第3話 時には娼婦のように

 男、が引っ込んだ後、場内に注意の呼びかけがあった。


 本芝居の上演前にお願いです。

 音の鳴るもの、光が点滅するものは、音が鳴らないように設定をお願いします。

 光が点滅するものは、電源を落としてください。

 間も無く、開演します。


 つまり、上演前の諸注意を、ここに持ってくることで、新しさを演出している。

 小劇場らしさが、にじみ出ている。

 悪くいうと、学生演劇、のような、内輪だけで受けて、地方大会で散る、無様な演目のようだ。


 注意が流れたきっかり五分後に。


 芝居が始まった。


 ひとりの、ハイヒールをはいた男が、客席から見て右側から出てきた。

 そして、しばらくすると、左側から、顔の左半分を白い画面で隠し、マント、外套を身にまとった男が出た。


 風の音が聞こえる。地下鉄が通る音だ。


 劇場の地下そばに、地下鉄、英語ではチューブ、フランス語ではメトロ、ここ、日本ではなぜかメトロと呼ばれる地下鉄で聞こえる、特有の音が。


 どちらがハルオで、どちらがアキヒト、だろうか。


 アキヒト。どこかで聞いたことのある名前だが。


 ハイヒールを履いた男がしゃべりだした。


 わたしは、こう聞いた。


「わたし、女優よ!顔はぶたないで!」


 客席がどっと笑う。


 わからない。


 日本の観客には通じるのだろう。


 日本語を学び始めてから30年以上経つが、日本文化の冗談が、まだわからない。


「ハルオさん、ハイヒールが汚れますよ」


「あらやだ、アキヒトさん。」


 一瞬で声が変わる。


 女形、と言うやつから、いきなり、ヤクーザ、それも、ジャパニーズヤクーザのような、口調に切り替わった。


 それに対して、客席がどっと笑う。


 日本人というのは、いつから、女形を笑い、役者を笑うようになったのだろう。


 私には、わからない。


 いや。感覚が狂っているのはわたしか。


 いけない、いけない。


 舞台上では、芝居が進行中だ。


 集中せねば。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る