第5話 村興しを手伝う
リックと二人で朝市を満喫し、そこそこの商品を手に入れたので、帰路に就いた。
宿屋に帰ってくると、ここの亭主が誰かと真剣に話し込んでるようだった。よく見るとその男、先ほど市場で演説してる男ではないか。
亭主は僕に気付くと、リックを手招きした。
「おかえり!リック。ところで、お前の隣の方が俺を助けてくれた客人なのか?」
「はい、お父さん。この方がアキトさんです。もう、すごくお世話になってしまって」
「そうか、本当に助かった。お陰でもう怪我をした手は何ともないんだよ。なんとお礼を言ったらいいか」
宿屋の亭主は自分の手をしげしげと見つめると、僕の方を見直し深々とお辞儀をしてきた。
「俺らが出来る事なら何でも言ってくれよ。お客人、こんなしがない宿だがゆっくりしていってくれ」
もちろん、お代なんてものは要らないからな。と言って豪快に笑った。
「ところで、昨晩はこの食堂が盛況だったそうだな。今、村中ですごい話題なんだけど。俺に内緒で、どんな飯を出したんだ? よかったら食べさせてくれないか?」
亭主はそう頼んできた。リックは僕の顔を見て、にっこりと笑う。彼は僕の説明を一言一句聞きもらすまいと真剣な表情で聞いていて、その工程をレシピ帳なるものにまとめているとの事。
「はい、待っててください。すぐに作ってきます」
僕一人で作れますからと、そう言ってリックは一人厨房に走って行った。
しばらくすると、市場を回り、二人であーだこーだと言いながら買ったフライパンに入った沼ハサミエビのパエリアを持って食堂にやってきた。亭主ともう一人の男が座るテーブルの上に乗せると、小皿とナイフとフォーク、それにおしぼりを置く。
「どうぞ、お好きなように食べてください。沼ハサミエビは手で殻をむいて食べてください。手が汚れたらおしぼりで拭いてくださいね」
リックはまるでホテルの給仕のように、丁寧に二人に説明しながら小皿に取り分けてあげると『どうぞ』と勧めた。
二人はラーイースをじっと見つめる。
「これって、あの家畜のエサだろ? こんなの食べて大丈夫なのか?」
亭主はラーイースをフォークでつつきながら、抵抗があるのだろう、不安そうに尋ねてきた。そこで僕が説明する。
「はい、実はラーイースは僕が前に住んでいた国の主食なんですよ。僕が食べていた品種とちょっと種類は違うんですけど、この種はあっさりとした味わいとパラパラとした食感で炊き込み料理に最適な品種になります。是非食べてみてください」
僕がそう答えると安心したようで、まずは小皿に取ったラーイースを食べてみる事にしたらしい。フォークに少し乗せて恐る恐る口に運ぶ。すると、口の中に複雑で深みのあるコクと甘味が広がり、思ってた以上に柔らかく、噛むとパラパラと軽い食感が心地よいらしく。「美味い、美味い!」と言いつつ、豪快に頬張りだした。
最初のラーイースに対してのあれほどの抵抗感が嘘のようで、亭主の食べっぷりを見て、連れの男も食べる。すると、顔色が変わって、ガツガツと夢中に食べだした。
そしてだ、いつの間にか二人は四人分をペロリと平らげてしまった。
「これは、美味い!」
亭主が満足そうだが、まだまだ食えるぞと恐ろしい事を言っているようだ。
すると、一緒に食べていた男が急に立ち上がると、真剣な顔でリックの側までやってきては、彼の肩を鷲づかみにする。
「これはいける!これだ!これをこの村の名物とするんだ!ラーイースと沼ハサミエビを大量に仕入れる事が出来れば、この村にも魔導列車のステーションを作ってくれるかもしれない!」
「ウォルト!お前の息子は流石だ!でかしたぞ!リック!!」
この村に魔導列車に寄ってもらえるような特産品は全く無い。ダンジョン都市の近くで、馬車だと一日ほどで着く距離であり、休憩所としての宿場村というだけだ。
もしこの先、魔導列車が王都からダンジョン都市へと繋がると、この村に寄る理由がなくなるのだ。そうなると――――、
「この村には誰も寄り付かなくなり、宿屋という宿屋は廃業だ。今、何らかの行動を起こしておかないと。今がこの村が存続できるかの瀬戸際なんだ」
