第7詩 『隆々たる痩せぎすの武闘派付き人は家族と街人を護るために迷い悩み愛を注ぐ 6小節目』

 そんな対照的な反応をするヴィレとピーロを、視点をバレーノからその二人に変えたジーナが、話の内容を訝しんで眉をひそめる。まるでそのイタズラは、この場では非常に都合が悪いと言わんばかりに。


「それどういうこと二人とも。蹴り飛ばしたって何?」

「……お前に言う義理はねぇよ」

「ピーロが言わないならぼくも言わな〜い。黙秘権を行使します!」


 連行された腹いせにピーロはジーナの詰問に答えず、テンションは異なるけどヴィレもピーロと同じように口元を押さえる。

 ここで被害者のバレーノが割り込んで、事の成り立ちを詳細に説明しても良かったけれど、初対面の子どもたちのしたイタズラだし、ウンベルトとのムードが少し柔らかくなったし、責め立てるのも大人気がないし、ここは【バルバ】の街の大人たちに任せようと静観する。


「はぁ……俺が一部始終を見ているから説明すると、そちらの白ローブの彼女バレーノを、コイツらガキどもは脈絡もなく背後から蹴り飛ばしたんだよ。彼女はそこに置いてある荷物に押し潰され身動きが取れなくなり、一目散に逃げたガキどもを俺以外の三人が捕まえに行って、今帰って来たところだ……まあこの一件に関しては俺たちの監督不行届もあるからな……」

「それは、彼女には何か非があったの?」

「いやない。ただ大荷物を蹴って面白がったイタズラ……だよな? ピーロ、ヴィレ」


 ウンベルトの確認に、ピーロとヴィレは変わらず黙秘する。しかし子どもの彼らは人生経験の短さから分かっていない、その沈黙は肯定と受け取られかねないと。


「……まあいい。こちらの話が終わった後に、ちゃんと彼女に謝っておけ」

「え? わたしに謝れって言っているのなら、別に必要ないですよ? そりゃーあんな大荷物を背負っている人がいたら、押したらどうなっちゃうんだろうなって思うことくらい、君たちの年頃なら気になると思うしねー」

「おいガキどもを甘やかすな。何が良くて何が悪いか、子どものうちに叩き込んでおかねぇとだからな」

「でも叱って無理に謝らせてもねー……そういうのはこの子たちが自分に非があったと認めたら、でいいとわたしは感じるんですけど——」

「——ピーロ、ヴィレ、そこに直りなさい」


 頭ごなしの謝罪は求めていないと言うバレーノの遮って、ジーナは自身が座っているカウンター席の手前にピーロとヴィレを呼ぶ。その抑揚からも、誰が聴いても虫の居所が悪いと感受する声音だ。子どもたち二人もそれが薄々分かっているようで、先ほどのように拒絶をすると更に悪化してしまうと、もう恐る恐るといった萎縮具合で、彼女の言う通り従う。


「さっきの話は本当なのね?」

「……だったらなんなんだよ」


 そうビクビクと反論したのはピーロ。

 ヴィレの方はおろおろとしていて、どうしたらいいか分からないといった様子だ。


「何よその反抗的な目は。ピーロ、アナタがヴィレと一緒にやんちゃをするのはいつも大目に見てる。けれど、他人に……しかも今回は余所様に迷惑を掛けているのは、ここの長として無視出来ない。そこは反省しなさい」

「うるせぇな。ギルドの長っつっても、ここで酒ばっか飲んで潰れてるだけじゃねえかよ。面倒ごとはいつもウンベルトたちに一任して、自分は過去のことを引きずって……みっともねえんだよババア」

「はぁ?」


 ジーナは語勢を強めてピーロを凄むと、危うく掴みかかってもおかしくないくらい至近距離まで顔を近付け相対する。

 それは【バルバ】の街の禁則に触れたバレーノの反論への八つ当たりや、お酒の酔いが抜け切っていなかったりや、ギルド長としての威厳を守ろうとするプレッシャーのせいもある。だけど一番はピーロの純粋な指摘が、彼女にとって図星でしかなかったからだ。その苛立ちはきっと、虚しさとイコールの怒りだ。


「アンタ誰に口聞いてんのよ。大人にケンカを売るってのがどういうことか分かってるの?」

「なんだよ。おれをぶって謝らせるつもりか? それともまたゲロ処理でもさせるのかよ? 別にいいよ、したけりゃしろよ」

「……なんでいつもいつも悪さばかりして、私たちを困らせるのっ。いい加減無意味だって気付きなさいっ!」

「気付いていないのは、そっちだろうが!」


 もはや街の罪の有無に問われているバレーノや、一緒にイタズラに加担したヴィレや、ギルド長の補佐役として仕えているウンベルトやその他人物など眼中にないくらい、ジーナとピーロが言い争う。


「えっと……わたしが言うのもアレですけど、止めなくていいんですか?」

「あの二人のことについては放っておけ。俺たちが口出すところじゃねぇ」

「いやいやでも、この街の、さしものギルド長があんなじゃ」


 それとなくバレーノは双方の共通の知人であると思しきウンベルトに制止を促すが、彼はギルド長に仕えている身分を放棄するように、邪魔にならないように見守るばかりだ。


「ほんと……どうしてそんな子に育ったのよ」

「こんなところで入り浸ってる街の長のせいだろ。おれだって好きでこんな風に生きたいわけじゃねぇよ」

「じゃあここに来なければいいじゃないっ! どこにでもピーロが好きなところに行けばっ!」

「ああそうさせてもらうわっ。んなしみったれたところ二度と来るかよっ……息してんのかも分かんねぇぐらい、浴びる酒飲みの母親を持つとコッチが息苦しいんだよ! ほら行くぞヴィレ!」

「え? ああ、待ってよピーロっ」


 そんな意味深な捨て台詞とともに、ピーロはヴィレを連れてギルドを去る。彼らを止められる大人はおらず、無言で出入り口の進路を開ける。

 それよりもバレーノは、ピーロのセリフで聞き捨てならない部分があると、ウンベルトに動揺しながら目配せしつつ訊ねる。


「あの……え? まさか二人って——」

「——親子だよ。正真正銘、血の繋がったな」

「あっ! さっき子どもを宿していたって——」

「——それがピーロだ。もうじき九歳になる。俺が言うのも変かもしれないが、よくあの惨状で、母子共に生きていたものだよ」

「はあ……」


 ウンベルトが額を押さえて項垂れるジーナを、ギルド長としてか、子育てに悩む母親としてか、慈しみを持って密かに見つめる。

 この後。ノイローゼ気味のジーナが離席し、バレーノについての処遇は一先ず保留となる。ブリランテは壊されず、没収されることもなく、ただ歌唱や演奏の自粛のみに止まり、詳細な決定は後回しとなる。

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