第7話 そこはパラダイス

 デートの行く先を探しながら、俺たちふたりは街中をさまよい歩いていた。


 とはいえ、初デートにふさわしい場所ってどこだろう。


 ――高校生のカップルらしい、あまりお金がかからず、かつ洒落た場所……。


 俺はこめかみを押さえた。


 ――さっぱり思い浮かばん……!


 カフェ? ということはスタボあたりか。いやでも俺、頼み方なんか分からんぞ。なんか複雑な呪文が必要なんだろ、あそこ。第一コーヒーなんて飲まないし。


 あとデートで思いつくのは動物園や水族館、遊園地などだが、ノープランでぶらっと行ける距離にはない。


 俺の思考は完全に行き詰まった。色恋の経験値はゼロ、しかもインドア派の俺が、気の利いたデートスポットなど容易に思いつくわけもなかった。


 隣を歩く宇多見も先ほどから難しい顔で黙りこんでいる。


 ほっとした。デートスポットに無知なのが俺だけじゃないことに。


 そのときだった。どこからともなく歌が聞こえてきた。


 陽気な曲調に乗せて女性ボーカルが歌うのは、所在地と品揃えを示す歌詞。


 そう、それはヨドガワカメラの歌だった。


 俺と宇多見は同時に立ち止まった。


 それは仕方のないことだ。俺たちのような人種がヨドガワカメラの誘引力に抗う術を持っているわけがないのだから。


 行きたい……! 今すぐ、ヨドガワカメラに。


 しかし初デートにふさわしいお洒落スポットとは言いがたい。今日このタイミングで行くのは違うのではないか。いやしかし……。


 本能と理性の激しい葛藤に俺は微動だにせず立ち尽くす。


 と、同じ様子だった宇多見がぼそりと言った。


「ヘッドセット……」

「え?」

「そういえばわたし、ヘッドセットが欲しいって思ってたんだよな~」


 宇多見が目をきょろきょろさせながら言った。


「丸瀬、わたしとゲームするでしょ?」

「決定事項かよ」

「しないの?」


 ――あ。


 これはだ。


「いや、する」

「うい奴」

「どこの殿だ」

「ところで、このあたりでヘッドセットを売ってるお店は」

「よ、ヨドガワカメラの品揃えがいいんじゃなか」

「ヨドガワカメラならまちがいないね」

「仕方ないな。必要なものだからな。仕方ないな」

「そう、仕方ないね」


 俺たちは「仕方ない、仕方ない」と言いあいながら、足をヨドガワカメラに向けた。





 ヨドガワカメラの入口前で宇多見は腕を組み、厳しい表情で告げる。


「今日の目的はヘッドセットである」

「知ってるけど」

「いや理解していない!」

「理解もなにも、ヘッドホン売り場に行って買うだけだろ」


 宇多見はびしっと俺を指さした。


「その考えが甘いと言っている」

「さっきから誰なんだお前は」

「ヘッドホン売り場は二階にある。つまり一階を通過してエスカレーターに乗らなければならない」

「だから?」

「一階にはタブレットやPC、スマホだけじゃなく、テレビゲームや文房具の売り場がある」

「そうだな」

「そのどれもがわたしたちを足止めするのに充分な魅力を持っている。つまり本陣にたどり着くまでに軍資金を失う可能性がある」

「戦やってんの?」

「意思を強く持ち、一気に駆け抜ける!」

「店内を走ったら駄目だぞ」

「そういう気持ちで行くって言ってるの。さあ、まず足軽の丸瀬が先陣を切って」

「誰が雑兵だ」


 先を歩くのはべつにかまわないけど。


 俺は通路を奥へ歩きはじめた。


 久しぶりのヨドガワカメラ。ざわざわした雰囲気、ひっきりなしに流れる耳馴染みのメロディに当てられて、自分もなにか買っていこうかなんて考えが湧いてくる。


 ――危ね。こういうことか。


 誘惑に負けてデート資金を失うところだった。俺は振り返る。


「お前の言っている意味がやっと理解でき――」


 宇多見ははるか手前、タブレット売り場で立ち止まり、新発売のタブレットにすっかり心を奪われていた。


「初戦で討ち死に!?」


 引きかえすと、宇多見は楽しそうに言った。


「丸瀬、このタッチペンすごいよお。まるで紙に書いてるみたいな書き心地」

「お前な……」


 悪戯っぽい笑みを浮かべる宇多見。


「なんか変なこと書いて次の来た人を困惑させない?」

「……べつにいいけど」


 俺たちはああでもないこうでもないと小声で相談し、タブレットに架空のQRコードを書きこんだ。『読みこめるか試してみよう!』の文章も添えて。当然、適当に書いただけなので読みこめないが。


「結構それっぽく書けたな」

「できたらWikipediaの変な項目にリンクしたかったけど」

「いいな、それ。でもさすがに時間がいくらあっても足りない」

「だよね」

「――じゃねえわ阿呆!」

「突然の罵倒!?」


 俺は額に手を当てた。


「お前、誘惑に勝つ気ないだろ」

「丸瀬だって負けてたじゃん」

「っ、そうだけど! 今のは巻きこまれただけっていうか、フレンドリーファイアだろ。とにかさっさとここを離れて――」

「誘惑に負けたら駄目なの?」

「……は?」

「軍資金は減ってないし、まだまだ時間はあるし。問題なくない?」

「……」


 俺はしばし呆気にとられた。


「宇多見」


 そして俺は彼女の目をまっすぐ見て言う。


「まったくそのとおりだな。心置きなく遊んでいこう」


 しばらく友だちと出かけるなんてことなかったからすっかり忘れていた。ダラダラ過ごすこと、くだらないことで笑ったり、ふざけあったりするのが、こんなにも楽しいってことを。


「うん!」

「俺、あれ見たい。折りたたみのスマホ」

「わたしも!」


 そして俺たちは欲望の赴くままに売り場を見て回った。折りたたみスマホの折り目が気になるかならないかを議論し(画面が広くなるメリットが大きいので多少の折り目は許せるという結論を得た)、モニター売り場では湾曲ディスプレイの没入感にふたりで歓喜し、周辺機器売り場では高額キーボードの打ち心地のよさに震えた。


 そして二時間近くが経過した。俺たちはいまだ一階にいる。


 ――楽しい~……。


 こんなに充実した休日はいつぶりだろうか。


 ただひとつ大きな問題があった。それは――。


 ――全然恋人っぽくね~……。


 今日の目的は『恋人らしく街中でいちゃつく』だったはずだ。これじゃあただのオタ友だ。いやオタ友ではあるんだが。


 そんなこんなで一階の売り場をすべて回り、いよいよ本命の二階へ向かう――前に、一度化粧室へ寄る。先に用を終えた俺は文房具売場へ戻り、暇をつぶしていた。


 しかし売り場を一周してもまだ宇多見は戻ってこない。


 もう十分くらいたっている。女ってこんなに時間がかかるものなんだろうか。


 俺は化粧室のほうへ向かった。


 そこで予想だにしなかった状況を目撃することとなる。

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