第27詩 『一途たる彼女たちの会合は復興のための方向性で相反し語り嘆き怒り休む 3小節目』

 とかくにこれにて一先ずは、ジーナとピーロによる親子喧嘩は収束したといえる。巻き込まれただけではあるけど、親子関係が拗れてしまった遠因になったことをバレーノはちょっとばかり申し訳なく思いつつ、仲直りを見計らったように、らんらんとピーロの肩を揉みながら良かったねと言うヴィレとの、子どもたちの平穏に癒される。


「良かった、ですね」

「そうね。あのままジーナさんが怒鳴り散らかしてたら、きっとオルタシアが怖くて泣き出したもん」

「え? ああ、まあでも、エレナさんとしては、そうですよね」

「あっ、言葉足らずだったか……ということはね、ジーナさんの子どもであるピーロは、もっと怖くて、辛くなったはずなの。あのくらいまで成長するとさ、泣くことを我慢出来るようになる。反抗的な悪態もつけるようにもなる……だから親の方も、ついつい言い過ぎてしまう……そうなって変に拗れちゃう前で仲直り出来て、本当に良かった」

「はい……」


 エレナによる論理は、オルタシアという娘が誕生したからこその、将来への戒めのような共感。辛いことや嫌なことがあればすぐに泣き出し、知らせてくれる赤ちゃんとは違う、健やかに成長した実子との親子関係。

 その話は彼女の人生経験からなのか、或いはどこかの母親の先輩から伝え聞いた話なのか、バレーノには分かりようがない。とにかく思うことは、同じ子どもでもピーロとオルタシアでは、その十年の歳月により、異なる悩みの種を抱え憶えるということだ。


「ねえねえピーロ、お外行こお外ー」

「はあ? 何しに?」

「せっかくここにウンベルトがいるんだから、決闘を申し込もうと思って。もっと強くならないとだからさ」

「なるほど、リベンジか。悪くない」

「おい待てガキども。勝手に話を進めるな。俺にはオルタシアが——」

「——私が一緒に居るから大丈夫よ。ドッグのことも理由が分かったし、いざとなれば、ここにはジーナさんも居る……二人のリベンジ、受けてあげなよウンベルト。あなたは何かのために最前線で闘っているときの方が、昔から生き生きしているんだから」


 躊躇うウンベルトに、エレナが遠くから背中を押す。それは以前、家族のために仕事を休んでオルタシアと居たいと言い、エレナによって却下されたエピソードの再現のようにバレーノには映る。そして、考えも改める。

 当時は父親が残っても足手纏いで邪魔になるから……みたいなニュアンスかなと感じていて、ウンベルト自身もそのように解釈したような言い草だった。でも実際は違って、エレナが一番好きなウンベルト像が、保守的な人ではなかっただけだ。


「昔って。そんな子どものときは、ただ考えなしだっただけで——」

「——あのときとは、逆の立場になっただけよ。子どものウンベルトは体格差不利なのに、歳上のジーナさんにタイマンを挑んではボコボコにされ、もう辞めようって周りは言ってたのにちっとも辞めなかった……考えなしだったし、ずっとずっと弱かったし、口下手で泣き虫だった」

「……側からみたら、そんな情けなかったのか、俺」

「でもね、そんな情けなさを晒してでも闘うウンベルトが、私の憧れ。だからさほら……行って、今日こそ勝って来いっ! ねっ!」


 誠実な言葉遣いをしていたエレナが、ウンベルトのことになったせいなのか、急に砕けた口調に様変わる。それは夫婦としてというより、昔馴染みの同世代をバトルフィールドに送り出す友人のようなセリフ。


「……懐かしいな、その感じ」

「まあね。私、よく言ってたから」

「ああ、なら。そうするか……おいヴィレ、ピーロ、お前らの決闘を受けてやろう……どこにする?」

「わーい!」

「おれはどこでも構わねぇぜ。やっと身体が温まって来たから、さっきよりも万全だからよぉ」


 そう言いながらウンベルト、ヴィレ、ピーロの順番で、意気込み十分でギルドを後にする。ついでにドッグも猟獣としての役割に就こうとしてか、オルタシアへの負い目もあってか、ひっそりと外へと出て行く。不意にバレーノが見回すと、いつの間にか、話し中のどさくさに紛れてか、長老の姿も無くなっていた。


 こうしてギルドに残ったのは、ブリランテを背負ったままのバレーノ、やれやれといった雰囲気で見届けるジーナ、子どもみたいに和やかなエレナ、お休み中のオルタシアと、奇しくも女性ばかりとなる。


「さてと、ウンベルトがそうしているうちに、私もあとで料理でも作っておこうかな。ほんと一ヶ月だけ目を離したら痩せ細るんだもん、困った困った」

「いいのエレナ。あんな簡単に誰かとの外出を許したら、そのうち付け込まれて、不倫や夜逃げなんてこともあるわよ?」

「それジーナさんから言われたくないですよ。ウンベルトがそんなことするなら、きっとジーナさん絡みだと私は睨んでいますしね」


 先ほどまでの平穏が、一瞬にして雲行きが怪しくなる。

 するとジーナがエレナの手前に座って相対し、テーブルに頬杖をついて意味深に笑ってみせる。


「あら〜? 言ってくれるじゃない? もしかして、まだギルド長の用心役として仕えさせたことを根に持っているの?」

「根に持ってませんよ? ただウンベルトの武術の力量じゃなくて、亡くなった旦那さんの代わりの慰み者のように仕えさせるだけなら、また殴り合いの大喧嘩をすることになるかもって、忠告したまでです」

「……あったわね、そんなことも。大人になって、こっちには子どもも居るのに、あんな傷だらけになるとは思ってもなかったわ」

「酔っていたとはいえ、歳下で当時未婚の女の顔を、先制して容赦無くぶん殴った人が言うセリフですか、それが……一生モノの傷にならなくてホッとしましたよ全く……まあ、焚き付けたのは私ですけど」

「ええぇ……あの……ええっと……あの、お二人とも普通に話されてるんですけど。なんやら、わたしじゃ想像を絶するような、とんでもない修羅場演じてません?」


 一聞していたバレーノがおずおずと挙手をしながら、ヴィレとピーロの決闘なんて遊びに思えるくらい段違いの、過去の壮絶な女同士の喧嘩話に横槍を入れる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る