知識量を買われて祓魔師候補生になった僕と、意地悪臆病令息の最初の事件

新 星緒

1・1

「――であるから、このタイプの異形には水系の術式を用いるのが適している」 


 穏やかな昼下り。小さな町ほどの広さがある王宮の中で、昼休みをとっていない部所はここ、祓魔庁学生部くらいだ。私がいるのは一年生のクラス。総勢十人。静けさの中に教師のバリトンボイスがよく響く。


「だが一度だけ水系術式がまったく効かなかったときがある。いつの討伐だ? ユベール・ジェラン、答えなさい」


 教師が挑戦的な目で私を見ている。

「568年7月、ロサーノ村に出現した異形ナンバー68-12の討伐です」

 答えると、チッと舌打ちが返ってきた。腹を立てるくらいなら私を指名しなければいいのに。入学時の面接で、私は討伐の内容全部覚えているって伝えているんだから。

 まあ、信じてないのは知っているけどさ。


「ほんと、ユベールは記憶力がいいよなぁ」

 隣の席の生徒がニヤニヤ笑う。

「すごいよな、記憶力は」

 その前の生徒も振り返って嫌味な顔をしている。


「私語禁止」と教師。「やるなら授業時間外で」


 教室中にクスクス笑いが広がる。

 教師もムカつくけど生徒の質の悪さにも呆れてしまう。こんなヤツらが名のある貴族の子弟っていうんだからびっくりしちゃうよ。


「せっかくだユベール。この討伐について詳しく書かれた書物も答えてもらおうか」

「祓魔師グレッグ・リンチが書いた『討伐の失敗から考える異形という存在』第二巻です」

 教師がまたも舌打ちする。


 ほんと、嫌な男!

 声は良いのに性格は最悪!


 鐘が鳴った。授業終了の合図だ。いつもなら昼食時間を挟んで午後の授業があるけど、今日はこれで放課だ。

「明日は術式の小テストがある。全員満点を取ること」と教師が告げ、さっさと教室を出ていった。

「ユベール・ジェランは板書を消しておくように」と言い残して。


 ほんと、こすっからい!

 私がここに途中入学してひと月になるけど、ほかの生徒が黒板消しや教材運びなんかの雑用を言いつけられているのを見たことがない。よっぽど私が我慢ならないのだろう。


 教科書をカバンにきちっとしまってから立ち上がる。そうしないと席を離れた隙に、破られたりいたずら書きをされたりしてしまうから。

 机の間を注意して進む。――と、突然後ろからお尻を蹴られ、ころんだ。床に膝と手をつき、無様な四つん這いの格好。


 途端に笑い声が上がる。

「さすがユベール。記憶力以外はからきしだな」

「鈍さ国一番!」


 今までは足を引っ掛けられるだけだったのに。私が慎重に避けるようになったから、より酷くなったんだ。

 悔しくてたまらない。


「頭でっかちなヒョロ男だから」

「小ちゃなお子ちゃまは家に帰って乳母のオッパイでも飲んでな」


 続く揶揄を無視して立ち上がると、黒板に向かう。

 確かに私は小柄だよ。だけどそれがなに? あんたたちに迷惑をかけた?


 ため息を飲み込み、黒板消しを手に取り板書を消していく。

 彼らの言うとおり、私にあるのは知識だけ。祓魔師になるための絶対条件である祓魔術に成功したことがない。だけど『それでも構わない』と言われて編入させられたんだもん。教師や生徒に笑われる筋合いはないはずだ。


 ……それと身分と財産もないけど。

 あと、身長。


 今日も高いところに手が届かない。教卓の椅子を引っ張り出して踏み台代わりにする。


「チビっ子ユベール」

 投げかけられた声に振り返る。アルフォンス・ラフォンだった。ラフォン公爵家の次男。ふわふわの金の髪に緑の瞳をした祓魔庁一番の美青年。でもこいつも性格最悪。

 ほかの生徒みたいに暴力をふるったり、クスクス笑いをしたりはしないけど、言葉の刃を投げてくる。今のこれはマシなほう。


「十六歳男子にしては、だいぶ小さいよな」

「悪かったね。僕は公爵家みたいな素晴らしい食事とは無縁だから、成長できなかったんだ。――次は貧乏をからかうかい?」


 フンと鼻を鳴らして黒板に向き直る。 

 そう、私は十六歳男子――ということになっている。女だけど。

 自分自身、物心がつくまでは自分を男なんだと思っていた。そのように育てられたから。なんでだかは知らない。両親は早くに亡くなったし、育ててくれた祖父はなにも教えてくれないまま、天に召されてしまった。


 理由がわからないまま、私は祖父の遺言を守って男として暮らしている。戸籍も男になっているから、そうするしかないとうのもある。


 問題は、祓魔師。祓魔師――というか官吏も軍人も、この国では男しかなれない。女性の地位は低く、特に貴族社会では男に守られるものという認識だ。

 もし私が女だと知られたら大問題になってしまう。だからけっしてバレてはいけないのだ。


 黒板をきれいに消し終えると鞄を取り、逃げるように教室を出た。


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