第4話


 プロダクション本能寺。プロダクションとはほぼでまかせで名乗った様で本当はスタジオ本能寺らしい。


 「おっせぇよっ!何してたんだよ!」


 キレるヒゲ。


 「いや普通に学校だよ…。格好みたらわかるでしょ」


 学校終わりに真っ直ぐここに来たので制服なのだ。学生なんだから日中は学校にいるのが当たり前でしょうに。このヒゲは何を言ってるんだか。


 「いや、記念すべき初出社なんだから気合い入れてサボって来いよ!」


 「初出社で何でサボんなきゃ行けないんだよ。気合い入れる意味も分からないし」


 「お前の初仕事の為に徹夜してんだぞ!」


 知らんがな。どんな仕事を取ったら徹夜することになるんだよ。


 仕事仕事言ってるが演技レッスンとかしないの?いきなり本番にぶつけるつもりか?


 そんな事を考えていると突然背後から耳元で囁かれる。

 

 「その通りだよ」


 「うわっ!」


 驚きに肩が大きく跳ね、心臓がバクバクいっている。


 え、なに?心読まれた?


 「読んでないよ。全部顔にでてるだけ」


 今はそうかもだけどさっきは絶対読まれると思う。背後からだったから顔なんて見えないし。


 本能的にか半歩後ろに下がる。


 「花、準備はできてるか?」


 煙草さんが背後から突然現れた女性に普通に話しかける。


 会話から聞き取った感じだとこの女性ははなさんというらしい。


 その花さんが右手の人差し指と親指で輪っかを作る。


 「バッチリです」


 「よし、じゃあ行くぞ」


 「え?どこに?」


 「ほら、蓮太郎君も行くよ」

 

 「いや、だからどこに?」


 そのまま手を引かれて本能寺を出て車に押し込められる。


 急な展開についていけないんですけど。本当にどこ行くの?本当にいきなり撮影から入る感じでいくのか?かなりハードなのだが。


 「ねぇ、ちょっと、聞いてる?どこ向かってるの?」


 「うるせぇ!ついてからのお楽しみだ!」


 しつこいオレに怒鳴り返すヒゲ。


 お願いだから教えてよ。心の準備とかあるんだからさ。




 ◇


 某テレビ局のスタジオ。


 忙しなく動き回るスタッフにどっかりと椅子に腰を据えている監督であろう人物。

 

 CMか何かの撮影だろうか。

 

 「よし、蓮太郎いけ」


 「は?」


 耳から入り脳に届いた言葉の意味が理解できなかった。


 いけって、あそこに?CMか何かをオレがやるって事か?マジかよ。

 

 「本当にオレがやるの?何をするのか全く知らないんですけど」


 「コーヒーメーカー社のCMだ。ハンドミルで実際に引いて飲むまでがお前の仕事だ」


 説明が簡素すぎる。


 コーヒーなどの飲料系などは割と頻繁に更新される。それに合わせて新しいCMも撮られるし、最近はキャンプブームが来てるとかで豆だけでなくハンドミルも需要が上がっているらしい。



 「コーヒーねぇ…。それならオレじゃなくてもっと渋いダンディなおじさん、みたいな人がいいんじゃないの?」


 「お前はコーヒーって大人の飲み物だと思ってるだろ」


 疑問に対して全く違う返事が返ってきたが、確かにコーヒーは大人の飲み物だと思う。特にブラック。


 「うん、思う。苦いし」


 正直に思った事を言葉にする。

 

 「でも実際はそうじゃ無い。コーヒーは砂糖やシロップにミルクと自分好みに合わせて調整できる。だから苦いコーヒーを飲んで、顰めっ面して、シロップ入れて味の変化に驚き、もう一度美味しく味わう。それを学生のお前で撮る事でもっと身近な物何だと思わせ興味を引く」


