第4話 体育倉庫の死体②

 多聞たもんがバカバカ言い過ぎたせいか、下駄箱で靴を履き替える時のハルはムッとした顔をしていた。嫌な話題を持ち出してくる。


「返事したか?」

「なんの?」

「カレシ、出来たか?」

「(この野郎!)誰にも言ってないよな?」


 多聞がすごむと、ハルは顔を背けた。


「誰に言ったんだ!」

「……大丈夫だ……あっちゃんは、口が固い」

「他は?」

「……言ってない」

「誰にも言うな。今後、この話はナシだ」


 分かったと、ハルは横を向いたままうなずくが、多聞は信用しなかった。

 秀一を始め、テニス部の連中には知れ渡るだろうと予想する。

 口の軽いハルに見られた自分に運がなかったと、諦めるしかなかった。




 校舎を出た二人は運動場に向かった。

 サッカー部が練習している脇を抜けて小高い芝生の丘を上がる。

 丘の上に置かれたベンチに篤人がいた。隣のベンチには秀一と怜司れいじが並んで座っている。三人は運動場を見ながら、絵を描いていた。

 

「みんな、終わったかあーっ!」


 ハルの大声で三人が一斉にこちらに顔を向けた。

 篤人の横で、背を向けて座っていた生徒も振り返る。

 鮎川真昼あゆかわまひるだった。

 

「鮎川が学校いるの珍しいな」とハルが小さく言う。

「留学してたんだっけ?」

「ただの不登校だろ」


 珍しい話ではない。

 多聞が前にいた公立中学では、どのクラスにも数人は長期欠席の生徒がいた。


「みんなでお絵描きか」と多聞は篤人のスケッチブックを覗き込んだ。かなり達者な絵だ。


「美術の課題だよ」と怜司が答える。「今日中に提出しないと単位落とすんだ」


「オレは出したのに、やり直しだって言われた」と秀一。


「落書きみたいだもんな」ハルが秀一の絵を取り上げた。「なんで美術選択したんだ。音楽とろうって言ったろ」


「ソプラノパートは、もうイヤだ」


「終わったから、代わりに描くよ」怜司は、ハルから秀一のスケッチブックを受け取った。


「やったー」と秀一はベンチから下りて、芝生に寝転ぶ。


「俺も描く」とハルが怜司の隣に座る。「バレない程度に下手くそに描かないとな」


 篤人も描き終えたのか、鉛筆を終い始めた。


「見せて」と多聞が手を出すと、篤人は無言でスケッチブックを手渡す。


 精緻に描き上げられた風景画に「上手いな」と多聞は、素直に感心した。

 多聞の言葉に、篤人は無言でうなずくが、『どうも』なのか『そうだろ』なのか、判断がつかない。


(マジで、喋んないヤツだな)


 篤人は入学式の時、生徒代表として壇上に立った。

 いかにも賢そうな大人びた風貌の篤人は、余裕の笑みを浮かべながら、落ち着いた声でスピーチをした。

 今も多聞のクラスの学級委員長だ。HRのたびに篤人は黒板の前に立って話している。英語の時間もよく指名されて、完璧な発音で教科書を読んでいる。

 だがこうして仲間内でいる時、篤人が何か発言するのを、多聞は聞いたことがなかった。


「オレにも見せて」と秀一が覗いてきた。「すごいな。美術館に飾ってそうだ」


 多聞は秀一に篤人のスケッチブックを渡して、一人で背を向けている鮎川の横に行った。二人につめてもらってベンチに座る。


 篤人は運動場やその先の校舎を描いていたが、鮎川は倉庫を描いていた。


 運動場と反対側の芝を下りると体育館の裏側になっている。

 体育館の横には体育倉庫があり、焼却炉、駐車場と続く。


 鮎川は細い線で真下に見える体育倉庫を描いていた。


「(地味な絵描いてんな)髪切ったんだ」


 最後に会った時の鮎川は肩に髪が届く位の長髪だったが、今は丸坊主だった。


「野球部に入った」

「(こいつ、冗談言うんだな)頑張って」


「さっき、あっちゃんの婚約者にそっくりなヤツに会ったぞ」とハル。「ここに入学したんじゃないか?」


 篤人は何も言わない。代わりに怜司が答えた。


「女子部にってことか?」

「そうじゃなくて、ホラよくあるじゃん、女の子が男子校にやってくる的なやつ——」

「ないよ」と多聞はハルの言葉を遮る。


「死神だ」


 突然の秀一の声に、多聞は振り返った。

 芝生に座って、篤人のスケッチブックを見ていた秀一と目が合う。

 

「死神が近くにいる。誰か死んだんだ」


「秀一は、面白いな」とハルは笑うが、多聞はポカンと秀一を見つめた。


「何か聞こえない?」と今度は鮎川が言い出す。


「死神の足音か」とハル。


「下だ」鮎川は立ち上がった。「来て」と多聞の手を引いて芝を下りようとする。


「マジ?」

「まじ」


 しょうがねえなと、多聞は鮎川と共に芝を下りた。

 鮎川は、まっすぐに体育倉庫に向かい、迷わずドアを開けて中に入った。

 鮎川に続き、薄暗い倉庫に入った多聞は一瞬立ちすくんだが、すぐに外に出て仲間を呼んだ。


「あっちゃん、来て! 人が倒れてる!」


 篤人、怜司、ハルが芝を駆け降りてくる。

 倉庫の中では鮎川がしゃがみ込み、うつ伏せになっている男の顔を見ていた。


「もう死んでるみたいだ」と、鮎川は静かに言った。


 

 

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