第5話

「……今のところ、理想の旦那さまって感じなのよねー」



夫が『なぜ 殺人鬼に変貌したのか?』を虹夜さんは、独りで推理をしていた。



その答えは――



「う~ん……」

と、首を傾げながら考える。


「あの人は 口下手だからなぁ~」

ゲームの中では、奇声をあげて殺人を楽しむシーンが よく描かれていた。



虹夜として過ごしてきた20数年の記憶と、転生前の15年間の記憶。


それでも 異性を理解するには 足りないみたいだ。



だから、殺人鬼へと変貌した理由も何かあるはずなのだ。



それが何なのか? それが分からなければ、対策の立てようがない。

どうすればいいか? 考えても、答えが出ないまま時間だけが過ぎていく。


そして、ふと思う。

(……そういえば)と、夫の変化を思い返す。


夫は、学生の頃から口数の少ない人だった。

言葉足らずだったりして 誤解されることも多く、自分にしか興味がないようにも見える。


そんな彼が変わったきっかけは、なんだろう? と、考えたときに浮かんだことがあった。



それは――



「…………あ!」


そうだ! あれが原因に違いない!! と思い至った。

私は冷蔵庫へと向かう。


――あるものが無くなっていることに気づいた。


「やっぱり!!」

と、思わず声に出してしまった。



だって、そうとしか考えられないからだ。

そう思った瞬間から、さらに疑問が生まれる。


「でも、どうして?」


どうして、彼はわかってしまったのだろうか? そればかりが気になった。


「…………」


しかし、いくら考えても

「分からないわね……」


やはり、答えなど出なかった。



すると――



コンコンッ 扉をノックする音が聞こえた。

「えっ!?」


驚いて振り返ると、そこには見慣れない男性が立っていた。


背が高くて細身で黒髪短髪の男性だ。



「どなたですか?」と、尋ねると――


「俺だよ。虹夜」


男性は、笑顔を浮かべながら答えてくれた。

だけど、わたしには覚えがなかった。


それに、ここは虹夜の家なのに、なぜ見知らぬ男性がいるのだろうか?

不思議に思いながらも、「あなたは、どちらさまでしょうか?」と、訊いてみた。

すると、男性は少し困ったような表情をして答える。


「俺は、お前の恋人だぞ」

「へぇ~、そうなんですか」

と、返事をした途端――


ガタッ!! 椅子から立ち上がった


「な……何を言っているのよ!?」


驚いた拍子に、思い出した。


そうだ。

この人は、夫の会社の同僚だったわ。


だが、それだけではない。

わたしにとっては、ほぼ初対面である。

(結婚式のときに、紹介されたくらいだわ)


それなのに恋人だという。


こんな失礼なことってないだろう。

と、思って抗議しようとしたのだが――


「なんだよ。まだ怒っているのか?」


と、目の前にいる男性は苦笑しながら言った。

どうやら怒られるとは思っていなかったようだ。



だから――



「当たり前でしょう。知らない人に『あなたの恋人だ』なんて言われても信じられませんよ。それに、わたしには夫と子供もいるんですよ。そんなことできるわけがないじゃないですか」


はっきりと 否定してやったのだ!

すると、男性は悲しそうにして俯いてしまった。


「そっか……」


それから、小さな声で呟いた。

どうやら反省しているみたいだ。

まぁ、反省するのは当然だと思うけどね。と、


「じゃあ、これなら信じてくれるかな?」

そう言って、わたしの顔を見つめてきた。


「えっ!?」


その顔を見て驚く。

なぜかというと、目の前にいたはずの男性が消えていたからだ。


その代わりに――

「……あら?」

そこに立っていたのは――


「やっぱり、驚くよな」


転生前 の 初彼氏――智也の姿があった。


(……どういうこと?)


意味が分からずに 戸惑ってしまう。



だが、彼は気にせずに 微笑みかけてくる。


「お前が海に落ちたと聞いて、俺も飛び込んだんだ。そしたら、俺も転生したみたいだ。それも、かなりマニアックな『モブキャラ』にだ」


「まったく 気づかなかったわ」 謝りつつも、首を傾げる。


(う~ん)


いったい、どうなっているのか? まったく分からなかった。

だから、質問してみることにする。


「これって、夢なの?」


と、尋ねてみると――


「どうしたんだ、虹夜?」目の前の男性が、再び姿を変えていた。


夫の公崇キミタカが姿をあらわした。

(まったく 理解できないわ)


「はぁー」と ため息をついた。



目の前で起こる、目まぐるしい変化に「慣れない頭を使ったからかしら?」と考えていると、


「どうせ息を吐くなら、ため息ではなく深呼吸にしたら――」

と アドバイスを いただいてしまった。


だから、もう一度だけ確認してみる。


「これって、夢なの?」

「はい、そうですよ」


夫は、しっかりと答えてくれた。


「そうなんですね」

と、返事をしながら考える。


(う~ん)


どうしたものか?


(このままでは、話が進まないわ)


そう思ったとき――

コンコンッ 扉がノックされた。


「えっ!?」


驚いて振り返ると、そこには、また見慣れない男性が立っていた。


「どなたですか?」と、尋ねると――


「俺だよ。母さん」


男性は、笑顔を浮かべながら答えてくれた。

だけど、わたしには覚えがなかった。


でも、母さんってことは「息子なの?」

そう問うと、ふわりと消えてしまった。


美羽さまと『ホストクラブ』でお話しをさせて頂いたから、少し疲れてしまったのだろう。


デジタル時計を見ると、17時を過ぎていた。

夫の母親に 息子を預けたままだ。


そろそろ、迎えに行かなくては――。



私は推理を中断して、冷蔵庫を見る。


本来であれば、その中には夫が大事にしていた プリン が入っているハズだった。

帰宅して、思わず食べてしまったのだ。


「息子が食べたことにすればいい」と思っていたのだが、どうやら考えを改めた方が良さそうだ。迎えにいった帰りに、同じ物を買って帰ろう、そう思った私なのであった。


(どうか、夫が 変貌 しませんように――)





このときの私は 気が付いてすらいなかったのです……。




我が家の冷蔵庫のなかに、




見知らぬ人の『小指』が入っているなんて―――。

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