第36話 キミが死んでも、ボクがいる

 現実世界ではまだ日が昇ったばかりの時刻に、俺たちは神話世界へと戻る。


 降り立った場所は黄泉比良坂の入り口。残念ながら目的のアイテム――告厄茸は失われていた。

 警戒しながら洞窟の中へ入り、例の黄泉人三人組を倒したあと、崖に上り茸を採取する。


 ここからだ。


 俺は佳弥の手を握った。


「離すなよ」


 そう声を声を掛けると、佳弥が一瞬ハッとした表情を見せた後、「うん」と小さくうなずく。

 何か出てきたら佳弥の手を引っ張り出口まで走るつもりだったが、結局何も起こらず、洞窟の外にも、黄泉人の亡骸は転がっていなかった。


「あの化け物、何だったんだ?」


 少し拍子抜けしたが、出てこないなら出てこないほうが良いものだ。


「あれは、多分」


 しかし佳弥はそこで口をつぐむ。


「なに?」

「……その時が来たら、教える」


 佳弥はあの化け物の正体を知っているようだ。しかし言いたくないのだろう。それがなぜなのか、今は聞かないことにした。


「キノコを大宜津姫に届ければ『任務完了』だな。俺の魂を持ってるやつのことも教えてくれるってわけだ。でも、姫は俺が殺されたことを覚えてるんだろ。本当に、あいつは犯人じゃないのか?」


 俺の振りに、佳弥は少し考えた後で、「もう一つ可能性がある」と呟いた。


「可能性?」

「うん。彼女は、何らかの形で現実世界とつながりがあるのかもしれない。その場合、キミがこの世界からアウトしても、彼女の意識は途切れることなく続く可能性がある」

「そうなのか……つながり?」


 思い当たる節がないわけではない。大宜津姫は、現実世界のネットアイドル『兎カ野うかのミタマ』にそっくりなのだ。


 しかしな……断言はできない。俺もそんなに詳しい方じゃないし。


「とりあえず、単なるモブじゃないってことだな。よし、彼女に会いに行こう」

「そうだね」


 佳弥を引っ張り、『扉』である岩の傍へ走る。しかし、佳弥の様子はどことなくはっきりとしない感じだった。何かを考えている風。

 あの化け物のことなのか、それとも姫のことか。もしくは……俺のこと?


 いや、そうじゃないだろう。俺の残機はもう二しかない割に、そのことに佳弥は注意を向けていないような感じが続いている。


「……なあ、もし魂を取り返せないままタイムリミットが来たら、俺、死ぬんだよな」


 次のある『死』と、もう後のない『死』。なんだか妙な気分だ。


「現実世界では、そうだね」

「……どういうことだ?」

「黄泉人。あれはね、魂を奪われたまま死んだ人間の鳴れの果て、なんだよ。この神話世界で未来永劫、魂を探し続ける」

「マジかよ」

「うん」


 なんてこった……


「冗談じゃない。あんなものになりたくないぞ」

「その時は、ボクが何とかするよ」

「へ? 何とかなるのか?」

「……分からない」


『なんでやねん!』と突っ込もうとしたが、佳弥はまたどこか上の空の様子で何かを考えている。


「佳弥、何を考えてる」

「ん? あ、ああ、ごめん。行こうか」


 結局佳弥は、それ以上のことを俺に話そうとはしなかった。

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