キ・ス・リ・ハ ──同級生とキスシーンを演じることになりました。

pico

01 同級生との共演





 はじめてのキスは、なにもかもけて見えそうで、気を失いそうだった。


 やわらかいくちびる、閉じたまぶたの白さ、長いまつげの一本一本。


 全身が心臓になったみたいにドキドキして、真夏みたいに汗をかいて。


 そんな二人の、ひみつのキスの話。








 ◆◆◆


 ―――都内、ぼう撮影スタジオ。


柚月ゆずきちゃん、いいね! 今のポーズ、もう一回いこう」


 逢坂おうさか 柚月ゆずき、中学一年生。

 小中学生向けファッション誌『LiCoCoリココ』の読者モデルをしている。


「柚月ちゃんも三年目でようやく単独表紙デビューか」

「ちょっと表情硬いわね。ゆず、スマ~イル!!」


 撮影スタッフと話していた所属事務所の天音あまね社長が、変顔で笑わせてくる。

 思わず柚月の表情がゆるみ、カメラマンはいきおいよくシャッターを切った。


「いいねぇ、その笑顔、その笑顔!」


 笑顔をはり付けたまま、柚月はカメラの前でポーズをとり続けた。


 モデルの仕事は好きだ。

 好き、だけど。


「やっぱり専属せんぞくモデルの契約は厳しい?」

「もうちょっと身長伸びればねー。これからだよ」


 どんなに好きでも、選ばれなければ続けられない。

 それは、柚月自身が一番よくわかっていた。

 





「ゆず、買ったよ~! 『LiCoCoリココ』の表紙、超可愛い!!」

「ありがと~」


 学校の昼休み。

 同級生の真帆まほは満面の笑顔で、柚月が初めて一人で表紙をかざった『LiCoCo』をかかげた。


「デビューから見てきたから、自分のことみたいにうれしい」

「真帆、そういうこと言われると泣いちゃうからダメ」

「泣かないで……ってゆず、ほんとに涙出ちゃってる!」

「ごめん……」


 柚月は小学五年生で読者モデル 読モ デビュー。

 同世代の女子にかぎってだけど、少しずつ顔も知られるようになってきた。


 三年目での単独表紙デビューはどちらかというとおそいほう。

 読者モデル 読モ デビューが早かったからだってみんなは言ってくれるけど、やっぱり自分では気にしてしまう。


「私が表紙になったせいで、雑誌が売れなかったらどうしよう」

「もう、ゆずってば。もっと自信もっていいのに」

「他の子達は、SNSやったり動画配信したりしてて……私はどれも、ダメだったから」


 いまの時代、SNSでアピールできない読モなんて、ほとんど認知されない。

 みんなが当たり前のようにやっていることをやらずに、人気が出るはずはなかった。


「ゆずは、自己アピールとか苦手な方だしね」

「真帆はほんと、私のことよくわかってる……」


 過去の出来事できごとがきっかけで、柚月はどちらかというと内気でネガティブな性格だった。

 仕事を始めたのも、そんな性格を直したかったから。


 始めてみて、よくわかった。

 仕事は楽しいけど、性格は簡単には変えられないって。


「でも今、演技レッスンもがんばってるんでしょ?」

「うん。そっちは、楽しい。いまオーディションも受けてて……」

いずみ、おはよー!」

「今日も仕事?」


 すると、昼休みの廊下に生徒たちのさわがしい声がひびいた。


 となりのクラスのいずみ 絢斗あやとが、登校してきたみたいだ。


「早朝ロケ。道が混んでて遅刻したんだ」

「またドラマ!?」

「今日のは、グループの撮影」


 絢斗は、柚月の小学校からの同級生。


 もともと劇団に入っていたけど、小学六年でアイドルグループに加入。

 朝ドラに子役として出演し、一躍いちやく有名になった。


「すごいよね。小中学校の同級生に、二人も芸能人がいるなんて」

「わ、私は芸能人ってレベルじゃないから」


 柚月はほぼ素人しろうとの読者モデルでありながら、天音あまね社長が開いた小さな芸能事務所に所属している。

 とはいえ、認知度にんちども人気も、柚月と絢斗では比べものにならない。


 げんに、中学に入ってからは絢斗とまったく会話をしていない。

 きっと絢斗は、小中学校の同級生が同じ業界にいることすら知らないんだろうと、柚月は思っていた。






 その日、柚月が事務所に着くなり、天音あまね社長がいきおいよく柚月に抱きついてきた。


「合格よ! 合格!!」

「え、な、なに!?」

「ドラマ! オーディション、受かったの!!」


 天音は鼻息あらく、ドラマの企画書を振り回した。





「『ブルー・センチメンタル』―――

 1990年代に大ヒットしたマンガを、現代版にリメイクして実写化っていうコンセプト。柚月の配役は、メインキャストの少女時代よ」

「へぇー……」

「元々オーディションで別の子がヒロインとして内定してたんだけど、その子がスキャンダルで降板こうばんになって……」


 事務所の会議室で熱く語る天音とは対照的に、柚月は実感がなさすぎて、うすいリアクションしかできなかった。

 マンガの実写化というだけでハードルが高いのに、代役だなんて。


「天音さん、それ、私につとまりますか……?」

「つとまる! 大丈夫よ!!」


 根拠のない自信は、天音の得意技だった。

 柚月は困ったように眉を下げ、ドラマの企画書に目をやる。


 そこで見つけた、見慣れた名前。

 メインキャストの少年時代を演じるのは、《泉 絢斗》―――


「ま、待って! 泉……泉くんが、相手役ってこと……!?」

「そういうこと。ヤッター!!」


 柚月は、ぐるぐるとめまいがしそうだった。



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