13.冒険者ギルド

 額に一つ💢を張り付けて。


「受付のおね~さ~ん💓 あたし、冒険者の臨時登録したいんですけどぉ、いいですかぁ? あ、名前は"チェルシルリカ・フォン・デュターミリア"って言いますぅ♪」


 手を上げて、その場でぴょんぴょんと可愛らしく飛び跳ねながら、いきり立つ冒険者越しに冒険者ギルドの受付嬢へ声をかける。

 それはもうにこやかに。

 それはもう朗らかに。

 可憐でどこへ出しても恥ずかしくない美少女だ。

 そんな見目麗しい美少女のしぐさに、いかつい冒険者の男たちも相好を崩して和やかな雰囲気になる――のではなく、さっきまでの憤りのざわつきとは真反対のベクトルのざわつきが生れる。


「ちぇるしるりか?」

「デュターミリアだとぉぉ!」

「あの歩く火薬庫ウォーキング・ボマーの魔女かッ!!」

「なにッ!! 味方もろともフレンドリーファイアが一緒だとッ! じょ、冗談じゃねぇ!!」

「情けは無く、容赦も無く、胸も無い、三無いの魔術師かっ!」

「こらッ、誰よッ! 最後のは単なる悪口でしょうが!!」


 可憐な美少女モードは一瞬で解除され、がるるると冒険者たちに向けて牙を剥くチェシカ。


「あらあら、まぁまぁ。さすがはデュターミリア様。殿方には絶大な人気がございますねぇ」

「チェシカはただの人気者じゃないよ。頭に『不』が付く人気者だから」


 後ろのミヤミヤとヒュノルのやり取りはとりあえず無視して、受付嬢の元へと歩いて行く。

 お伽話に出てくる『大賢者の海渡り』の海が割れる場面シーンのように冒険者の人垣が割れ、チェシカと受付嬢の間に道が出来る。


「おねーさん、臨時登録いいかしら?」

「あ、は、はい。あの――。単独ソロではなく仲間パーティーで登録ですよね? 登録はまず仲間の代表パーティーリーダーの方からお願いしたいのですが」

「あたしが代表リーダーよ」

「あ――え?」


 軽い驚きの声をあげて冒険者ギルドの受付嬢は、チェシカの顔と後ろにいるミヤミヤ、ゼツナの顔を行き来する。

 チェシカのように冒険者はいないこともないが、多くが草原人族グラスランナー半身獣人族ハーフリングだ。

 人間の――しかも少女で冒険者をやっている者もまったくいないでもないが、さすがに仲間の代表パーティーリーダーというのは聞いたことがない。


「何か問題でもある?」

「あ、い、いえ。特にございません――し、失礼しました。それではこちらの認証記録魔導具レコードプレートに手の平を置いてお名前をフルネームでおっしゃってください」

「へぇ。認証記録魔導具レコードプレート使ってるんだ」


 受付嬢が出してきた黒水晶に似た光沢のある硝子板のような物を見て「手書きじゃないんだ」と軽い驚きの声をあげるチェシカ。

 魔力は生物、非生物を問わずあらゆる物に宿るが、人族の内にある魔力には"魔紋"がある。魔力の指紋といえば分かりやすいだろうか。ちなみに蛇足として黒魔術の世界では"魔力"、白聖術の世界では"聖神力せいしんりょく"という。どちらも力の根源は同じ――と、いう説が魔術協会の見解としてある。


 その魔紋と声紋を結びつける登録方法が冒険者ギルドを初め、いろいろなところで活用されている――のだが、それは国や大都市、大きな街でのことだ。田舎の町や村、辺境などではそういった運用システムは使われていないのがほとんどだ。楽園フォーリングタウンは比較的大きな街だが、あそこは別の意味で使われていない。


「――チェルシルリカ・フォン・デュターミリア」


 少しひんやりと冷たい認証記録魔導具レコードプレートに手の平を置いて自分の名前を告げると認証記録魔導具レコードプレートが一瞬だけ青白く発光した。


「――はい。オーケーです。続いて仲間パーティーの方もお願いします」


 受付嬢の言葉に「ヒュノル」、「ミヤミヤ・アーク」と続き、ゼツナも不承不承という表情で「イサナキ・ゼツナ」と登録する。

 彼女にとっては何を悠長なことをと思うが兄の――一族の仇を一刻も早く取りたい気持ちがあっても、自分一人では何をどうすればいいのか分からない。幼少の頃から里と周辺の森しか知らないのだ。それがゼツナの世界のすべてだった。

