18.蠢く闇

「ふむ。里の森では見かけたことのない木々だな」 


 ゼツナの目の前には樹木の怪物が三体。

 何本もの枝を触手のようにウネウネと波立たせ、時折それを鞭のように打ち下ろしてくる攻撃を淡々と避けながら、何事も無かったかのようにさらにつぶやく。


「そういえば、虫や獣が何とかという物を取り込んで魔蟲や魔獣になると教わったが」


 打ち下ろしではなく、真っ直ぐに突き出された鋭い枝先を湾刀サーベルで斬り払う。

 落とされた枝先がブクブクと粟立って消えたかと思うと、斬られた枝元がすぐさま再生を始める。


「植物の魔族は何と呼ぶのだろうか?」


 再生したことなど気にも留めず、一人つぶやくゼツナの疑問に答える声。


「魔植って呼ぶのよ」

「なんだ、そのままなのか」


 斜め後ろから聞こえてきたチェシカの声に驚く様子を見せないゼツナ。


「ちなみにこいつらは悪霊樹エビルエントって言って魔植とちがって魔樹って呼ばれてるわ」


 何らかの理由で森で命を落とした者の無念を抱えた魂と魔素が混ざり合った物が樹木に染み入って魔樹となる――というのが定説だ。


「――同じ植物なんだから、魔植で統一したら良いのではないか?」

「あたしに言われてもね」


 チェシカは肩を竦めて「困るんだけど」とつぶやく。

 そんな彼女に三体の悪霊樹エビルエントの内一体が枝を打ち下ろす。


「おっと」


 剣の達人であるゼツナの動きとは比較にならないが、それでも難なく悪霊樹エビルエントの攻撃を避けると、そのままゼツナの近くまで寄って行く――と、風もないのにさわさわと木々が揺れる。まるで三体の悪霊樹エビルエントが何やら相談をしていかのように。

 そして、三体の悪霊樹エビルエントがチェシカとゼツナを串刺す為に、すべての枝を二人に向けて伸ばす。その数は十を超える。

 しかし。


「フッ!!」


 一呼吸を吐いて振るったゼツナの斬撃はその倍以上。

 すべての枝の攻撃をぶつ切りにされた悪霊樹エビルエントの枝は、再び再生を始めるがさすがにすぐにとはいかない。


「――凄いわね。太刀筋がまったく見えないんだけど」


 結果からゼツナが何をしたか理解出来ても、何をしたかチェシカには見えなかった。


「ふむ。切りが無いな」

「あー、こいつらは枝葉を切っても無駄よ。分かりにくいかもしれないけど、顔のように見える"怨面おんめん"っていう――」


 チェシカの言葉の途中、三体並んだ一番右端の一体との間合いを詰めると、軽く飛び上がり、一気に湾刀サーベルを斬り下ろす。いわゆる幹竹割からたけわりと呼ばれる太刀技だ。

 悪霊樹エビルエントの顔に見える部分から左右にまっぷたつに分かれていくとそのまま倒れ、今度こそ再生することなくブクブクと粟立って消えていった。


「なるほど。顔の部分を斬ればよいのだな?」

「あー、うん。そうね」


 中途半端な説明に終わったチェシカは、なんとなく気の無い返事を返してしまった。

 仲間の一体が倒されたの見て、残りの二体がその根のような足のような物を動かして二人から距離を取る。

 逃げたのではなく距離を取った挙動を見て、チェシカは悪霊樹エビルエントの次の行動を予想する。


「【蜘蛛糸瀑布スパイダーウォール】」


 チェシカとゼツナの目の前に現れた不可視の防壁が、二体の悪霊樹エビルエントから飛来した無数の何かを絡め捕った。

 飛来した物は植物の鋭く尖った葉。それがチェシカの張った防壁に突き刺さる――というよりは粘着力のある膜に張り付いたという方が近いだろうか。


「ふむ。まじないとは凄い物だな」


 剣技ではこれだけの数の攻撃を一瞬で無効化するのは難しい。


「まぁ、適材適所ってことじゃない?」


 魔術師チェシカにとってはどんなに多くの攻撃だろうと、広範囲な攻撃だろうと、遠距離からの攻撃であれば大抵のことは対処する自信がある。が、近接となるとそれなりに腕の立つ相手であれば、短剣一本でも脅威だ。


