第28話 イルミナの泉


『あらぁ? この間の子。いらっしゃい。来てくれて嬉しいわ。見て見て、少しずつ精霊たちも増えて来てるのよ』


 爽やかな草の香り、そしてキラキラと輝く泉。

 その中央の大きな葉の上で、精霊様が寛いでいた。

 その周りには小さな光が沢山舞っている。

 私は、その精霊様が寛ぐ葉っぱの上に立っていた。


「あ、こんにちは。その後どうですか?」


 挨拶を返しながら、思い浮かべた場所に行けることに驚いていた。

 ふと思っただけで転移できるって、ある意味ヤバいやつでは。

 兄さんと殿下が語彙力なくなったのもわかる気がする。


『すごく快適よ。それにしても手に面白い物を持ってるわね。便利そうだけれど、全然可愛くないわ。貸してごらんなさい。私が貴方に似合うように可愛くしてあげるから』

「いえいえ、私可愛くないからこのデザインで充分ですし、これ、ひと様のですし」

『そういう古い物って、ダンジョンの中で見つけた人が所有者でしょ? 貴方が見つけたんじゃないの? 貴方の魔力で起動しているけれど』

「起動していない状態で置いてあったので、起動してどんな感じか今使ってみたところ、ここに来ました」

『やだ咄嗟に私を思い出してくれたの、嬉しいわ。ほら早くそれを渡して』


 ほらほらと満面の笑みで手を差し出す精霊様を目の前にして、心の中で「殿下は精霊様より立場下っぽいから精霊様にしてもらったって言えば問題ないよね」と考えた私は、そうですね、と躊躇いなく古いブレスレット型魔道具を差し出した。

 精霊様はそれを両手で包み込むと、『可愛くなあれ』と可愛らしく唱えた。

 精霊様の手がピカンと光り、ぶっとく黒いブレスレットは、細くて雫型の模様が入ったとても可愛らしいゴールドのブレスレットに変わった。


「うわあ、可愛い! すっごく可愛いです! ありがとうございます! これは絶対にグロリア様に似合う! 精霊様のお陰でグロリア様が野暮ったいブレスレットを使うことがなさそうです! ありがとうございます!」

 

 テンションを上げた私が怒涛のようにお礼を言うと、精霊様はきょとんと私を見つめた。


『貴方が使うんじゃないの?』

「私も使うと思うんですけど、これはとても可愛らしいので、この間一緒にいたグロリア様に使ってもらおうと思います」

『貴方は?』

「他にもあと五個ほどあるので、それのどれかを使いますね」


 だってグロリア様にあの野暮ったいものをつけさせて私一人がこんな可愛いブレスレットを使うなんて、これは美への冒涜だろう。

 フンスと鼻息荒くすれば、精霊様が口を尖らせた。


『貴方女の子でしょう。可愛くしましょうよ。貴方のブレスレットが手に入ったらまたここにいらっしゃい。これと同じように可愛くするから』


 ね、と超絶美人なご尊顔で言われ、私は気圧されながら頷いた。


『ああ、男どもはいらないわ。勇者たちはいいんだけど、今はちょっと男の顔は見たくないのよ』

「大変なことがありましたからね……」

『……貴方、この間から思ったけれど、もしかして私の事情を詳しく知っていたりする?』


 精霊様の呟きに同情したら、ガシッと手を握られて、ビクッと肩を揺らす。

 もしかして怒らせた? 掘り出しちゃダメな話題だった……!

 

「あの、ええと、その……! ごめんなさい! 私何も……!」


 知りません! と誤魔化そうとすると、『あの気遣い、泣きたくなるくらい嬉しかったの……!』と精霊様に遮られた。


『ほんっとうに、辛かったのよ……! 聞いてくれる? 男どもには絶対に聞かせたくない話なんだけど、貴方なら事情を知っているみたいでしょ。辛かったのよ、聞いて欲しいのよ……!』


 捕まってしまった……と思いながら、私はその場に座らされた。

 ちなみに、しっかりと手は握られていた。




 精霊様の話は、数時間にも及んだ。途中呪詛のような言葉も沢山漏れて来て、その都度周りのチビ精霊たちがビビって右往左往していた。

 流れでどうして私が状況を知っていたのかなど根掘り葉掘り聞かれ、鑑定持ちだとわかると同情されたりいつの間にやら意気投合していた。ついでに真名なんて教えて貰っちゃって内心焦ったりもした。真名を人前で呼ぶのはタブーなので、愛称呼ぶことにした。


『ローズといると楽しいわ。ずっとここにいない?』

「そうもいかないですよ。折角アクア様に勇者の称号貰ったんですから。他の国で困ってる精霊様を助けてきます」


 ぐっと拳を握る。こういう機会でもないと外国に行くことなんて絶対に出来ないから。

 そしてついでに精霊様を助けてくる。

 幸い場所はスピリットクリスタルをやり込んだからわかっているし、攻略方法も覚えてる。

 ひとりでは絶対に無理な強さだけれど、そこはとても頼もしい仲間がいるからね。


『じゃあこの泉の水を何かに入れて持って行きなさいよ。それを媒介して力を貸すことも出来るから。特に『トレバー』というところの森の奥に閉じ込められている子を助けて欲しいのよ。樹の精霊なんだけどね、私の姉であり親友であり妹であり、唯一無二の存在なのよ。あの子も悪魔に魅入られちゃって。お願い』

「もちろん助けますとも。その時はご報告しますね」

『ありがとう』


 うっとりするほどの笑顔を見せた精霊様、もといアクア様は、国を出る前に必ず泉の水を汲みに来ることを約束して、私を開放してくれた。

 原型を全くとどめていないブレスレットで兄さんの部屋に帰って来た私は、既に外は真っ暗で、兄さんと殿下が私の捜索の話し合いをしていたことに気付いて、捜索隊が出る前に帰ってこられてよかったと胸を撫で下ろした。


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