力説するその男は、ここの亭主ウォルトの幼馴染で王都からの帰還者であるローマンというらしい。
「このラーイースは使えるぞ! ラーイースを生産している農家に連絡してみよう。このラーイースの収穫量の相談をしてみる事にするか」
後は、沼ハサミエビだがこれをどうするかだが。この村の側の池に多くの沼ハサミエビが生息しているらしいが、パエリアが評判になって皆が争うように採りだすと、あっと言う間に採りつくされてしまうだろう。それをどうするか? だが、と言った話し合いを始めてしまった。僕は小さな声でハルさんに呟く。
「なぁ、ハルさん。僕、やっちゃったかな? 」
「何がだよ?」
僕はちょっと困ってしまった。村中で話題だって、そんな大きな話になってるとは思わなかったからだ。だが、少し考えれば分かる事なんだけど。ここに来て大いに後悔しだしたのだ。
育ててくれた老師の小屋を出て、初めて親しく話した同年代の子だった事で、少し嬉しくって、ついつい調子に乗って相談を受けてしまった。
「だってさ、これがさ、こんなに話題になるとは思ってもみなかったんだもん」
「何を今更。何が”もん”だよ。お前、あちらこちらで、やらかしまくってんじゃん」
痛い所を突かれたうえ、呆れた顔をされる。ハルさんは容赦ない。
「宿しかない村の、一宿で話題になれば、ここだけで済むはずがないじゃんか」
だって、この村の事情なんて初めて来た僕が知るはずはないから、もっと慎重に行動しないといけなかった。良かれと思っての、簡単に人助けは良くないのかな?
パエリアが話題になり、そう知識のない者が見よう見まねでマネでもしたら大変な事になりそうだ。まずは乱獲問題だ。ザリガニも同じような事が起きたとネットで見た事があったからだ。
とある国の湖に住むザリガニが、乱獲された事で絶滅しかけたそうだ。その為、ザリガニ漁は年に二か月間の期間限定になったって言う話を聞いた。
また、泥臭さや寄生虫、病気等の問題があって、加熱は必須であり、冷凍技術が無いと厳しいだろう。これこそ知識がないと危険だ。
なので養殖したら? とかを考える者もいるが、沼ハサミエビの養殖はとても難しい。何故なら、沼ハサミエビは肉食性の強い雑食であり、共食いが起こるからだ。
そこで、別な国では水田の周りに堀を作りザリガニを放ち稲との共作をしようと言う事を試したようだけど、それが広まったという話は聞かない。
僕は老師の所蔵していた資料から知った沼ハサミエビの知識を皆に簡単に説明をする。そして最後に、
「あのー、沼ハサミエビでなくても、海で取れるエビや貝類、色んな肉やソーセージなんかでも代用できますよ。手に入りやすそうな物を色々試してみてはどうですか?」
という事も提案してみた。すると、ローマンさんは考え込んでしまったようだ。
「ところで亭主。もしかしたら、あなたも色々と工夫してたんじゃないですか?」
厨房の中に、これでもかという位の各種ハーブ類が大量にあったのだ。薬師や研究者でもあるまいし、あそこまでのものが宿屋の厨房にある事にかなりの違和感があった。
「あのハーブ類。それを使えないかと色々と試行錯誤しての<クソまずい料理>を出す店って言われるようになったとか? どうですか?」
亭主は頭をかきながら恥ずかしそうに頷いた。
「まぁな。高価なスパイスの変わりがないかと。裏の森で採れる木の実や薬草やらを乾燥させたり煎じたりしてみたんだけどな……」
「木の実やハーブは鑑定のスキルが無いと危ないのでおすすめは出来ないのですが。あの、もしかして……」
「ああ、まぁ、昔は王都のギルドにいたからな。だが、鑑定という大それたスキルってもんじゃなく、良し悪しが分かるってだけだよ。特に”悪い物、そこは絶対に使っちゃいけない部位”が分かるのは宿屋稼業には役立つ。ただ、料理の才能が致命的だったってだけだがな」
そう言って再び豪快に笑った。
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