第3話 vsタイラントドラゴン

「ギャアァァァァァァアァァァァア!!!!」

「うおおおおおおおおおおおお!?」


 声のトーン、間、全てが完璧に決まったはずなのに、目の前の女性はとてつもない大声で叫び始める。

 そして瞬時にこちらへ振り向き俺の顔を確認すると、まるで目の前で世界が崩壊しているかのように、恐怖に顔を歪ませていた。


「えまってまってどうしたの!?」

「ウギャアァァァアァァアァァ!!!」


 声をかけても錯乱状態の彼女には届いていない。

 俺の見た目が人間離れしていた?

 いや、確かに多少大柄かもしれないが、髪は定期的に切っているし、髭だって綺麗に揃えている。

 服も毎日洗濯していて体臭もキツくないはずだ。

 あれか、服装が独特すぎるのか?

 拾った本の中の一冊『各国の祭大全』に記されていた極東の衣服「ジンベイ」を真似たものを作り、それを愛用しているのだが、外の世界では時代遅れなのかもしれない。

 俺の姿を見て「自分は過去の世界に転移してしまった」と思い込んだと考えると、この驚きようにも頷ける。

 過去に何度か山の時の進みを遅くする魔法を試したりしていたしな。


「グルゥ……」


 まずは静かにしてもらおうと方法を模索していたのだが、その手間が省けたようだ。

 背後からの唸り声を聞いて、女性はパッと叫ぶのをやめた。

 そしてデカいトカゲの方へ向き直り――。


「やっぱり起きてるぅぅぅぅぅうぅぅぅぅ!?」

「あれー……?」


 喉とか大丈夫だろうか。

 まぁ、凄まじい声を間近で上げられたのだから、トカゲは当然目を覚ます。

 日頃何者かに、とりわけこの森で特に数が少ない人間に起こされたことのないであろうトカゲは困惑している様子だったが、耳をつんざくような叫びに気分を害したのか、女性に向けて炎を放とうと口を開いた。


「死んだぁぁぁぁあぁぁぁあ!?」

「いや、死なないよ!? ……よっと」


 彼女の美しい髪が燃えてしまったら可哀想だ。

 なぜか死を覚悟している女性の前に躍り出ると、トカゲが吐く炎に合わせて深く腰を落とし、右の拳を突き出す。

 拳の動きによって生み出された衝撃波、つまり拳圧が貧弱な炎ごとトカゲを巻き込み、木々を薙ぎ倒しながら吹き飛んでいった。


「あらら……倒すのは三本までにしたかったんだけどね」


 殺すつもりはないし、限りなく手加減したつもりなのだが、歳を取って力の抜き方を忘れてしまったようだ。

 過度な自然破壊は良くない。


「…………は?」


 女性の声を聞いて、彼女が正気に戻っていることに気付く。

 さて、次はどうするべきか。

 ファーストコンタクトは驚かせてしまい失敗。

 ここで挽回しなければ、完全に不審者認定されてしまうだろう。

 俺は必死に『ワンダフルユーモア』を思い返し、今の状況に合ったジョークを探す。

 ……そうだ、これがあった。

 続いて披露するのは「応用編」から、「恋人を怒らせてしまった時」の対処法。

 目の前の女性は恋人でも怒ってもいないが、性別と感情の爆発という点では同じ。

 さすが応用編だ、様々な場面で活躍してくれる。

 本の中に作家の刻印はなかったが、さぞ有名な方なんだろうな。

 それこそ、俺と違って女性にも求められまくりだろう。

 偉大なる先人の胸を借りるつもりで、俺は女性を包み込むように優しく声をかけた。


「お嬢さん。そんなに怒って口をあんぐりさせていると、せっかくの美貌が台無しです。そんなにリップをプクッとしないで」


 今回は「怒って」と「アングリー」、そして「立腹」の三つをかけた傑作。

 序盤に一つのジョークだけで後半が寂しくなってしまうと思いきや、終盤に畳み掛けてくる「立腹」が上手に蓋をしてくれる。

 本来なら入りは「彼女の名前」とされていたが、今回はお嬢さんにアレンジしてみた。

 正直とんでもなく上手くいったと思っている。

 この本を熟読したおかげで俺自身の素のジョーク力も上がっているということだろう。

 笑わせ、頷かせ、感動させ、そして成長させる。

 今さら外の世界に出たいとは思わないが、この著者がいるならば世間はさぞ賑わっているはずだ。

 もしかしたら死因の第3位くらいに「笑死」があるかもな。

 おっと、思考が脱線してしまった。

 目の前の彼女は笑ってくれているかな?

 あれ? いないぞ?


「きゅう〜……」


 下を向くと、気絶している姿が目に入った。


「……あちゃあ、ちょっと上手くやりすぎちゃったかな?」


 一人で夜通し練習したことも一度や二度ではないしな。

 今の若い子には笑いのレベルが高すぎたのかも。

 こんなところで寝ていると風邪をひいてしまうかもしれないので、とりあえず我が家へ連れ帰ることにした。

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