サクリファイス・オンラインー人気配信者とバトル修行してたらいつの間にか最強になりましたー

@hoshino_kei

第1話 8 to 1(前編)

 「ああ、本当にいやになっちゃう。まったく、誰なんだろうね、このワールドに『雪』なんて天気を持ち込もうって提案したのはさあ?見てるだけで寒気がしてくる」

 思わず窓の外に目をやると、成る程、確かにそこにはほんのりと降り積もる白い『雪』の姿があった。

 「さあ、いったい誰なんだろうね…。でも、結局はヴァーチャルだよ、触れることはできてもその冷たさを現実の僕たちは感じることはない」

 「それはそうかもだけどさぁ、」降りしきる『雪』を見て不平を漏らした銀髪の女性は、それでもなお不服らしく、僕の肩に腕を回して「嫌なものは嫌なんだよ、わかるよねえ?」と僕に同意を求めた。

 僕はこういう場合、大抵この人の意見を尊重するようにしているので、この時も「そうだね、僕も雪が降っているのを見ると外に出たくなくなる」と答えた。

 それを聞いてこの人は満足したらしく、肩まで伸びた髪を右手で弄くり回しながらケタケタと笑った。

 「どうする?今日ショップに行く予定だったけどさ、また今度にする?」僕は正直どちらでも良かったが、この人はソファに寝そべってぐうたらし始めており、とても行きたくなさそうだったので、僕は「じゃあ、今度にしようか。稽古はどうしよう?今日は休む?」と言った。

 「…私は休んでもいいけど、キミはどうなのかな?…私に勝ちたくはないのかな?」

 「…手加減してくれるの?」

 「いや、私はいつだって本気だよ。手加減する気は毛頭ない」

 「なんだよ。…というか、外に出るの嫌なんじゃないの?拠点の中じゃ稽古出来なくない?」

 さっきまでの気だるげな雰囲気とは打って変わって、彼女は幼い子どものようなキラキラした目をして「大丈夫」といい、指をパチンと鳴らした。

 背後からドアが軋むようなやや耳障りな音が鳴り、振り向くと、そこには六畳ほどの広さのバトルフィールドが広がっていた。

 「少し狭いけど、バトルフィールドを作っておいたよ。さあ、戦おう」

 「少しどころじゃない気がするけど…。まあ、いいよ、」

 僕は深く息を吸い、拳に力を込めた。

 「望むところだよ、セレーナ」


 いざバトルフィールドに入ってみると、外から見る以上に窮屈で殺風景であった。壁面と床がコンクリートでできており、調度品の類は何もなく、窓さえもない。

 ただただ戦いのためだけに存在している、そんな空間。

 「…いったい、いつ拠点にこんな魔改造を施してたんすか、セレーナさん」

 「ぐへへへ、秘密」

 「…全く、君は秘密の多い人だね」

 実際、彼女はかなりの秘密主義者だと僕は思っている。出会ってから今までの中で、僕が彼女について知っている事は決して多くはない。けど僕は、彼女が言いたくない事をムリやり聞き出すのは不躾な事だと思うし、何よりも僕と彼女とのこの関係が崩れるような真似はしたくない。

 「話はこれぐらいにして、始めようか。…『バトルモード、作動』」

 《承りました、ミズ・セレーナ。ルールは『デスマッチ』でスキル使用不可、並びに使用武器は『刀剣のみ』で宜しかったでしょうか》

 「オーケー」

 「大丈夫です」

 《かしこまりました。それでは、セレーナ・ユミリウス・ヴィクトリア氏と斉藤祐介氏のバトルを開始致します。皆様、ご準備をお願い致します》

 彼女は、鞘にしまっていた西洋剣を取り出し、僕はベルトにくくりつけていた短剣を取り出した。

 このルール『デスマッチ』では、武器等でダメージを与え、残りHPが先にゼロになった方が敗者となる。その際、お互いの肉体に傷もつくし、勿論血も流れる。

 正直な話、最初はこのゲームのあまりにもリアルな血や傷には抵抗があったが、数を重ねる毎に特に何も感じなくなってきた。

 僕らは、このルールのバトルを「稽古」と呼んで、毎日のようにプレイしている。だが、僕はこれまでのバトルでほとんど彼女に負けているため、この「稽古」は僕のために行われているものなのだろう。最初はなぜわざわざ僕を強くしようとしているのかわからなかったが、これまでの彼女の言動を見ているうちに、彼女は、彼女と渡り合えるほどの実力を持った人と戦いたいのだろうと思う。

