第3話美術品としての価値

キミは、死んだ人間を美しいと思ったことがあるかい?……ない?それは勿体無い!ぜひワタシの美術館にくるといい。

──キミは、きっとお気に召すだろう。そこに並ぶ、死の芸術を。


 今日は、納品の日だ。今回は直接ローシュの美術館に搬入していいことになっている。

 ローシュ、会うの久しぶりだな。元気にしているだろうか?そう思いながら、納品物と共に馬車に揺られている。最近は車も増えてきたけれど、まだまだ貴族の道楽の範疇。普及するのはあとどのくらいだろう?

 目的の場所が近づいてくる。立派な門をくぐると、その先には大きな建物が見えてくる。

 ローシュの運営する美術館「ペルセポネのゆりかご」。ここには一般的な絵画や彫刻、陶磁器もあるけれど。特別な人しか入れない展示室がある。僕の作品は、そこに飾られている。作品、というのも変な感じだけれど。

 馬車が止まった。今日はお客さんではなく、納品なのでバックヤードから入場になる。馬車を降りて準備をしていると、美術館から見慣れた老紳士が出てきた。ローシュだ。高齢なはずの彼だが、シャンと背筋を伸ばして歩いてくる。優雅にシルクハットをとり、こちらに声をかけた。

「やぁやぁ、元気だったかい?レイン。今日も美しいねぇ」

「ふふ、ありがとうローシュ。僕は見ての通り元気だよ。ローシュも元気だった?風邪とかひいてない?」

「ああ、もちろん。キミの新作が楽しみで、一足先にきてしまったよ」

「そう、それなら嬉しい。すぐに運んじゃうね。リリー、手伝ってくれる?」

「はい。かしこまりました」

 今回はリリーにも二人きてもらっている。お得意様の指定に合わせて処置したら、少しケースが大きくなってしまったのだ。リリーはテキパキと手際よく作業を進め、あっという間に美術館の展示室まで運んでくれた。

「いやぁ、リリー君はとても優秀だね。ハルカ君の作品は、どれも美しくそして機能的だ。彼もそろそろ、新作をこちらに流してくれると嬉しいんだが」

「ふふ、ハルカの作品も好きだよね、ローシュ。今度会ったら言っとくね」

「彼の作品のファンも多い。ワタシも気に入っているよ。一番はレインの作品だがね?今回の新作もとても楽しみにしていたんだ」

「ありがとう。僕の処置するご遺体のファンが、たくさんいることは知っているんだけれど。それでも、なんだか不思議な感じ。僕はただ、ご遺体をある日のままにしてるだけなのに」

「何、謙遜することはない。キミの作品は、どこの誰にも真似できない素晴らしいものだ。自信を持ちたまえ」

「ふふ、わかった。展示場所は、ここでいい?」

 リリーにケースを運んでもらい、設置場所に固定する。新作だから、展示室の入ってすぐの目立つところに飾ってくれるようだ。展示室に来た人が、真っ先にこの子をみるように。傾斜をつけて設置し、ライトも移動させる。こんなものかな。

「ローシュ、どう?」

「3番のライトをもう少し左に。うむ、そこだ。その位置がより綺麗に見える。今回もとても美しい。さすがレインだ」

 ローシュは美術品にとても詳しい。世界各国を渡り歩き、厳選された品々が、この展示室には飾られている。ハルカの作品である人形もその一つだ。そんな彼に、一番と言ってもらえる自分の仕事。それならきっと、この故人も浮かばれる気がした。傲慢なのかもしれないけれど。

「後は、持ち主に確認してもらって、それで納品完了かな。立ち会ってくれてありがとう、ローシュ」

「ワタシが真っ先に、キミの作品を見たかっただけさ。これなら持ち主も喜ぶだろう。午後に来ると言っていたから、それまで待つかい?ランチをご馳走するよ?」

「ふふ、いいの?それじゃあ、甘えちゃおうかな。リリーはどうする?一緒に来る?」

「いえ、わたくし共は馬車で待機いたします。どうぞ、楽しんできてください」

「そう?ありがとう。それじゃあ、行ってくるね」

 リリーに見送られながら、ローシュと共に展示室を後にした。

 

