第13話 家族

「お誕生日会?」

「そう、お誕生日会!」

 雪が静かに降る正午。花屋「アウター」に、リリーのメンテナンスでお邪魔している。今日はスミレじゃなくて、ボクが様子を見に来た。レインに会いたかっただけなんだけどね!

「ボクの家、誕生日にはたくさん人を呼んで、盛大にお祝いするのが習わしなんだ。今年はレインにも来てほしくてね!予定が合えば、だけれど」

 レインの仕事は、冬が一番忙しい。人は、弱っているほど寒さに足を掬われる。彼は、そういう人のために働いているから。自然と冬は繁忙期になる。

「ちょっと待ってね、予定を見てみる。……うん、まだ空いてるから、行けるよ」

「本当かい?なら、ぜひ来てくれると嬉しいな!ご馳走を作って待ってるからさ」

「ハルカが作るの?主役なのに?」

「ボク、これでも料理が趣味なんだ。味は保障するよ」

 珍しいと言われがちだけど、ボクは料理が好きだ。人形制作とはまた違った創意工夫ができるし、何より出来上がったものを美味しく食べられるのがいい。誕生日会の時は、普段よりもたくさん作れるから、本当に楽しい。

「ハルカ、それって僕以外も来ていい?リリーもだけど、エレンも一緒はどうかと思って」

「エレン?予定が合うなら大歓迎だけど、大丈夫かい?」

 エレンはローシュの助手だ。けれど、今までローシュが彼を誕生日会に連れてきたことはない。ということは、彼自身があまりこういった場が好きではなく、断っていた可能性がある。

「その誕生日会って、きっとローシュも来るでしょう?なら、予定的には大丈夫だと思う。今まで来てなかったのは、ローシュ一人でも危険な場所じゃないからだと思う」

「ああ、そういう」

 エレンはどうやら、優秀な助手でありボディガードでもあるようだ。ボクの家を安全だと思ってくれているのは嬉しいけど、エレンという美形をボクに紹介しないなんて!全く、ローシュもすみに置けない。

「ふふ、楽しみ。お誕生日会にお呼ばれしたことってないから、しばらくソワソワしちゃうかも」

「おや、そうなのかい?てっきり御得意さまあたりに、呼ばれたことがあると思っていたんだけれど」

「うーん、多分だけど。僕のところに来る人って、僕がいるとマズい人ばかりでしょう?表立って紹介できるような仕事ではないし。それに、お誕生日のお祝いに葬儀屋を呼ぶのって、あまり気持ちのいいものではないから」

 不謹慎だとか言う人がいるのかな?お世話になっておいて、失礼な話だ。その人がどんな立場の人であれ、祝う気持ちに優劣なんてないのに。

「よし、メンテナンス終わり!動いて大丈夫だよ、リリー」

「個体名リリー、識別番号000、起動しました。ありがとう、ハルカおにーさん!元気いっぱいになったわ」

 今日は、花屋をメインとする個体のメンテナンスだった。彼女には他個体よりも、特殊な言語学習機能を備えている。それを踏まえても、彼女の語彙が増えるスピードは従来の作品より速い。花屋で受付をしているから、いろんな人と喋る機会が多いのもあるだろうけど。レインが彼女たちにたくさん言葉をかけていることが、学習のスピードを上げている要因だろう。データとして、とても参考になる。今後もちょくちょく覗きにこよう。

「それじゃ、また正式に招待状を送るよ。来てくれるの、スミレと一緒に待ってるからね!」

「うん、ありがとうハルカ。また、よろしくね」

 

 年も明けて、人々が忙しなく行き交う頃。ぼくの誕生日パーティーは開かれた。今年も気合を入れてケーキを焼いたから、みんなに喜んで貰えたらいいなぁ。

「ハルカ、そろそろ時間よ。準備は出来たかしら?」

「ああ、ボクはバッチリさ!その様子だと、スミレも準備万端ってところだね」

 スミレのドレスは、毎年仕立て直している。ボクの美しい助手が、古いドレスだなんていただけないからね!今年はネイビーブルーのマーメイドドレスだ。仕立て屋で布を見た時にこれだ!と思って注文したもので、とてもよく似合っている。

「それじゃ、会場で首を長ーくして待っている、みんなのところに行こう」

 スミレをエスコートしながら、会場に向かう。

「やぁやぁ、お待たせしたね!今日は来てくれてありがとう!」

 扉を潜ると、みんなが拍手で迎えてくれた。うんうん、ちゃんと楽しんでいるようで嬉しい。

「ハルカ、お誕生日おめでとう」

 スミレと挨拶回りをしていると、レインに声をかけられた。リリーとエレン、それにローシュも一緒だ。

「おや、みんな揃ったんだね。楽しんでくれているかい?」

「うん、すごく楽しい。あのね、さっきお料理を食べたの。ええっと、名前はなんだったっけ」

「あら、忘れん坊さんね。最後に食べていたのは、カレーパンという名前だったわ」

「ああ、それか」

 昨日のうちに仕込んで、朝揚げたてを食べられるようにした、ボクこだわりの一品だ。インドに行った時に思いついたものだけど、お気に召したようでよかった。ちょっと辛めにしすぎたかなって、心配してたんだよね。

「ハルカ君、誕生日おめでとう。先程受付で、レインとワタシからプレゼントを渡しておいた。気に入ってくれると何よりだ」

「ふふ、ありがとう。なんだって嬉しいよ。というか、ローシュ。今までなんでエレンを、この誕生日会に連れてきてくれなかったのさ。こんな美形がいるなら、真っ先にボクに紹介してくれたまえよ」

