6.

 智也たちが到着してから一時間ほどが経ち、夕食の時間である午後六時が近づいてくると、全員が大広間に集まり始めた。

 智也が部屋を出ると、ちょうど向かいの部屋から乃愛が出てくるところだった。ドアはオートロックでカードキーは開ける時にだけ使うタイプだったので、乃愛はドアを閉めるとすぐに智也に微笑みかけてきた。


「お疲れ様。少しは寝れた?」

「え? ああ」


 智也は自分の髪に触ってから頷いた。どうやら寝癖がまだ残っていたらしい。


「うん、まあ、思ったより疲れてたみたい。そっちは?」

「マネージャーと打ち合わせ」


 そう言って、乃愛は顔をしかめた。その顔立ちは、たとえクシャッとしかめっ面になっても可愛らしい。


「マネージャー? あ、お母さんだっけ? お疲れ様」


 乃愛は両親と兄の四人暮らしだが、母親がマネージャーを兼務していると聞いたことがある。ちなみに父親は芸能活動にはいっさい口を出さないらしい。


「こんな山の中にあるならいっそスマホも通じなければいいのにと思ったんだけど、そういうところはしっかり通じてるのよね」


 アイドルとはいっても決して普段の乃愛は威張ったり、人を見下したりはしないので、学校内でも好感を持たれている。

 それは智也も同じだ。

 ただ智也と話すときの乃愛は、ほんの少し他の人と話すときとは態度が違う気がするのは気の所為だろうか。どう違うのかは智也にもよく分からなかったし、なんとなく今は知らないほうがいい気もした。


「まあ、もともとここを保有してたのはどこかのIT企業みたいだったしね」


 智也と乃愛が大広間に行くと、唯が興奮した様子で亜紀や誠に話しかけている。隣には光やシャロンもいる。


「『王家の涙』、ほんまに大きかったよ! ちょっと、あれ、値段つけられんちゃうかな?」

「あら? ひょっとして唯ちゃん、宝石見てきたの?」


 席につきながら乃愛が話しかける。


「ごめんね〜 乃愛ちゃん誘うの忘れてたわ」


 唯がそう言って手を合わせるのを、乃愛が笑いながら制した。


「あとで私も見るからいいよ。もちろんその時は案内してね」

「かまへんよ。あとで星見るついでに行こう」

「美少女に宝石に星。目の保養にピッタリな夜だな」


 誠がすまし顔で言い、乃愛や唯がはしゃいだ声を上げる。そんな光景を光も半笑いで見守っている。ただ智也が少し気になったのはシャロンの様子だった。さっきまではかなり饒舌な様子だったが、今は押し黙ったままでいるかと思えば、急にそわそわしだしたりといった繰り返しでどうにも落ち着かないのだ。


「そういえば、今夜の小惑星の通過、世間じゃ今どれくらい盛り上がってるのかな?」


 智也が何気なくそう呟くと、少し冷めたような空気になった。

 亜紀がスマホを取り出しながら言った。


「智也くん。ひょっとしてスマホ見てない? 今、世間はそれどころじゃないみたいなの」


 亜紀が見せてくれたスマホにはニュース画面が映っていた。そこには大文字で次のように書かれていた。


【緊急速報! K国、核実験を開始か!?】


「か、核実験?」

「どうやら、この二、三時間ほど前に何か動きがあったみたいなんだ」


 そう言ったのは光だった。心なしか、どこかウキウキしているようにも見える。


「まあ、あの国ならいつかはやると思ってたけどね」


 全員が頷いた。

 K国は智也たちが住む日本のすぐ近くにある国で、米国を始め日本や西側諸国との仲はあまりよくない。ロケットの開発実験と言っては、しょっちゅう大陸横断型のミサイルを日本海や太平洋めがけて打ち上げている。実は近くまたロケットの打ち上げをするのではないかというニュースが流れていたのだが、智也を含めて大半の日本国民はそのニュースに慣れてしまい特に何の関心ももたれなかった。

 ただ核実験をするというのは、智也が知る限り初めてのことだった。


「でも核実験ってどんなことをするのかしら?」


 乃愛が首を傾げた。


「まさかどこかの島で爆発させるわけじゃないでしょ? どこかの国がでやったみたいに」


 乃愛がビキニという言葉を口にしたとき、ほんの一瞬誠が智也のほうをちらりと見た。二週間ほど前、乃愛が雑誌に16歳誕生記念と銘打って水着グラビアを載せた時、二人で雑誌を買ってその写真をチェックしたことがあったのだ。誠の家で、お互いこれといった感想も言わずに黙々とページをめくった。見終わったあと、雑誌は誠の家の本棚の奥にそっとしまわれた。

 その時のことは今日までずっと秘密だったし、これからも話すことはないと智也には分かっていた。


「それはないだろうな」


 光がしたり顔で言った。

 

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