魔王になった私はネット通販で取寄せた物にエンチャントして異世界生活を満喫する

年中麦茶太郎

第1話 異世界だけどアマゾーンの段ボールが届いた

 私は空中で回転しながら、自分を跳ねたトラックと、信号機の色を見る。

 ああ、やっぱり青だ。

 信号を無視したのはトラックのほうだ。


 文句を言ってやりたいが、声が出ない。手足も動かせない。世界がやけにスローモーション。

 ネット通販のロゴが入った段ボールが、私と一緒にゆっくりと宙を舞っていた。


 私は地味な顔で、中肉中背。

 苗字は佐藤。

 白羽しろはという名前だけは、ちょっと珍しいかな?

 そんな、どこにでもいる、なんの変哲もない二十五歳の社会人だ。


 趣味は小物作り。

 ペンダントとか、ぬいぐるみとか、ハーバリウムとかを手作りして、ネットオークションに出品する。

 入札されたら凄く嬉しい。競り合いが始まったら最高だ。

 私が作った小物にお金を払いたいという人がいる。そう思うと、もっと頑張ろうという気力が湧いてくる。


 今は仕事の帰り道。

 ネット通販で取寄せた材料をコンビニで受け取り、ついでにビールとおつまみも買って、ご機嫌でアパートに向かっている途中だった。

 明日が土曜日だと思うと、天を舞うような気持ちになる。


 とはいえ、信号無視のトラックに追突されて、実際に天を舞うなんて勘弁して欲しい。

 手足が変な方向に曲がってる。指がグシャってなってる。これじゃあ、なにも作れない。


 私、なにか悪いことしたかな?

 ネットオークションの売上を確定申告しなかったから?

 けれど、年間の利益が二十万円以下なら申告の必要がなかったはず。私はそんなに稼いでないぞ。

 ずっと真面目に生きてきたつもり。事故に巻き込まれるときは、そんなのお構いなしか。


 ああ。いつか自分の雑貨屋を開きたくて貯金してたのに、無駄になっちゃった。

 せめて最後に、買ったビールを飲ませてくれ。せめて最後に、届いたばかりの材料でアクセサリーを作らせてくれ。せめて最後に、今日最終回のアニメを見させてくれ。

 せめて最後に……最後なんて嫌だよぉ……。

 死にたくな――い――――。




「ん?」


 私にはまだ意識があった。

 さっきまで夜の町を歩いていたのに妙に明るい。

 病室の明かり?

 いや、違う。

 青空が広がっていて、木々の隙間から差し込む太陽の光が眩しい。


「……森?」


 私の周りには巨大な木が並んでいる。

 公園のように整備された場所ではなく、人の手が加わっていない自然のままという印象だ。

 訳が分からぬまま立ち上がる。


 あれ?

 視線が低くなった気がする。トラックにひかれて体が削られて背が縮んだのかな?

 って、もしそうだったら自力で立てるわけがない。

 そうだ。私は天を舞うくらい強く跳ね飛ばされた。なのに、どうして痛みがないのだろう。

 全て夢だったのか。それとも、ここは死後の世界か。


 近くにあった池を覗き込む。

 水面に少女が映った。

 丸くて大きな水色の瞳。新雪のように白くてきめ細かい肌。プラチナを溶かして糸にしたかのように美しい銀髪は、背の中ほどまで伸びている。

 十代半ばの、あどけない顔。小柄で、華奢で、まさに『人形のような』と形容するしかない美少女だった。


 私は少女の美しさに、我を忘れて見とれた。

 少し遅れて、少女が布一枚まとっていない裸だと気づいて慌てた。

 なぜ森の中で裸?

 水浴びをしようとしたいたのかな?

 とにかく見知らぬ女がいきなり現れて、さぞ驚いているだろう。

 私は少女に敵意がないと伝えようとした。


 が。

 強烈な違和感。

 私は池を覗き込んでいるのに、水面に私が映っていない。

 そして私が動くのに合わせて、水面の少女が全く同じ動きをしていた。


 腕を上げてみる。

 首を振ってみる。

 それからアカンベー。


 ……この美少女、私だ!


 なぜかは分からないけど、私、息を呑むほどの美少女になってしまった!

 もしかして、異世界転生?

 そんなラノベやマンガのような現象があるとは信じられないけど、そうとしか説明できない状況だ。


「えっと、えっと……どうしよう。この世界、冒険者ギルドとかあるのかな。というか町はどこ? いや、町に行く前に服を手に入れなきゃ変質者だよ……」


 そこら辺に服が落ちていないかキョロキョロする。

 もちろん、そこまで都合よくはいかない。

 仕方ねぇ……葉っぱで体を隠すか……。


 と、私が覚悟を決めたとき、なにかが太陽を遮って私に影を落とした。

 反射的に振り向くと、そこにクマがいた。

 ぬいぐるみのクマではない。本州に生息するツキノワグマよりも大きい。真っ白な毛並みで、身長は私の倍以上……これってシロクマか!?

 いや、下手するとシロクマより大きいのでは!

 あと、頭の上に光のリングが浮かんでいる。まるで天使みたいだ。しかし獰猛な表情は、天使というより悪魔。

 私に対して殺意ムンムン。


 モンスターとの初遭遇!


