第4話 帝都観光

「えっと、それでここはどこ?」


 意気揚々と飛び出したシャーロットに連れられたのは、私なんかには縁のない大きな屋敷だった。

 貴族のお屋敷かな。


「さあ、入りますよ」

「え!? ま、まずいよ、それは」


 私達のような庶民が貴族の邸宅に足を踏み入れるなんて、どんな目に遭うか分からない……

 門前払いなら良い方だけど、前に盗みに入った仲間は、酷い折檻を受けてボロボロになって帰ってきた。


「お引き取りください。お嬢様はお会いにはならないそうです」


 案の定、敷地に入る前に、メイド服姿の女性に追い返される。


「そ、そんなー!! 私、エレノアさんの大親友のシャーロットですよ!!」

「存じてあげております。エレノアお嬢様の天敵のシャーロット様ですね」


 青い髪の綺麗なメイドさんは、決して通しはしないと腕を組んで立ちはだかっている。

 どうやらここは、さっき絡むんできた貴族の屋敷のようだ。

 シャーロットに敵意を向けていたが、もう一人の女性の暴力を止めようとして、殴り飛ばされてしまった人だ。


「そんなこと言わないでくださいよ~。入れてくれないとエレノアさんの恥ずかしいエピソードをバラしますよ」


 屋敷にまで響く大きな声で、わざとらしく騒ぎ始める。


「お、おやめください、シャーロット様……」

「いいですか!! エレノアさんは七歳の頃まで!!」

「きゃああああああああああ!!」


 大慌てで絶叫しながら、エレノアがやって来た。


「ちょ、ちょっと、シャーロットさん!! ひひ、人のお屋敷の前で何を、ぶちまけようとしてるのですか!!」

「エレノアさん、奇遇ですね。実はちょうど会いたいと思ってたんですよ」

「私は!! ちっとも!! 会いたいなんて思ってませんけどね。さっきも、あなたと関わったせいで大変な目に……」

「そう!! そのことなんです!! エレノアさんの大事なお洋服を汚してしまったので、そのお詫びにですね」


 一体、どういうつもりなのだろう。

 この二人は仲が悪いように見えたけど、シャーロットはそんな素振りも見せずにエレノアに絡んでいる。


「あなたの心ないお詫びなんて要りませんわ。どうぞお帰りください」

「そんなこと言わずに、私に洗濯させてください!!」

「洗濯?」

「ほら、さっきエレノアのお洋服が汚れてしまったでしょう? それで私、洗浄の魔法が得意だったじゃないですか。どんな衣服の汚れだって簡単に落とせるんですよ!!」


 エレノアが考え込む仕草を見せる。


「あのドレスは、汚れがかなり酷かったので廃棄しようと思っておりました。ですが、あなたの腕でしたら……確かに落とせるかもしれませんね」

「でしょうとも!! ということで、ほんの少しクリーニング代をいただければ……」


 エレノアがそっとため息をつく。


「それが本音ですのね……まあいいですわ。ローザ、先ほどのドレスを彼女に渡してあげてちょうだい」


 なんと交渉が成立してしまった。

 彼女はシャーロットを嫌っているようだけど、その腕は認めているようだ。


「ありがとうございます!! 明日には返しますね」

「あくまでも廃棄するぐらいならというだけです。本当は私の衣服をあなたに預けるなんて、とても嫌なんですからね!!」


 そんな憎まれ口を叩かれながら、私達は屋敷を後にした。

 したんだけど……


「ほらほら見てくださいサラちゃん!! 似合いませんか?」


 なぜかシャーロットは、汚れを取るやいなや、そのドレスを身に纏っていた。

 どうして……?


「普段は堅苦しい修道服しか着るお洋服がないんですけど、こういうのもたまにはいいですね!!」

「あの……なんでこんなことを?」


 つまり、シャーロットはあのエレノアという貴族からドレスをだまし取ったのだ。

 とてもシスターのすることじゃない。


「あ、失礼なこと考えてますね? もちろん、明日には約束通りお返ししますよ。ただ、今日はこの格好の方が都合が良さそうですから」

「都合?」


 確か、闇賭博を探すって話だったけど、それとこの格好にどんな関係が?


