第5話 訪問

 夏は過ぎ去り、秋の風は俺と君の間に吹き込んだ。


 冬になったら寒いので、外出を控えるように、と言われてしまったと、君はしょんぼり語っていた。


 君が自分の体を大切にするようになったのは良いことだと思ったが、同時にやはり君と会えなくなるのは辛い。


『ねえ、命』

『なに、有』


 あの夏の日以来、仲が深くなったのは間違いなかったが、俺がこのように話題を振るとまるでそれがお決まりかのように素っ気なく答えた。


 日常会話は普通に成立するので、何かしらのこだわりがあったゆえにこの返しをしていたのだろう。


『どうにかして、冬の間も会えないかな?』

『一応、病院までくれば会えるとは思うよ、住所教えようか?』


 と、君に病院の住所を聞いてみたのは良いものの、この公園からは五キロ以上も離れている。しかも、俺の家とはちょうど反対方向にあった。


『……遠いな』

『そりゃあそうだよ。私健康のために歩けって言われてるから遠いこの公園までわざわざ来て、そこで君に会っちゃったんだから』


 これはびっくり、五キロといえば徒歩では1時間以上かかる距離だ。


 なんか、それを往復してると考えると逆に体を悪くしそう。


『冬の間は外で動けない分いっぱい動くように、って言われてるんだよね』


 やはり病人は大変だ。


『つまり俺と命の出会いは素晴らしい幸運だったってわけね』

『確かに、そう考えると有は私と出会ったことを神様に感謝してね?』


 神様は信じていないけれど、でもやっぱり君との出会いは人生最高の幸運だと思うから、この出会いくらいは感謝しようじゃないか。




 その病院は、結構な都会に位置していた。


 君はあの後、私は入院しているから基本いつでも会いに来てね、と言った。入院しているということで、病状は実はだいぶ悪いのかもしれない。


 とにかくいつでも来てねという言葉に従い冬休みとはいえ平日の真昼間に、初めて君の言う病院に行ってみた。


 君の病室は四階の最奥にあった。


 四という数字は死を連想させるので不吉だとも言うが、君はどうせ治らない病気でどうせ死ぬのだから気にしないと、後で言っていた記憶がある。


 友達の病室に入った経験なんて存在しないので、どうやって入るべきかわからないけどとりあえず病室の扉をノックする。


 病室の扉には、結局あれから教えてくれなかった君のフルネームが彫られていた。


『ふーん、神無かんな命か……』


 神無とはなんとも不吉。これでは神がいないみたいだ。


 これはもはや生まれた時から死に至る病気に罹る運命でも決まっていたのではないか。


『どなたですか』


 聞こえてきた君の声は驚くほど死んだ魚のような声をしていた。病室間違ってないよな?


 そう考えたけど再度よく考えたら死んだ魚は喋れない。


『永井有です』

『あ、有ね! 入って入って!』


 俺が名乗った瞬間、君の声に喜色が乗った。まるで先ほどとは別人のようだ。


 俺が中に入って観察してみると、命の病室には特に目立つものは置かれていなかった。


 これは君らしいかもしれない。


『それじゃあ、今日はどんな話しようか』

『それじゃあ学校であったことを話したいんだけど』

『どうぞどうぞ』


 本当は君の病状は著しくないんじゃないか? そんな質問は胸の内に留めておいた。

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