「どうかな?ここの味は気に入ってくれたかい?先月建てたばかりの新しい店なんだよ。いいところだろう?」

「うん。お庭も綺麗で素敵だね。ご飯も美味しい。これも頼んでいい?」

「ああ、いいとも。キミは相変わらず、よく食べるねぇ。見ていて気持ちがいい」

「そう?あまり外で食べる時に、たくさん食べるのダメかなって思ってたけど。ローシュがそういうのなら」

 他のお得意様と一緒に食事がある時は、相手と同じくらいの量になるように調整してるけれど。ローシュはたくさん食べていいって言ってくれるから、僕も遠慮なく食べれて嬉しい。普段のごはんと違って、一人じゃないのも、楽しい気持ちになる要因なのかもしれない。リリーはご飯を作ってくれるけれど、自分では食べない。何かを食べるようには作られていないのだという。味見ができないのに、美味しいご飯が作れるって、どういうことなのだろう?リリーにはまだまだ僕の知らない謎が多い。

「ところでレイン。『彼』はまだ、キミのところにいるのかい?」

 ふと、ローシュがそう言った。『彼』。きっとエレンのことだろう。僕はうなづいた。

「うん。今日も綺麗だよ?それがどうかしたの?」

「いや、気になってね。何度も言っているが。『エレン』を展示する気はないかね?一日でもいい。もちろん、いくらでも出そう。悪い話ではないと思うがね?」

「……ごめんね。いくらローシュのお願いでも、それは無理なんだ。僕の、一番の宝物だから」

 これまでも何度か、そういう打診はあった。エレンの展示。エレンは、確かに綺麗だ。誰もが一目みたいと思っても、不思議ではない。……ないけれど。

「僕には、エレンが必要なんだ。たとえ一日だって、誰かのところに行ってほしくない」

 エレンは、僕だけのエレンなんだ。何を引き換えにしたって、それだけは譲れない。

「ふふ、そうかい。やれやれ、また振られてしまったか」

「ごめんね?」

「いやいや、構わないとも。キミの気が変わらないのも、もう分かっていることだしね?でも、万が一。ほんの少しでもその気がある時がきたら。真っ先に、ワタシに教えておくれ。どんなものでも用意しよう。そして、素晴らしい展示にすると約束する」

「ふふ、ありがとう。……もし、きたらね」

 追加で頼んだデザートが運ばれてくる。真っ赤なイチゴが乗った、定番のショートケーキだ。思えば、エレンの血は。このイチゴのように真っ赤で、思わず口にしたいほど綺麗だった。どんな味だったのだろう。

 このイチゴのように、甘酸っぱいのかな。

「何か、考え事かい?」

「ううん。なんでもない」

 僕はそう笑って、ケーキを食べ進めた。

 

 階段をゆっくり降りる。なんだか、今日は疲れちゃった。

「ただいま、エレン。遅くなってごめんね。今日のお花はアマリリスだよ、綺麗でしょう?クリスマスが近いから、いいかなと思って。気に入ってくれる?ふふ、嬉しい」

 ショーケースの蓋を開けて、花を入れ替える。こうして仕事の終わった最後に、エレンのところにきて花を替える。この時間が一番好きだ。

「うん、今日も綺麗。……ねぇ、エレン。聞いてくれる?」

 ショーケースの蓋を閉めて。そばにある椅子に座って。エレンと話す。今日は話を聞いて欲しかった。

「今日ね、またエレンを展示しないかって、ローシュに言われちゃった。ふふ、心配しないでね?エレンをどこかに行かせたり、まして誰かに売ってしまう……なんてことは一切考えていないよ、知ってるでしょう?けど、けどね。ちょっとだけ、悲しくなっちゃって。ねぇ、ねぇ、エレン。僕だけのエレン」

 今日は月明かりも少ない。それでも、エレンの顔はよく見えた。今日も明日も、この綺麗なエレンは。ずっと僕のものなのだ。

「ずっと、ずっと一緒だよ。愛してる、エレン。……今日は、ここで寝ていい?ふふ、子供みたい?でも、そんな気分なんだ」

 部屋の隅にあった古い毛布をかける。寒いくない、といえば嘘になるけれど。それでも今日は、エレンのそばにいたかった。

「おやすみ、エレン。……また明日」

 外は、雪が降り始めていた。静かな部屋には、主と小さなこどもが眠っている。

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