「ということで、帝都観光です。さあ、サラちゃん案内してください」

「か、観光?」


 一体、どうしてそうなるのか全然わからない。

 こっちは、ノルマをどうにかしないといけないし、この人も財布を探さなきゃいけないはずだ。

 それなのに、こうして私まで巻き込んで、本当に何を考えてるんだろう。


「さて、まずは行政区のフェリア水晶塔に向かいますよ」


 そう言って私の手を引っ張っていく。

 そして連れられたのは、帝都の中央にある大きな透明な塔だ。


 悪魔の山と呼ばれる氷山から削り出した、決して溶けることの無い氷で作り上げた美しい塔で、帝都に送られた食料はこの中でまず保管されるとか。


「この中にごはんが沢山……」


 その様子を想像するだけでお腹が鳴ってしまう。

 普段、私が食べられるのはほとんど水と変わらないスープに、岩のように硬いカビたパンぐらいだ。


「うへえ……食料庫なだけあって広場も屋台だらけですね……ここは金欠な私には目の毒です」


 自分で連れてきたのに、シャーロットもお腹を空かせ始めたようだ。

 それならわざわざここに来なければ……そう思った時ーー


「シャーロット、さっきの騎士の人が……」


 豪華な馬車を引き連れた、これまた上質な鎧をまとった一団が塔の付近を警戒している。

 その中心に居るのは、先程私達を助けてくれた騎士レオンだ。


「ほうほう。さっきは、市場を見回っていたのにもう時計塔まで来てたんですね」


 シャーロットが優しげな視線を騎士団に送っていた。


「レオンくん、頑張ってますね。昔から騎士になるって言ってたけど、夢が叶ってよかったです」


 さっきも訳ありな雰囲気だったけど、一体どういう関係なんだろう。


「えっと、あいさつとかしていく?」

「ふふ、気遣いありがとうございます。でも、今はその必要はありませんから。さて!! 次に行くのは王城前の皇帝広場ですよ!!」


 急にテンションを上げて、シャーロットが駆け出した。

 なにか顔を合わせたくない事情でもあるのかな?


 それからもいくつかの区画を回った。

 皇帝広場のような観光地や、官庁街のような観光とはあまり関係なさそうなところまで、とにかく色々な場所を訪れた。


 一体、どういう基準で回っていたのかよくわからないけど、ゆく先々であの銀髪の騎士を見つけ、気にかけていたような気がする。

 そして、最終的に繁華街へと辿り着いた。


「はぁ……歩き疲れた」


 どうして、私はこの人に連れ回されてるんだろう。

 結局、賭場とやらも見つかってないし、ノルマを果たせないでいた。


「ということで、お次の観光はここです!!」

「ここですって……」


 そこはグスタフ堂という、それなりに名の知れた質屋の軒先だった。


「一体、今度は何を……」

「サラちゃん、あなただったら盗んだ財布をどうしますか?」

「え……?」


 急に何を聞くんだろう。

 まさか、今まで闇賭博じゃなくて財布を探してたの?


