第7話 主人からの相談

 リアーナさんの部屋から帰ると、なんと客室の前に執事が待っていた。主人から誘いらしいのだ。執事の案内で主人の部屋へと通される事になり、僕が部屋へと入ると執事はすぐに部屋から出て行った。


 主人の部屋に入ったとたん、何か違和感を覚える。なんだろう? 何故か”ハルさんを守らないと”と言う防御本能が働いたからだ。


『ハルさん、いいかい。ポケットから絶対に出ちゃだめだよ』


 そして、自分のローブに障壁の魔法をかけた。入口の所に突っ立った僕に主人は声をかけてきた。


「よく来てくれたね」


 ここの主人はにこやかに僕を歓迎すると、手袋をした手でソファーへと促してくる。この世界には椅子に座る時のマナー、上座とか下座とかってないよな? って事を考えながら、僕は素直に案内してくれた椅子に腰掛けた。


「早速なんだが、ハーマンから聞いたんだが、君の持っていた薬で弟の嫁を助けてくれたそうだね。改めてお礼を言いたい」


 それとマリアからも使用人や馬の事を聞いたようで、もちろん処分などするつもりはないので安心してほしいとも言っていた。


「それでなんだが……。アノマ様のお薬をお持ちだそうで、少しその事で相談があるのだが……」


 主人はようやく本題に入った。もしかしたら、ポーション類を商会にまわしてほしいと言うことなのか? などと考えていると……。


「私の前の妻ですが、原因不明の病を長年患ったあげく、とうとう昨年亡くなりましてね。その事で少々不信感を持っております」


 主人は少しお茶で喉を潤すと、意を決したように再び話し出した。


「第三者の関係ないお方にこのような事を相談するのは筋違いで、ご迷惑であるとは重々承知なのですが。アノマ様のお身内と言う事に縋らせていただきたいのです。実は、少し切羽詰まっておりまして……」


 そこで主人はずっとしていた手袋を外す。外した下にあった手、その皮膚は黒ずんだ斑の痣のようなものが広がっていた。


「この状態になったのは最近なのですが、もしかしたら、私は毒を盛られているのかもしれません」


 毒と言う言葉を聞き、僕は主人の手をじっと見つめた。見た所、黒皮症のようにも見える。それはメラミン色素が真皮まで入り込んだ色素沈着症、所謂シミだ。


「ハーマン先生はどう言っておられるのですか?」


 僕がそう聞いた所、主人は暗い顔をする。


「私はハーマンを心底信用できないのです。亡くなった妻もこのような症状がありました。私は妻も毒殺されたのでは? との疑念が拭い去れんのです。それに、前々からハーマンと仲が良かった今の妻であるモニカにも同じような疑いを持っておりまして……」


 お恥ずかしい話なのだがと言いつつ、主人はその二人にかなりの懐疑心を持っている事を吐露する。安心させて襤褸ぼろを出さないかと後妻として迎え入れ、真実を突き止めようとしたのだが、自分にも危害が及んでいるのでは? との恐怖心から内密に師匠の薬を欲したのだろう。


「もし毒が盛られたとして、その方法がどうも解らないのです。充分に注意しているはずなのですが……」


 まさか、こんな怪しげな気鬱な案件で呼ばれたとは、重い気分になってしまうのだが、関わってしまった以上、放置もできなくなってしまった。


「あの、出来れはご主人の身の回りの物とか寝室とかも見せていただけませんか?」


 主人は一瞬不思議そうな顔をしたのだが、了解を得て、執務室や寝室などを観察する事を許してくれた。そして、寝室に入った所、その部屋の美しさに驚いてしまった。


 主人の寝室はアンティークの豪華な家具やベッド、美しいダマスク織りの壁紙で彩られており、まるで王様の寝室か? と想えるような豪華な部屋となっていた。


 その内装に、僕は思わず溜息をついて……。


 そして、僕のポケットにいるハルさんを思わずギュッと握りしめてしまって。中からぶにゅと言う何とも表現できない断末魔のような叫び声が聞こえた。


『あ、ハルさん、ごめん!』


 あちこちを一通り見て回ってから、


「あのう、この部屋の内装は前からですか?」


 と質問をしてみた。


「ああ、ここですか? この館はかなり古い建物で、相当に痛んでましたので、昨年、モニカと再婚する際に壁の模様替えをしましてね。その時に新しく売り出そうと思っていた壁紙をこの部屋で試してみたんですよ」


 内装を変えて一年は経っていないと言う事だ。その部屋を色々と調べさせてもらった後、主人には一つ助言をする事にした。それは、念のため、今晩から別の部屋で寝起きした方がいいでしょうと。


「ご自身の命が大切であれば、是非に守ってください」


 主人にその事の念を押して、応急的な物にはなるが、大至急、薬を調合したいと告げ、部屋から退散する事にした。


「なぁ、アキト。もう出ていいかい?」

「ああ、もう大丈夫だよ」

 と僕が返事したとたん、ぶはっと言った感じで、ハルさんがポケットから飛び出てきた。


「なんだよ。どうしたんだよ? 握りつぶされるかと思ったぞ」


「ついね。ごめんよ」


 僕はハルさんに謝罪の気持ちを込めておやつを差し出すと。仕方ない、許してやるよって感じで、幸せそうに頬袋におやつを仕舞い込む。チョロイ。


「まぁ、アレだ。色々とこの家に精霊がいない事の不思議が解ってきたって所だね。あれを使えば、案外、すんなり解決しちゃうかもよ」


 肩賭けにしているアイテムバッグをポンポンとする。


 そして、ハルさんには後でちゃんと説明するよと言って部屋へと戻ろうとしたとたん、「キャー!」と言う大きな悲鳴が聞こえた。


「何々?」


 すると、少し先の部屋の扉が勢いよく開き、メイドが転げるように走り出てきた。そして、主人の隣の部屋の扉をどんどんどんとすごい勢いでノックしだす。


「ハーマン先生! ハーマン先生! いらっしゃいますか! 大変なんです。ソフィア様が大怪我を!!」


 僕はその言葉を聞いてメイドが飛び出して来た部屋へと急いで向かった。

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