犬と散歩と花井さん

リーセン

第一回

 道を歩いていると犬に出くわした。犬は電信柱の影に隠れてヘッヘッと息を吐きながら私を見ている。よく見ると犬は手に、──もとい前足に棒を持っている。どうやら私を叩く積りらしい。

 それにしても器用な犬である。肉球でしっかり棒を抱え込んでいる。

 私がその棒で叩かれない為には、私はただ道の横にれていって歩けばいいのだが、……私は興を起こした。このまま犬が隠れている、もとい隠れている積りらしい電信柱に真っ直ぐ歩いて行こうと思った。それにただ逸れてしまうのは、せっかく待ち構えている犬が可哀想である。

 私は犬に向かって歩を進めた。そしていよいよ電柱の所まで来ると、犬は今だっ! と言わんばかりに目を輝かして私のすねに向かって棒を回してきた。

 「ハァッ!」と私は叫んでその棒をジャンプしてかわした。

 道から横に逸れて犬に肩透かしを食わすのは可哀想だと言ったが、打ってくる棒をよけないとは言ってない。それとこれとは話が別である。相手の思惑にはひとまず乗ってやる。乗ってやるが、その上で相手の予想を超えた抵抗をして思い知らせてやるのが私の流儀である。

 私はストンッと着地すると犬に向かって言った。

「何だお前は!」

 犬は両の前足をピンと伸ばした状態で慌てながら、

「し、しまった、失敗だ!」

 と言った。

「ええい失敗もクソもあるか。お前が電柱の影に隠れているのは最初から見えていたぞ!」

 犬は非常にショックを受けた顔をした。

「それにヘッヘッ、ヘッヘッ言いやがって。バレバレなんだよ!」

 犬は続いてさらに非常にショックを受けた顔をした。

 犬はきびすを返すと、ダッとその場から離れていった。目の端には涙が光ったようだった。

 一人残された私は走り去っていく犬を見て呟いた。

「……なんだあいつは」

 青空の下、犬の尻が遠ざかっていく。

 私は仕方ないのでまた歩き出した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る