながら睨み合う。ここで一歩でも踏み出そうならあっという間にやられそうな気がする。俺たちはこのアサシン以外にも弓兵やらシャーマンにも睨まれているのだ。ヘタに動こうならあっという間にお釈迦だ。


「ええい、くらいなさい!」


 コルネーが光弾を撃ちだす。エルフのアサシンはそれを見切ると、素早くかわしてあっという間に俺の懐に潜り込んできた。

 逆手に持った刃があらわになる。……思ったよりも刃渡りが長い。45cm以上はあるだろうか。

 ……かわせない。俺の瞬発力ではどうにもならない。もうダメか…。そう思った時だった。


 ヒュンッ!


「きゃっ!!?」


 湾刀の一つが空を裂きながらメアリー目がけて飛翔した。どうやら、コイツは俺ではなくコルネーを狙っていたようだった。


「ふ、フードを被って視界が狭くなってると思ったら大間違いのようね…。あたしが陰から狙っている事が分かってたんだ…」

「……なるほどな」


 どうやら、魔力の集中を感じ取って咄嗟に狙いをコルネーに変えたらしい。中々の判断力だ。

 湾刀を持ち替えたエルフと互いに相まみえる。エルフは呼吸を乱すことなくゆらゆらと湾刀を揺らして様子を見ている。


「ぎゃっ!!!」

「っ!!?コルネー!?」


 不意に聞こえた悲鳴に目を向ける。そこには脚に矢を受けたメアリーがうずくまっていた。


 戦場においては一瞬の油断が命取りとなる。それは、傷を負った仲間がいれば尚の事だ。

 それに気付いたときには既に遅かった。危機を感じてソレに目を向けた時は、鈍く光る刃が俺の身体を切り裂こうとしていた。


「がっ……!」


 左肩から右わき腹に斬られる。鋭い痛みが身を焼くようだった。


「アズマぁッ!!!」


 そんなコルネーの呼び声も空しく、俺は力なく崩れ落ちるだけだった。

 周りの木々からぞろぞろとエルフが集まってくる。弓兵、アサシン、シャーマン…。たくさんのエルフが、俺たちを取り囲んでいた。

 万事休す。勝負は既に決していた。


「ぐっ…!」


 首を締めあげられる。絞められた喉が必死に酸素を求めるが、それも叶わなかった。

 意識が遠のいていく。俺を名を叫ぶコルネーの必死の呼び声が木霊する。そうして、俺の意識は闇の中へと溶けていった。

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