 突然名前を呼ばれたエレンは、困った顔で笑っている。今日の彼は、一段と華やかだ。深いグリーンの燕尾服。編み込まれた金の髪には、色とりどりの花。ここだけひと足先に、春が来たようだ。他の人たちも、時折チラチラとエレンを盗み見ているほどに、今日の彼は魅力的だ。

「ふふ、エレン今日も綺麗でしょう?髪、僕がやったんだ」

「レインが?すごく器用だねぇ」

 てっきり、どこかの美容室に行ったのかとばかり思っていた。この芸術はレインの作なのか。これだけで仕事になりそうだね。

「そんなに褒めても、何も出ないよ。けれど、うん。悪い気はしないかな」

 おや、思ったより照れた様子だ。エレン、こういうこと言われ慣れていると思っていたけれど。案外言われないのかなぁ。

「ハルカ、カメラマンが到着したみたいよ」

「あ、もうそんな時間かい?」

「カメラマン?写真を撮るの?」

「レインは初めて来るもんね。毎年、写真を撮ってもらうように頼んでいるんだ」

 せっかく綺麗にしているから、お誕生日の日は毎回写真館からカメラマンを呼んでいる。毎年、これを楽しみにしている人もいるくらいだ。写真を撮ってもらう機会って、あんまりないもんね。

「ねぇ、ハルカおにーさん。それって、わたし達も撮れるかしら?」

「リリー達を?」

「ええ!ほら、レインもエレンも、ローシュも一度に集まれることって、あまりないもの。ぜひ撮って欲しいわ!」

 リリーの提案に、当の三人は目を丸くしている。まるで考えていなかったんだね。

「もちろんさ!しっかり撮ってもらうといい。せっかく綺麗にしているんだしね、残しとかないと勿体無いよ!」

 そうと決まれば、善は急げだ。来てくれたカメラマンを呼んで、撮る場所を決める。

「ほら、並んで並んで。ローシュ、もっと寄って!」

 カメラマンが本当はやることだけど、つい口を出してしまう。三人とも、あんまりにも遠慮がちに並んでるんだもん。見切れちゃう!

「はーい、じゃあ笑ってー。しばらく動かないでねー」

 間延びしたカメラマンの声に従って、思い思いの表情をするレインたち。ふふ、レイン嬉しそう。リリーの言った通り、全員が集まることはあまりないのだろう。

「はい、動いて大丈夫ですー。お疲れ様ですー」

「はぁ、緊張しちゃった。写真なんて、撮るの何年振りだろう」

「ふむ、言われてみれば。レインの両親が生きていた頃に撮ったものが、最後かもしれないね」

「え、そんなに撮ってなかったのかい⁉︎もうちょっとマメに撮っときなよ。その様子じゃもしかして、これが初めての集合写真ってこと?」

「少なくとも、私は撮った記憶がないよ。カメラ自体初めて見たかもしれない」

 エレンの発言に、衝撃を受ける。まぁ、なんてことだ。こんな美形達が写真の一つも撮っていないなんて。勿体無い、あまりにも勿体無い!

「それなら、来年もボクの誕生日会においでよ。ほら、毎年撮れば少なくとも一年に一枚は残るだろう?名案じゃないか」

「え、来年も来ていいの?」

「もちろんさ!パーティーは、人が多いほど楽しいからね。毎年来てくれたまえ。もちろん、エレンも一緒にね」

 来年の話をすると鬼が笑う、なんて東洋の言葉もあるけれど。ボクは、未来の話をするのが好きだ。希望の話は、いつだって眩しく輝いているから。

「写真、出来たら送るよ。楽しみにしてて。それより、お腹は空いてないかい?料理沢山あるから、よかったら食べていって」

「うん、ありがとうハルカ。ご馳走になるね」

「じゃ、ボクは他のところを回ってくるよ」

 まだまだ話していたいけど、そろそろ他の人がボクと話をしたい頃だろう。楽しい話から、怖ーい話まで、色々とね。

「うん、いってらっしゃい。お話できて楽しかった、ありがとう」

 レインの笑顔と共に、その場を後にした。

 

 パーティーが終わって数日後。雪の降る外を眺めていると、スミレが手紙を持ってきてくれた。届け人は写真館だ。

「写真、綺麗に出来たみたいだね。ふふ、これとか素敵だなぁ」

 きてくれた人の写真を眺めていると、一枚の写真が目に止まった。レイン達が写ったものだ。

「うーん、写真でも美形だなぁ」

 ほんと、これほどの美形が三人も集まっているなんて珍しい。そこにリリーというボクの作品が一緒に写っているのも、とても嬉しい。

「あら、レインたちの写真ね。よく撮れているわね」

「あ、スミレ。ふふ、家族写真って感じだよね」

 ボクには、家族はいない。両親はすでに他界したし、兄弟は元々いなかったから。レイン達は、血が繋がっていないけれど。それでも、どんな家族より家族らしいなと思う。この写真の表情が、その証拠だ。

「ずっと、仲良く暮らして欲しいなぁ」

 いつまでも、彼らが平和に過ごしてくれたら、なんて素敵だろう。そんな小さな幸せを、願う。彼らの未来が、明るいものであるように。

 

 この時のボクは、数年後にあんなことになるなんて、思ってもいなかったんだ。








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こちらの近況ノートに13話に関連したイラストを載せております

ハーバリウムの棺桶 13話更新しました! - カクヨム https://kakuyomu.jp/users/karasu_muku14/news/16817330667923244138

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