 今の彼女は四ツ目の魔人は当然ながら、魔族すべてに恨みを持っているといってもよい。魔族を殺すのは願ったり叶ったりだが、一人で闇雲に殺しまくりたいかと言えば、さすがにそこまではない。それで四ツ目が出てくるのならばいいが、そんな単純なことではないとゼツナにも分かっている。だから今はチェシカたちについて従うしかない。

 

「ほぅ? おめぇさんが"チェルシルリカ・フォン・デュターミリア"か」


 ゼツナの臨時登録が終わったタイミングで、チェシカたちや冒険者たちの後ろから野太い声が響いて来た。

 その場にいた全員がその声の主に振り向いた。否、


(――こいつ)


 チェシカは現れた男に目を細める。

 巨漢。

 その言葉が実に似つかわしい。

 チェシカの明るい赤みのある茶色の髪と違って、燃えるような深紅の髪。同色の髭。彫りの深い精悍なかおつきは獰猛な獣のそれ。

 鎧など必要ないかと思われるほど鍛え上げられた肉体を包む編み鎖の鎧チェインメイルは、はち切れんほどだ。

 筋肉に覆われた腕は丸太のように太い。

 襟元に何かの動物の毛皮ファーをあしらった深紅のマントを羽織っている。

 そんな強い存在感を放つ者を、声が聞こえるまで誰も――チェシカやゼツナでさえ気付けなかったのである。

 そして一番驚愕すべきことは。

 

「――底が見えん」

「ハッハッ! ねぇよ、底なんざ」


 ゼツナの呟きに豪語する男。

 それを誰も馬鹿に出来ないのは、その背に背負う圧倒的威圧感を与える剛剣ゆえか。

 それは剣――なのかと初見ならば疑うだろう。男が背負っていなければただの鉄板にしか思えない幅広の巨大なそれ。

 ここに集ったもの全員が思う。


『あれは』――と。


「――どんな名高い噂を聞いているのか知らないけど、あなたほどの人に名前を知ってもらっているなんて光栄だわ。けどあなたほどの人の名前を知らないなて残念だわ。お名前、教えていただいてもいいかしら? 

「おお、こいつは失礼したな。俺の名はヴォーク。だ。よろしくな」


 ヴォークと名乗った男はチェシカの目を見て獰猛に嗤う。


「それで? あなたも町の防衛を手伝ってくれるのかしら? ヴォークさん」

「ヴォークでいいぜ。あぁ、もちろん手伝うさ。ただ、冒険者登録ってやつはしねぇがな。おっと、だから報酬もいらんぞ?」

「――無報酬で命をかけるって?」

「おいおい、そんなあからさまに怪しい奴を見る目をしてくれるなよ。な~に、路銀にゃ困ってねーし、俺は気ままにあちこち旅してる風来坊さ。命をかけるのも別に慈善事業ってわけじゃねぇ。俺はよ、強いやつを探してんのさ。そいつを探して思う存分戦いてぇ。それだけだ。それにさっきいったろ? のヴォークだって? がはははっ」


 その言い回しが気に入ったのか、一人豪快に笑うヴォーク。

 本来なら『寒ッ!!』とでもツッコミを入れるチェシカではあるが。

 何も言わず無言で見つめることしばし――。


「そ。いいわ。あなたが味方にいてくれるなら心強いもの。それで十分よ。短い間だけど――」


 チェシカはそう言いながらヴォークの前まで歩み寄ると、見上げながら右手を差し出す。


「よろしく」

「ほう」


 低く唸るような息を吐くと、ヴォークは少し目を細めまじまじとチェシカを見やる。

 聞き知っていたチェルシルリカ・フォン・ディタ―ミリアではなく、本物の彼女を今初めてって感嘆したとばかりに。 


「――こっちこそよろしくな。


 そう言ってヴォークは、チェシカの差し出した手を取り握手を交わした。












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