「【蜘蛛糸瀑布スパイダーウォールwiθウィズ火炎球ファイアボール】」


 ほぼ時間をおかずに続けて魔術を使う連続性魔術コンティニュアルマジックによって、再び飛来した攻撃に対して防御魔術を唱えた後、連続して攻撃魔術を唱えることで攻防一体の魔術を展開することを可能とする。

 同じように悪霊樹エビルエントの攻撃を防ぐが、先ほどと違うのは同時に攻撃もしていることだ。

 腹に震動が伝わるほどの爆発音が響き渡り、一体の悪霊樹エビルエントが火だるまになる。

 

「このような森で炎のまじないなど使ってよいのか?」

「ん? 延焼のこと? 大丈夫よ。対象しか焼き尽くさないように術式を組み換えアレンジしてるから」


 チェシカは自信満々な表情で親指を立てる。


「――でもチェシカ。隣の悪霊樹エビルエントには燃え移ってるんだけど?」


 戦闘に巻き込まれないよう森の上空で待機していたヒュノルが降りてきた。

 見れば火炎球ファイアボールによって燃え上がった悪霊樹エビルエントの隣りにいた悪霊樹エビルエントが、慌てたように燃え移った枝を斬り落としている。


「と、当然二体の悪霊樹エビルエントを対象にしたのよッ!」


 最後の悪霊樹エビルエントを指さしつつ力説するチェシカ。

 そんなチェシカをよそに、ゼツナは再び唐竹割で最後の悪霊樹エビルエントを斬り倒した。


「これでこの辺りの魔族はだいたい倒したと思うのだが」

「残念だけど、追加のお客さんが来たらしいわ」

「――のようだな。奥の方から強い気配をいくつか感じる。今のところこっちに向かって来る様子はないが。どうする?」

「行ってみましょ。なぜこんなに魔族が現れているのかわからないけど、ここまで来たら町で籠城して迎え撃つより、こっちから出向いた方が何かとやりやすいわ」





「待ちなさいッ! ゼツナ!!」


 無駄だと思いつつも叫ぶ。

 案の定、チェシカの制止の声も聞かずに全速力で強い気配のする森の奥へと駆けて行く。


「くっ! ヒュノル! 先にいくわ!!」

「うん! 僕のことは気にしないで!」


(失敗した! 予想は出来たはずなのにッ!)


 悪霊樹エビルエントを倒した後、魔族の強い気配のする森の奥へと向かったチェシカたちは、数人の冒険者たちの死体を見つけた。

 断定出来なかったのは、見つけたのが鎧や武器の装備と着ていた衣服のみで身体が無かったからだ。

 装備や衣類を脱ぎ捨てて水浴びをしている――などということは状況からあり得ない。魔族が攻めて来ているのだから。

 着衣だけが残る不審な状況。チェシカたちがピルッツの町にやってきたのは、まさしく目の前の状況を調べる為。

 最近、近隣の集落や村が魔族に襲われていた。そして、襲われた村の住民の死体は無く衣類のみが残っていた。

 そんな状況下で装備や衣服だけが残っていて死体が無い状況に出くわしたとなれば、結論は一つしかない。


『――人型のナマズのようなカエルのような赤い体をした魔獣が死体を喰っていたそうだ』


 死体が残っていない原因。赤い体の魔獣。ゼツナの里も衣服しか残されていなかった。そして里を滅ぼした魔人とおぼしき四ツ目の魔族。

 赤い魔獣と四ツ目の魔族は関連がある可能性が高い。赤い魔獣を追えば四ツ目に辿り着くかもしれない唯一の手掛かり。

 もし四ツ目と遭遇したならどうするか。

 何の対策もせずに対峙したならば、まず間違いなく勝てない。

 しかし今のゼツナはそんな考えは微塵もないだろう。ただ仇を取る。それだけを。それだけが今、彼女を動かす動力。

 ここ二、三日は落ち着いていたように見えていたが。


(――そりゃそうよね。一族を滅ぼされて平常を保てなんて無理な相談か)


「【飛翔術フライング】!」


 チェシカはその身を森の上空へと運ぶ。

 森の木々を縫うように走るゼツナと同じように森の中は進めない。

 行先は分かっている。強い気配のする方向。

 チェシカは森の上空を飛びながらもう一度気配を探る。


「チッ! 大きな気配が二つ!」


 気配の大きさからいって中級以上、もしかしたら上級クラスの魔族もいるかもしれない。


「早まらないでよ、ゼツナっ!!」


 祈るような気持ちで叫んだチェシカは、最大速度でゼツナの後を追った。












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