「えっと、中身を抜いたら、どこかに捨てるか、良さそうな財布なら質に…………あ」

「そうです。スリを追うよりも質屋を探った方が確実なんです」

「でも、ここ以外にも帝都には質屋がたくさんあるけど」


 どうしてこのグスタフ堂なんだろう。


「ここは帝都で唯一、盗品でも構わず扱う悪徳業者だからです」

「おい、人聞きの悪い事を言うな、シャーロット」


 店の中から、愛想の悪い髭面の店主がやってきた。


「そんなところに突っ立ってると営業の邪魔だ。用があるならとっとと入れ」


 促されるままに店へと入る。


「それで用事ってのは、こいつのことか?」


 店主が高価な財布を差し出した。


「やっぱり、ここにあったんですね!! お父様からの贈り物でとても大切なものなんですよ」


 シャーロットがそれを取ろうとするが、その手は店主が回避したことで空を切った。


「な、なんでですか〜!?」

「質流れの期限は来週だ。それまでは、こいつはあのケチなスリのものだ」

「元々、私のなんですけど!! 盗品なんですけど!!」


 まるで、子供のようにシャーロットが泣きながら訴える。


「さてな。証拠でもあるのか?」


 確かに、盗品である証拠がなければ、質屋が変換する義務は無い。

 そうなれば、シャーロットは質流れになるのを待って、買い取るしかなくなる。


「財布の中に私の名前が刻印されてますよね!? シャーロット・Wって」

「あのスリの名前かもしれないぜ」

「質屋なんだから、ちゃんと名前の確認をしましたよね!?」

「確か、ラウ・カッパーって名前だったな」

「全然、違うじゃないですか!!」


 シャーロットが振り回されている。

 というか遊ばれてる。


「いいですか。あれは、私の誕生日の贈り物で、特別な刻印が施されているのです!! 十分、私のものって証明になりますよね!?」

「まあ、そうだな」


 あっさりと財布が返却される。

 どうやら、元からこうするつもりだった?


「冗談はさておき」

「冗談ってなんですか!? こっちは本気だったのに!!」


 シャーロットが店主の胸ぐらを掴んで、激しく前後に揺らす。


「わ、悪かったって。あんたの反応が面白くてついな」

「私は芸人じゃありません!!」


 それから、しばらくしてシャーロットが落ち着きを取り戻すと、店主が話を切り出した。


「それで、今回も"買取"はしてくれるのか?」

「元々そのつもりですからね。請求はいつも通りにお願いします」


 カウンターに、ゴトリと短剣が置かれた。

 自称貧乏人のシャーロットには不似合いな、豪華な装飾のものだ。

 なにか怪しげな雰囲気の取引が交わされている。


「まいどあり。それで、何が聞きたいんだ?」

「そうですね。カッパーさんがこのお店に来た時間と、いくら融資したのかですかね」

「そうだな。来たのはついさっき、あんたらが来る十五分ぐらい前だ。融資したのは、一万ガレオンほどだな」

「あの財布、二十万はするんですけど……」


 質屋で融資を受ける額は、買取価格の七割までが相場だけど、そう考えるとかなり安い。


「盗品だったからな。持ち主の名前まで刻まれてて価値は半減だ。だから、安く買い叩いてやった」

「随分とアコギなことをしてますね……では、カッパーさんの詳細なプロフィールは分かりますか?」


 あまり特徴のない人なのか、店主は頑張って絞り出すように唸っていた。


「ああそうだ。確か、この辺りを縄張りにしてるケチなスリだったな。スリの腕は微妙だが、逃げ足はかなりのもので、逮捕歴はなしだ。だが、相当な借金があるようで、返済日が間近に迫ってたとか」


 それで、シャーロットの財布を狙ったのだろうか?

 どうやらシャーロットはその人の情報を買い取ったようだけど、彼の素性を調べて意味があるのかな?


「まあそんなわけで、いつも一攫千金を夢見てるつまらない男だ」

「質入れの時に何か、変わった様子は?」

「さあな。あえて言うなら、俺の提示した額が不満だったようで、ぶつくさ文句ばかり言ってたな。『こんなんじゃ大した元手にならねえじゃねえか!!』とかなんとか」

「元手……」


 それって、もしかして……


「シャーロット、その人、闇賭博に行くつもりなんじゃ?」

「ええ、そうかもしれませんね。やっと、見つけましたよ!!」

「あん? お前たちまさか、アレを探してんのか?」


 店主の目が僅かに見開かれた。


「知ってるんですか?」

「いや、噂程度にしか。そうか、あんたかなり金に困ってるんだな。融資が要るならいつでも来てくれよな」

「お断りします。あ、そうだ。ここに、賭場の招待状は?」

「あるわけないだろう」

「ですよねー。じゃ、少しだけ借り物をしてもいいですか?」


 シャーロットの頼みに、店主が怪訝そうな表情を浮かべた。

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