第13話 囲碁将棋部

(この方は人の話を聞かないのでしょうか......? さっきあれほど嫌だと言ったのに)


 げんなりしながらとりあえず話を聞く気になった結は、額を押さえながら乃慧流に先を促す。


「まあ……まずは理由を聞かせてもらえませんこと? どんなトンデモ理論が飛び出すか楽しみですわ」

「聞いてくださるんですの!?」


 目を爛々と輝かせる乃慧流をスルーしながら、結は片手を上げてさっさと答えろと催促した。

 すると彼女は「そうですわぁ♪」と楽しそうに言いながら説明を始める。


「まず一つ、部活というのは仲間と一緒に楽しく汗を流したり遊んだりして交流を深める場でしてよ。人間関係を煩わしいと思うような人でも、そこに入ってしまえば嫌でも人との交流を増やしますわ♪ そして二つ目。恋が発展するのも部活の中でというのが多いんですのよ? まあ、結さんにはわたくしがおりますので必要ないですけれど♪ 理由は大まかに分けてこの二つですわね」

「私はこう見えても多方面に知り合いがおりますので、交流を増やすという目的は別にどうでもいいのですが......」

「でもそれは、ビジネス上のお付き合いでしょう?」

「......」


 結が言葉に詰まったのを見ると、乃慧流はそら見たことかとニヤっと笑みを浮かべる。


「人というのは『先達』と『仲間』がいることによって大きく成長しましてよ? 特に後者の方が重要ですわね。先達は『見本』。仲間は同じ目的を持って切磋琢磨できる『同胞』ですもの。これだけでも友好関係の意味は段違いになりますわ」

「……なるほど」


 乃慧流にしては珍しい真っ当な意見を聞いた結が、ついつい感心した様子でため息をつくと、気を良くした乃慧流はどこか偉そうに鼻を鳴らしながら言った。


「なので、結さんは部活動をやるべきですわ。これは先輩であるわたくしからの助言でもあ──」


 が、結はそんな乃慧流の言葉を最後まで聞くことなく、再び背を向けてその場を立ち去っていった。


「ちょっと!? 人が話している時に無視するなんて失礼でございましてよ!?」

「説教は御免ですわ。私とて、部活動をやったほうがいいのは重々承知です。が、いくらこちらから歩み寄っても、向こうがくだらない偏見を持って私を受け入れる気がないのですから、本末転倒ですわ」


 そう言って面倒くさそうな表情を浮かべると、乃慧流もさすがに押し黙った。これ以上不毛な議論が続いたところでお互いに時間が無駄になるだけだ。乃慧流は諦めたかと結が思ったその時、彼女は唐突に結の手を取った。


「行きましょう。囲碁将棋部へ!」

「話聞いてました? 嫌ですわよ」

「大丈夫、きっと上手くいきますわ。だって結さんはこんなにも可愛らしいんですもの!」

「理由になってませんわね......」


 そう言って結はため息と共に脱力する。

 乃慧流はそんな様子などどこ吹く風で、ずいずいと手を引いていった。


「さあ、わたくしについて来なさい!」

「帰りたい……」


 そんな泣き言をこぼしながらも、結局結は断ることができずについていくハメになってしまった。

 文化部部室棟の一角に位置する『囲碁将棋部』の札が飾られた扉の前に立つと、乃慧流は大きく息を吸い込み、大声でノックした。


「ごめんくださいませ~!」


 結がその様子を眺めていると、やがてその扉がゆっくりと開かれる。

 中から顔を覗かせたのは、いつぞやのメガネ先輩だった。乃慧流と彼女に手を引かれている結を交互に見ながら目を丸くするメガネ先輩。


「乃慧流? ......それに結ちゃん?」

四季島しきしまさん。入部希望者を連れてきましたわよ!」


 メガネ先輩の名前は四季島というらしい。


「......お二人は知り合いでしたの?」

「まあ、同じクラスですからね」


 不思議そうな結に、乃慧流は笑顔で答えた。


「乃慧流、あなたまた小さい子を連れ回してるって噂あったけど......結ちゃんのことだったのね?」


 四季島は呆れたようなジト目で乃慧流を見つめた後、乃慧流が全く悪びれた様子を見せていないことに気づき、ため息をついた。すると突然四季島は結の方に向き直ると、申し訳なさそうに頭を下げる。


「ごめんね結ちゃん。この子が迷惑とかかけてないかしら? 悪いじゃないんだけどね~」


 そして顔を上げると乃慧流を親指でビッと指さし、まるで保護者のような口調で言った。


「ちょっと変わった人だとは思いますわね」


 結が正直な感想を述べると、四季島は苦笑を返した。


「今日はわたくしの話をしに来たのではありませんわよ。結さんの入部についてのお話ですわ。先程もそう申し上げたでしょう?」


 乃慧流はそう言うと、真剣な表情で四季島を見つめている。

 だがそれを見た四季島はというと、これでもかという程に眉間にしわを寄せていた。


「乃慧流......あなたもしかして嫌がる結ちゃんを無理やり連れてきたんじゃないでしょうね?」

「人聞きの悪ーい。ちゃんと同意の下で来たに決まってるじゃありませんかぁ」


(今すぐ帰りたくなってきたのですけれど……)


 本気で帰りそうになっている結の手を摑む乃慧流の目は、軽い口調とは裏腹に真面目そのものだった。


「──結さんから聞きましたわ。この囲碁将棋部の部員の方々が結さんに対してよからぬ偏見を抱いていると」

「まあ確かに、偏見は良くないと思うけど、私としても彼女達の気持ちも理解できるというか......」


 一転してしどろもどろになる四季島。彼女も部をまとめる立場として後輩を無下にする事が出来ず悩んでいるのだろう。だが、乃慧流にとっての第一は結だった。


「結さんの気持ちはどうなりますの! 気持ちよく活動もできず、心を痛めながら中学生活を送っていかなくてはならないんですのよ! ましてや今の結さんは目を離せない危うさをはらんでいて……ええ、話せば長くなりますわ。簡潔に言いましょう! 可愛すぎるのよ! 大人を子供に帰らせてしまうほどの魅力。それは本当に罪深くて──♪」

「途中からちょっと何言ってるか分かりませんわね」


 乃慧流の一人劇場に堪えきれなくなった結がごほんっと咳払いをする。


「ともかく、結さんが囲碁将棋部で気持ちよく活動できるようにするためには、彼女達の心構えを見直す必要が───」

「絶対にイヤよ! なんで私がヤクザと仲良くしないといけないの!」


 気まずくなって顔を背けていた囲碁将棋部の一人が、話の途中に反応してそう叫ぶ。いつぞや結と対局したことがあるかすみだった。


「ちょっとかすみ、そういう言い方は良くないんじゃない?」


 四季島がかすみを諫めるように声をかける。だがかすみは聞く耳を持たなかった。


「あの子は私たちカタギの人間とは違うんだから怖がられるのは当然でしょ? ていうか逆に自業自得だっつーの」


 かすみの発言に周囲の囲碁将棋部員たちは「そうよね」と賛同した。結に対する見解はほぼ全員が同じものであるようだった。

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