 「結構考えられてるんだね」


 「当たり前だろ。CMで売り出す商品ってのはその会社の様々な重さを背負ってんだよ。今時のニーズに合っているか、開発にかけた時間や資金、その他もろもろな。分かったらさっさと行ってこい」


 有無を言わせずにグッと背中を押し出される。


 重いなぁ。重すぎる。それでもここまできた以上はやらなきゃいけない。やるからには全身全霊でだ。


 重たい足を動かして撮影ステージへ上がる。



 所定の位置、キッチンスペースに立つ。


 息を大きく吸い深く吐き出す。



 「カウント入りまーす!10秒前!」


 スタッフさんの予告からカウントダウンが始まる。


 6、5、4、ー


 近付いてくる。


 1、


 0。



 0になったと同時にカチンコが大きく音を立てて始まりを告げる。



 拙く豆を1、2個ほど落としながらハンドミルにセットしていく。


 豆をセットしたらしっかりとハンドミルを握りしめハンドル部分を回して行く。回転に合わせて中からゴリゴリと豆を挽いている音と感触が伝わってくる。



 自分で挽いた豆でコーヒーを淹れる。漂ってくる濃く深い香りから既に苦い事が伝わってくる。だがそれは顔に出さない。


 カップに注いだコーヒーは他に表しようも無いほどただ黒い。いよいよ試飲だ。


 わかりやすく一息つきカップを口をつけ、目を閉じて、カップを傾ける。


 苦い。ただ苦い思いをするのではなくここでアクションを起こす。


 わかりやすく、しかし大袈裟では無い匙加減で肩をビクッとさせ、閉じている瞼をギュッとしてカメラに映るように口からカップを離して唇を少し山なりにする。


 そこから苦さを押し出した表情をしながら周りを軽く見る振りをして予め用意されていたシュガースティックを投入する。


 CMの時間の関係で混ぜるのは2まわしで止めて再び口元へ運ぶ。


 今度は最初から瞼をギュッとして恐る恐るといった雰囲気を出しながら少しずつカップを口につけ傾ける。


 流れてくるコーヒーはオレにとっては当然の如く苦いままだがそれは押し殺し、まるで急激な変化に驚いた様に目をパッと開きカップの中をじっと見て、今度はそれを穏やかに頬を緩め飲む。



 ここでカットの声がはいる。



 OKがでて肩が軽くなる。


 ささっとステージを降りる。


 「うっわぁ。半端ないブランクからの一発撮りとか気持ち悪ぅ」


 …この野郎。人が緊張で疲労困憊になって無事に初仕事を終えたというのに気持ち悪いだと?そのヒゲ全剃りしてやろうかな。


 「蓮太郎君お疲れ様。凄くて見てて鳥肌立ったよ」


 この感想は上手いって事なのかな。


 「花さんありがとうございます。ヒゲはもっとオレを労って」


 「甘えんじゃねぇ。お前はこんなんで満足していい器じゃないんだよ。」


 「花。映像の出来確認したらすぐ行くから、蓮太郎と飲み物買ってから車行っといてくれ」


 「はーい」


 「後飲み物は必ず建物内の一番遠い所に行けよ」


 「了解ー」


 「えぇ…」


 最後の不満の声はオレだ。何を飲むかも知らんのに何でわざわざ一番遠い所まで行かなきゃならんのだ。


 「蓮太郎君行くよ〜」


 腕を掴まれて矯正連行される。


 もう疲れたんだけどなぁ。



 ◇


 「蓮太郎君て趣味はあるの?」「蓮太郎君はこの業界で目標とかってある?」「ズバリ!蓮太郎君の好きな食べ物は?」「蓮太郎君の好きな異性のタイプは?」


 道すがら凄い質問責めに会いやたら蓮太郎蓮太郎と連呼されて更に疲れ果てて帰る羽目になったのである。


 ちなみに飲み物はオレと花さんの2人分だけ。


 この時間は何だったんだ。

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