 彼女は、とても強い。僕たちが所属しているギルドのメンバーで、彼女に勝てる者なんてほんの一握りだ。だからこそ、彼女は人を鍛え、戦う歓びを享受したいと願っているのだろう。

 「オーケー、準備できたよ。キミは?」

 「僕も大丈夫。『バトルモード、開始お願いします』」

《かしこまりました。では、あと15秒で開始致します。皆様方、位置についていただきますようお願い致します》

 バトルフィールド内の、空気がひりつく。

 このバトルで使用されるAI「バトルモード」は、バトルの開始直前になるとカウントを始める。

 決戦の火蓋が切って落とされるのは、もうすぐだ。

 

 《8》

 僕らの間に、一瞬の緊張感が漂う。

 《7》

 「ありがとな」

 《6》

 セレーナが、沈黙を破る。

 《5》

 「何が?」

 《4》

 「いつも相手、してくれて」

 《3》

 そんなの。

 《2》

 「僕の方こそ、だよ」

 《1》

 「でも手加減はなしな」

 《スタート》


 先手必勝。攻撃は最大の防御。

 それが、彼女の戦闘スタイルだ。

 案の定、開幕の合図とともに、彼女は僕に向かって突っ込んできた。

 彼女が剣を振り下ろす。

 僕は、短剣をかざし、彼女の攻撃を待ち構える。


 金属が激しくぶつかり合う音がした。

 衝撃を完全にはいなしきれず、僕は激しく後方に仰け反った。


 この隙を、彼女ほどの手練れが見逃すはずもなく、身の毛がよだつような勢いで僕に向かって突進してきた。

 だが、それは同時に、僕が反撃するチャンスでもあった。

 僕は、短剣を握っていない方の手で手裏剣を握りしめ、彼女に向かって投げつけた。


 「…⁉︎」

 彼女はかなり驚いた様子でいたが、僕のこの攻撃は、僕が活路を見出すまでには至らなかった。

 なんと彼女は手裏剣を腕で受け止め、そのまま勢いを殺さず突進してきたのだ。

 彼女の剣の突きを僕はなんとか避けたが、避けきれずに右腕にダメージを受けてしまった。

 間髪入れずに彼女は回し蹴りをし、これは僕の顔面にクリーンヒットした。僕は大きく体勢を崩し、彼女は僕の心臓目掛けて剣を一突きした。


 《斎藤氏のHPがゼロになったため、これにてバトルを終了致します。勝者、セレーナ・ユミリウス・ヴィクトリア氏》

 お互いの所持武器が手元に戻り、流れ出た血や、つけられた傷も全て無くなる。

 「…何、あの武器?アリなの?」

 「…手裏"剣"だからアリなんじゃない?実際バトルモードも何も反応しなかったし」

 「まあ、いいや。対ありでした。起きなよ」

 そう言うと彼女は、浜辺に打ち上げられたヒトデのように仰向けになっている僕に、手を差し伸べた。

 「ん、」

 僕は彼女の手を掴み、体を起こした。

 「ありがとう」

 「…それ、よく見せて!!」

 「え?」

 「その、武器!!」

 …手裏剣の事を言っているようだ。

 「はい、どうぞ」

 手裏剣を渡すとセレーナはきゃっきゃとはしゃいで、投げる仕草をしたり、繁々と眺めたりしていた。

 「これ、君が作ったの?」

 「いや、知り合いに作ってもらった」

 「…作った人に、会いたいんだけど、いいかな!?」

 「…今から行くの?」

 「いいじゃん、雪も止んだんだしさ!作った人、どこなの?」

 「今日は中央図書館に行くとか言ってたけど…」

 「そっか…、じゃあ図書館行こう!」

 …普通、図書館といったら調べものをしたり勉強をしたりするかしこまった場所だと思う。このゲームの図書館ももちろんそういった面もある。だけど、セレーナは中央図書館を完全に遊ぶところだと思っているようなので、こんな提案をしているのだ。実際、中央図書館には漫画も多数置かれていて、時間をつぶすのは簡単だし、「走らない鬼ごっこ」という謎の遊びをしたこともある。

 「しょうがないな…、邪魔にならないようにしてね」

 「がってん承知!」

 しかし、そんな僕の不安は一瞬でかき消され、むしろ戸惑いだけが残ることになった。何しろ、当の図書館が、暴漢によって襲撃されていたのだから。

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