第4話 くっつきすぎ

「やっぱりリセマラはふたりでやるにかぎる!」


 ベンチの隣に座った宇多見は会心の笑顔で言った。


 リセマラ。リセットマラソンの略。ガチャが搭載された主にスマホゲーにおいて、初回無料ガチャで狙いのキャラを引くまで延々とリセットを繰りかえす行為のことである。


「二周目からは作業になるから、話し相手がいると気がまぎれる。ね!」

「まちがいないな」


 宇多見とまた昔のような関係に戻れるだろうか、という不安もなくはなかったが、そんなものは再会二日目にして完全にかき消えた。


 見た目は変わっても中身はまったく変わっていない。宇多見好花のままだった。


「っつかこのゲーム、SNSを見てもやってる人がまばらなんだが。半年でサ終コースじゃないか?」

「関係ない。わたしはこのヒロインのビジュアルにぴんと来たんだから」

「まあ、いいデザインだと思うけど」

「分かってないなあ。見てみ、ここ」


 と、宇多見はスマホの画面を指差す。


「ヒロインのこのアーマー。なぜか脇腹だけあらわになってる」

「ああ、だからデザインがいいと」

「じゃなくて! この肋骨の陰影と、服に締めつけられてプニってなってる脇腹のお肉」

「それが?」

「わたし、こういうのが好きだよ」

「知らんけど」

「そっか、丸瀬は太もも派だもんね」


 宇多見はにやにやする。


「よく覚えてたな」

「忘れないよ。『漢字で”太もも”と書くな、ひらがな四文字で”ふともも”だ! そっちのほうが柔らかいだろ!』って熱弁してたでしょ」


 俺は背筋を伸ばし、宇多見をまっすぐ見た。


「そうだが、なにか?」

「さすが丸瀬、はばからないね」

「お前相手にはばかる必要があろうか」

「まあね」


 ふたりで笑いあった。


 終始こんな感じだ。今まで会えなかった時間を埋めるように、俺たちは矢継ぎ早にしゃべりつづけた。


 やはり俺たちは唯一無二の親友だ。ブランクがあってもすぐに元通り。俺はオカルトは信じないが、もしも輪廻転生が本当にあったのなら、俺たちは前世でも固い絆で結ばれていたに違いない。


 ただひとつ、気になることがあった。


「ああ……! またSSR二体だけ。これで四度目なんだけど」


 と言った宇多見の声がすごく近い。


 それもそのはず。彼女は肩が触れあう……どころか、腰や足がくっつくほど俺と密着していた。


 ――近くない……?


 優に四人は座れるベンチに、こんなに詰めて座る必要があるだろうか。


「丸瀬はどう?」


 と、俺のスマホを覗きこむ。


 宇多見の顔が体温を感じるほど近くにある。彼女の手は俺のふとももに添えられている。


 ――いや近くない……?


「宇多見」

「なに?」

「近くない?」

「うん、きっとリセマラ終了は近いよ」

「じゃなくて……」


 子どものころは身体の大きな宇多見に体当たりされたり馬乗りされたりしたものだ。しかし今はもう子どもではない。腕や肘に感じる宇多見の身体の感触が子どものそれではないし、『心では嫌がっても身体は正直だな』が成立してしまう年齢となってしまった俺には刺激が強すぎる。


 ――いや……!


 宇多見の信頼を裏切ってはいけない。我慢しろ。妹かなにかと思え。そのうち慣れる。いや慣れろ。


 リセマラに意識を集中する。


 ――……………………いい匂いだな。


 俺は「はっ」と息を飲んだ。


 ――なにを考えてるんだ俺は……! 意識するな、五感を殺せ。煩悩よ去れ!


「去れ……、去れ……!」

「大丈夫? なんか見えちゃいけないものが見えてる?」


 と、心配そうに俺の顔を覗きこむ宇多見。その距離も息がかかりそうなほど近い。俺はびくりと仰け反った。


「へぃ!? い、いや見えてない。というか霊などというものは存在しない。あんなのは誤作動した脳が見せた幻か、存在すると主張することで得をする連中が作り出した虚像だ」

「いろんな宗教を敵に回しそうな発言」

「とにかくなんでもない。俺は大丈夫。大丈夫なんだよ……!」

「それ大丈夫じゃない人の大丈夫」


 宇多見は笑った。


「それより見て。これ結構いい引きじゃない?」


 彼女のスマホにはガチャの結果が表示されている。十のうち四がきらきら輝くSSRだった。


 そしてまたもや近い。俺の腕に腕をからめ、ぎゅうっと柔らかいものを押しつけてくる。


 ――……!!?


 これは良くない。脳が誤作動を起こして霊が見えてしまう。


 ――やめろ、やめてくれ……。


 俺が妙な気持ちになってしまったのを悟られたら変な空気になって、最悪、宇多見との友人関係にひびが入ってしまうかもしれない。


 せっかく再会できたのに。それだけは絶対に嫌だ。


 ――駄目だ、悟られるな、抗え……!


 湧きあがってくる衝動を必死に抑えこんでいた俺の視界に、宇多見の横顔が映る。


 彼女の耳が真っ赤だった。


「お前も照れてんじゃねえか!!!!!!!!!」


 今年度、もっとも大きい声が出た。


 宇多見は弾かれるように離れる。


「な、なにが? 照れてませんけど?」


 口を尖らせてシューシューと息を吹く。


「ごまかすな。あとあいかわらず口笛下手だなっ」

「丸瀬は無駄にうまいもんね。指笛までできるし」

「男の子なら誰でも一度は指笛に憧れるんだよ」

「あれってさ、結局どうやってるの?」

「あれはだな、唇を歯に巻きこむようにして」

「ふむふむ」

「指で作った輪を舌に押しつけるんだ」

「ほうほう」

「で、それをくわえて、口の端から空気が漏れないように気をつけながら息を吹く。――じゃねえ! 話を逸らすな!」

「説明しきったくせに」


 ひとにものを教えるのが好きなのだ。仕方ないだろう。


 俺は改めて尋ねる。


「お前、めちゃくちゃ照れてたよな? わざと俺に密着して」

「……」


 宇多見は顔を横にそむけ、シューシューと息を吹いた。


「それはもういいっ。で、どういうつもりだ?」

「どういうつもりって、そんなの決まってるでしょ」

「決まってるってなにが」

「……」


 宇多見は眉間にしわを寄せて俺をにらみつける。


「な、なんだよ」


 それには答えず、今度は急に呆れたような顔になって大きくため息をついた。


「やっぱりね」

「なにが」

「なんか話が噛み合ってないって思った」


 言っている意味が分からない。


 宇多見はバッグのファスナーを開き、おもむろにあるものを取りだした。


 それはクリアファイルだった。月をバックに孔雀の羽のようなプレートを広げたガ○ダムのイラストがでかでかとプリントされた、クリアとは名ばかりのクリアファイルだ。


「それ……!」

「そう、丸瀬からもらったやつ」


 同世代が最新のガ○ダムの話題で盛りあがる中、俺は父さんの影響でこの古いガ○ダムを配信で視聴してたんだっけ。思えば俺がひねくれオタクになったのはこれがきっかけだったような気もする。


「念のために持ってきておいてよかった」


 宇多見はクリアファイルに挟まれた紙を抜きだし、俺に手渡した。


「……え?」


 そこに書かれた文章を読み、俺は思わず声をあげた。

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