第11詩 『隆々たる痩せぎすの武闘派付き人は家族と街人を護るために迷い悩み愛を注ぐ 10小節目』

 ウンベルトの家は宿屋から考えて、バレーノが【バルバ】の街に入った看板がある方向に行き、ギルドよりは向かわないが、顔を覗かせれば視界に映る距離に建てられている。

 造りはギルドや宿屋と比べ若く滑らかな木材の平屋建築。綻びた形跡も無く、バレーノの推測でも、ギルド長のジーナが語った【滅びの歌】の災禍よりも後に出来た家なんだろうなと所感する。


「ほら、着いたぞ」

「へーここがウンベルトさんの家ですか。なんかギルドや宿屋よりも新しいですね?」

「それはそうだ。寧ろあのギルドや宿屋が、ろくに直しもせずにそのままな方がどうかしてる……そこらじゅうの家や露店や飲み屋に醸造所が倒壊し、【バルバ】の住人の大半が生き埋めになったからな。数少ない残ったヤツらのために、励ましも込めて、造り直すのが当然だろう……おかげでお前と逢ったあの場所の木々を伐採し、ほとんど平地にしてしまったがな」

「あー、だからあんな遮蔽物の少ない場所になっていたんですね。とても心地よくて、演奏も——」

「——口を慎め」


 冷徹な体裁で、されど弔いの言葉を述べるように、ウンベルトは粛然もした佇まいの後。バレーノよりも一足早く自家との境界線を跨ぐ。


「ったく。娘は敷居の向こうに……ん? なんだドッグ、こんなところに居たのか?」

「え、ドッグって——」


 遅れてバレーノが室内に入ると、ウンベルトの帰りを待っていたかのように、漆黒の毛並みをした四足歩行の猟獣……ドッグが、半開きされた両扉の敷居の前にて尻尾を揺らさず、息も切らさず、バレーノの姿を捉えたせいか警戒網を敷いた捕獲態勢を崩さない。


 それを察してか、ウンベルトがドッグの顎下を撫でて宥める。するとようやく口元を開いて油断した格好を見せ……何かに噛み付いた後らしき牙先が見え、乾いた紅の血痕に染まっている。


「——……やっぱりそうか! すみませんウンベルトさん! 奥様! お先に失礼しますっ!」

「えっ? ちょ、おいお前っ、いくらなんでも無礼だぞっ!」

「すみません。でも今は、それどころじゃない……ないかもしれないんですっ!」


 そう言いながらいきなり駆け出し、半開きの両扉に手を掛け、威勢を一切殺すことなく押し開け、ウンベルト家の生活空間となる一室を俯瞰する。

 どうしてバレーノが俯瞰したかというと、居間の足元には揺籠が倒されていて、投げ出されたであろう赤ちゃんが血を流し、意識を失っている女性の身体を踏み台にするように、黙々と転がっていたからだ。


「……ウンベルトさん、この二人は奥様と娘さん、で合っていますよね?」

「お前何を……え? あ、ああっ、おいっエレナっ! オルタシアっ! 何が……何が!?」

「説明は後です。ウンベルトさんは奥さんの容態を。わたしは娘さんの容態を調べます。そして出来ればお医者さんを呼びたいのですが——」

「——……医者はいない。十年前のことで人が減り、【バルバ】の街の医者は亡くなり、採算が取れないと常駐する医者も不在だ」

「ですよね。出産のためにお医者さんを呼ばず、隣街まで向かったくらいですから……いえ今はそんなことを話している場合じゃありません。とにかくお二人の外傷を確認しないと」

「あ、ああ」


 バレーノがウンベルトの娘を抱え、彼女の小さな身体をくまなく細やかに視野に入れる。すると予想通りというべきか、当たっては欲しくない予感が当たってしまったというべきか、その彼女の小さな身体の腹部には衣服諸共噛み付いた痕跡がはっきりとあり、患部からは微小ながらも出血が確認出来る。


「……ウンベルトさん。奥様の方の容態は?」

「頭を強く打ったのか、気を失っている。だが息は正常にしていて、それほど大きな外傷ではなさそうだ……もちろん油断は出来ないが、現状は眠っているのと大差無い」

「そう、ですか。状況から考えて奥様は、揺籠から投げ出された娘さんを庇い、誤って頭を強く打ち、気絶してしまったみたいですね。産後僅か一ヶ月と疲弊した身体を無理に動かしたが故の不運……いえ、母親としての執念とするべきでしょうか——」


 気絶するほど強く頭部を打ち付けているので、当然脳震盪などの脳内への影響を考えると安堵するには早計過ぎる。だが呼吸は行えているということで、ウンベルトの奥さんと娘、どちらを優先して処置を施すべきか、バレーノは判断を下す。


「——なら、苦渋の決断で奥様には悪いですが、これから娘さんの治療を行います」

「……治療、だと?」

「はい……娘さんは今、なんとか呼吸はしていますが、発熱していて、神経系の毒が回っている状態と推測出来ますので。それをまずなんとかしなければ」

「毒? 娘に毒……嘘だ、訳がわからない。どうしてお前がそうだと断言するんだ?」


 バレーノを問い糺すウンベルト。

 しかしバレーノに娘を調べ上げられたことに文句の一つも零さなかったため、彼としても薄々事態の全容を把握しているきらいがあり、ただ父親として、ギルド長の側近として、すぐにすぐ現実を受け入れられなかっただけだ。


 そんなウンベルトに、バレーノは躊躇われながらも告げる。

 ウンベルト家で何が起こっていたのかを。


「さっきウンベルトさんが教えてくれたことですよ……その牙に生物を軽く麻痺させる毒を仕込んだ猟獣のドッグが、あなたの娘さんの身体に、噛み付いたんです」


 それこそがバレーノがウンベルトの娘に逢いたがった理由であり、不確かな悪寒。交換条件でブリランテを託すとまで言った、最悪の想定。

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