 ちょっと待って欲しい。

 異世界転生したなら、まずスキルの説明だろう。

 スキルの使い方を学んで強くなってからモンスターと戦って、それで現地の人を助けて感謝されて、地位と名誉を手に入れてスローライフしたりハーレムしたりするものでしょ。

 いきなり実戦なんて酷すぎる。

 死んで転生したばかりなのに、また死んじゃうよ!


 落ち着け、私!

 転生したんだから、なにかしらのチートスキルがあるはず!

 頑張ればなにか凄い技を使えるはずだ。うおおお、なんか出ろおおおおっ!


 私は生き延びたくて、必死に念じた。

 すると突き出した両腕の先から、なにかが飛び出した。

 それは親の顔より見慣れたもの。だから瞬時に判別できた。

 ネット通販サイト『アマゾーン』の段ボールだ。

 段ボールは恐るべき速度でクマ型モンスターに衝突。なんと一撃で頭部を粉砕した。


「段ボール、激つよっ!」


 私はモンスターが倒れたことで安堵した。

 そして地面に転がった段ボールに近づく。段ボールは衝撃で変形し、中の荷物が飛び出していた。


「……ダンベル?」


 私はそのダンベルに見覚えがあった。運動不足なので軽く筋トレでもしようと思い、通販サイトのお気に入りリストに入れ、結局買わなかったダンベルである。

 これが高速でモンスターの頭部を撃ち抜いたのか……。


 もしかして私、通販サイトで売られてるものを召喚する能力があったりする?

 だとしたら、着るものを召喚しなきゃ。まずは下着。可愛い下着が欲しい。

 念じると、段ボールがぽてんと目の前に落ちた。中身は思い浮かべた通りの、可愛い下着だった。サイズもピッタリ。


「この下着はお気に入りリストに登録してないから……なんでも召喚できるのかな? 私が作ろうとしてたアクセサリー出てこい! ……出ないや。それなら、前から狙ってた服よ出ろ……出たぁっ!」


 現れた段ボールの中身は、イメージした通りの服。

 私は興奮してそれに袖を通し、水面に映った自分の姿を見ながら、くるんと一回転。ロングスカートがふわりと広がる。

 自画自賛になるが、敢えて言わせてもらおう。


「がわいいいいっ!」


 私が今までこの服を注文しなかったのは、値段のせいではない。

 デザインが素晴らしすぎて、私などが着ていいのかと葛藤したからだ。

 こんなの芸能人レベルの超絶美少女じゃなきゃ駄目だろう、と。なんかの法律に違反するのでは、と。勝手に遠慮していた。

 だが、しかし。

 今の私は芸能人レベルを通り越して、二次元レベルの美少女だ。ドールが命を宿して歩き回っているがごとき姿。

 うへへへ……見とれてしまう。

 おっと。なんて締まりのない笑顔か。せっかくの美少女が台無し。もっと優雅に微笑もう。

 あらあら、うふふ。……これでよし。


 さて。

 服を着て安心したらお腹が減ってきた。

 手軽に食べられるものが欲しい。私がそう念じると、カップ麺が入った段ボールが現れた。

 こんな美しい森の中で、こんな可愛い服を着て、カップ麺を啜るのか。

 いや、でも私、カップ麺好きだし……食べたいものを思い浮かべようとしたら、まっさきにこれが出てきたし。

 安くてお手軽で美味しい! 一人暮らしの味方! 異世界でも私はカップ麺と共に生きるぞ!


「って、お湯がないぞ……」


 池があるから水はある。しかし、飲んでいい水かは分からない。

 追加でミネラルウォーターとカセットコンロとお鍋と割り箸と砂時計を取寄せた。


「手軽にお腹を満たすつもりが、キャンプ飯みたいになっちゃった……お、三分経った。いただきまーす」


 大自然の中で食べるカップ麺は美味しい。スープも飲み干す。ごちそうさま。

 それにしてもゴミをどうしよう?

 カセットコンロだって、ずっと持ち歩くのは面倒だし。


「食べ終わってからで申し訳ないけど……返品できませんかね……」


 私はカップ麺の容器に手をかざして念じる。

 すると容器がシュッと消えた。

 おおっ、と感動しつつ、カセットコンロやダンベル、段ボールなども返品する。


「つまりネット通販で売ってるものなら出し入れ自由ってことね。いやぁ、便利だ。めでたいのでお酒を飲もう」


 私は缶ビールを一本取り寄せ、プシュッと開ける。

 ゴクゴク。うめぇ!


「森の中を歩くなら武器が欲しいな。それで実際に戦うかはともかく、枝とか草とかどかすのに使うだろうし。それから方位磁石も必須」


 けど、ネット通販がいくら便利でも、さすがに本物の剣や槍は売ってない。あるのは観賞用やコスプレ用の模造品。

 金属製のスコップが、最も強力な接近戦用の武器かもしれない。


「よし、準備万全。ひとまず、南に向かって真っ直ぐ歩いてみよう」


 方位磁石を懐中時計のように首から下げる。

 右手に二本目のビール。

 そして左手で殺傷力が高そうな金属スコップを持ち、肩に担いで歩くドールの如き美少女……。

 ヤバい。よそ風でスカートと銀髪が優雅に舞っているのに、あまり美しい絵とは言えませんことよ。おほほ。

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