第22話 ボク以外の女に見とれるとか、ユルセナイ

 冷房でもかかっているのかと思うくらいに寒々しい食事の時間がやっとこさ終わる。頃合いを見計らったように、女性が二人お膳を片付けにやってきて、どこかへと持ち去っていった。


「この村は、外から来た旅人に食事を出すのがデフォなのか?」


 まるで宿泊予約をしていたかのようなもてなしだ。


「いや。月読尊さまと保食神の間には契約があってね。ボクたちをもてなしてもらう代わりに、ボクたちは村の長の願いを聞くことになっている」

「なんだ、そんなことになってるのか」

「うん。ここを拠点にするには、大宜津姫オオゲツヒメの願いを叶える必要があるね」


 ふむ。なるほど、ギブアンドテイクの契約か。


「でも神話では月読尊が保食神を殺したんだろ?」

「ここは『月読尊さまがまだ保食神を殺していないし、素戔嗚尊もまだ大宜津姫を殺していない』状態といえるかな。事実が確定していない状態、だね」


 言われてみれば、大宜津姫は生きてるんだから、そうとも考えられるか。というか、そうか、姫は命を狙われてるって話。


 ……あれ? んじゃ『保食神』って誰だろ。大宜津姫じゃないのか。


「んー、よく分からん。その辺はもう佳弥に任せる。で、その願いって何なんだ? そんな話してたっけ」

「虎守くんは、大宜津姫に見とれてて、聞いてなかったんだ」

「うげっ」


 佳弥が冷たい視線で俺を……しかしすぐに、クスッと笑いだす。


「嘘だよ。まだどんな願いか聞いていない」

「びっくりさせんなよ」

「さっき、ボクをびっくりさせたのは誰かな」


 そう言われると、返す言葉はなかった。


 身支度をしてもう一度大宜津姫のもとへ行くというところで、佳弥が何かを考え始めた。


「どした?」

「いや、着替える必要があるんだけど……」


 そのまま佳弥が口ごもる。


「ああ、これか」


 女性たちが持ってきた服が二着、床に置いてある。そのうちの一つを手に取って広げると、見るからに『古代人』が着てそうなやつだった。

 少し灰色がかった上着はワンピースのような形状だが、その下にはく用のズボンもある。男性用だろう。

 手触りはすべすべしていて……麻や木綿じゃない。これは絹だ。


「ほい」


 佳弥へと差し出す。佳弥はそれを受け取ったが、そのまま突っ立っている。俺は床に置いてあったもう一着を手に取った。二着とも同じ形だ。


「これに着替えるのか?」


 精神世界だというのに、着替えもできるのかとちょっと不思議に思う。俺ははいていたズボンのベルトに手をかけた。


「ま、待って」

「なに?」

「虎守くんは着替えなくていい」

「なんで?」

「キミには『囮』になってもらわないとね。誰が見ても『ただならぬ奴』だとわかるよう、服はそのままでいてほしい」


 佳弥が言うには、素戔嗚の勢力をあぶりだすための囮だそうだ。万が一突然襲撃されても、俺ならってことか。


 ……あれだ。ホイホイの中に入ってる餌だな。マジかよ。


「オッケー。盛大にやられてやるよ」


 冗談めかして、佳弥へと笑顔。

 佳弥が笑顔を返す。


 ……そのまま時が過ぎていった。


「着替えないのか?」

「えっ、そ、そうだね……えっと」


 佳弥にしても俺にしても、学校の制服のままここにきている。半袖のシャツ、そして黒のズボン。


「どした?」


 なんだろう。佳弥はずいぶんと焦っているようだ。古代服を胸に抱え、モジモジとしている。


 うん、マジでモジモジ。


「あの、虎守くん、ちょっとお願いがあるんだけど」

「なんだ?」

「これにもう一つ上着があるはずなんだ。それを貰ってきてくれないかな?」

「ん? これのさらに上に着るものか?」

「そ、そう、だね」

「いいぞ。祭殿に行けばもらえるのか?」

「多分」

「おっけー」


 ということで、竪穴住居の外に出て、大宜津姫を会った祭殿を目指す。

 そこで『いや、自分でもらいに行けよ』と突っ込むべきだったことに気が付いたが、なんだろ、これが惚れた弱みという……


 ち、ちがうからな!


 自分で自分を否定し、祭殿への道を探す。

 が……


 大きい建物だからわかるだろうと思っていたのだが、それらしい建物が視界に二つも見えている。


 どっちだっけ?

 どっちも似たような建物だ。


 あれ、二つもあったっけ。

 思い出せ、思い出せ、どっちだ、思い出せ……


「佳弥に聞いた方が早いか」


 その辺に歩いている人に聞くのは、ちょっと勇気が出なかったので、竪穴住居へと引き返す。


 入り口に立ててある板をどけて、中へと入った。


「なあ、佳弥。祭殿ってどれだった……」


 途端に響き渡る悲鳴。

 着替え最中の佳弥が、手に持った服で自分の体を隠し、焦った表情で俺を見ている。


「う、うわっ、ご、ごめん」


 俺は慌てて外へ出た。

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