第2話

♠♥♦♣

                  








 ―――青い空、流れる綿雲、

春風にも似たこの暖かい若草の匂いはなんだか懐かしい。 


 目の前に広がる風景は、

いつから見たものかぼんやり考えることを止め、体を起こす。




 「寝ていたのか・・・っ!」


 


 痛みが走る方を見ると制服が破れ膝が擦り剥けている。


 よく見ると膝だけではない。

肘や肩、脇腹の辺りまでも服がほつれ砂や泥が付いていた。


 体中の神経が気づいたように遅れて痛みを知らせる。


 


 「っくっそー・・・超絶痛いじゃねーか」




  どこから庇えばいいのか分からずよろよろと立ちがると、


 ようやく青空以外の情報が入ってきた。


 先ほどから寝転がっていた場所は一面が手入れされている芝生が広がり、

その緑の広がりを見渡せば、

星、三日月、丸、針金を無造作に曲げたような変わった形に剪定された木々が並んでいた。


 その先を更に見ようとするも、囲むように一面赤い壁で辺りを閉ざされ、

それ以外に情報を得られるとすれば、

先にみえるこれまた赤く染められた扉くらいだ。


 


「豪邸の庭かなにかか?なんでこんな場所に」




 彼―――ニノマエユウマは記憶を疑い始める。


 


「ん、と。休み時間に寝ていた学校の校舎で確か・・・ウサギを見て・・・」




  記憶が次第に蘇る、校舎の裏庭で一匹の白兎を見かけたこと、

そのウサギが



「どうしよう!?もう時間がないよ!誰でもいいから早く・・・」




 などと言葉を喋り、

こちらに気が付いたと思ったら挑発的な行動を仕掛けてきたこと。




(今思えばウサギがあるはずのない中を立て、普段触ることもないであろう自らの尻をこちらに向け一心不乱に振ってきたのか)



 いや、今そんなこと考えている場合ではない、再び記憶を手探りに探す。


 そのウサギ生け捕りにしようと追いかけ校舎を駆け回り、

木の根元に逃げたウサギは、根の間を通り根の深く穴蔵に逃げた。


 その逃げた穴倉を覗こうとかがんだところ、

何者かに背後から蹴り落とされたのだ。


 穴はそんなに大きなものではなかった。


 それこそウサギが一匹どうにか入れるかの小さな穴。


 それから先のことは思い出せない。


 とにかくずっと落ちて行くかのような、


 何かに向かうようなそんな時間は、

長かったようにも短かったような


 残るのはそんな不確かな確か。



 それで目が覚めたらこれだ、

何が何だかわからないというのはまさにこれだ。


 


「とりあえず人だ。こんだけ立派な屋敷だし、従者の一人くらいはいるだろう。」




 背中に蹴られた感触を再度確かめながら立ち上がり歩きだすと、

先の赤い扉のドアノブに手をかけた。


 中は石畳が乱れなく敷き詰められ、真紅の絨毯が真っ直ぐに伸び、広い廊下に広がる。


 凹凸もない綺麗な石壁が天井高くまで列をなし、


 一定間隔に窓の日のこぼれ日を確認することが出来る。


 だが優しく絨毯に差す日を邪魔するように所々に赤い華が活けられ、

壁には赤く塗られた動物のはく製、

赤い額縁に閉じ込められた風景画、

歩くも歩くもその色は休むことなく視界に入り込んでくるのが煩わしい。


 歩く音さえ赤に飲まれ静寂すら音で聞こえるほどに廊下は静かだった。






 歩く途中何度も扉も見つけ開いてきた。


 だが誰もいない。


 初めは遠慮深く丁寧なノックから小声で挨拶し、

扉の様子を伺うことを繰り返したが、

数えきれない程の扉を開けていたころには礼節など忘れ、

挨拶と共にノックもせず扉を開き歩いていた。 


 同じ場所をぐるぐると歩いているだけなのではないかと自分を疑い始めた時、


 ようやく今までと異なる扉を見つけた。   


 その扉は高い天井に届くほど大きく扉というより門に近いものだった。 


 一通り扉を見渡すと特に気にかけることもなく、

先までのようにその扉を押し開け始めた。


 扉の動かんとする抵抗の地鳴りと共に扉の先で微かだがざわめきを感じる、

誰かがいるのは間違いない。


 その確信が扉を押す力を強くする、扉の向こうの景色を見るより口が先に動いた。


 


「頼もーーう!!!」




  思っていたより声が響いた。


  だが扉の先に向けた訊ねの念をから返ってきたのはきたのは訊ねの念だった。 


  それも数えきれないほどの群集から一斉に向けられた驚きと何かに怯えたような目線それとこいつは誰だという単純な疑念。


 ひとしきり観衆を見つめ、状況の整理もつかぬまま立ち尽くす。


 次第に辺りからざわめきとともに声が漏れだし、声は徐々に大きくなり始めた。


 だがそんなふためきを気にする思いは、

曇天が突風に吹き飛ばされたように一瞬で見えなり、


 そして耳に入る風の音も浚うように彼女の存在は五感を浚い去った。


 目の前に輝くそれに見惚れたからだ。


 現れたのは金色でふわりと背を隠すように腰まで伸びた髪


 小さな頭部の上には大きな白のリボンが結ばれているメイド服なのだろうか


 白を基調としたフリルと膨らんだレースのスカート肘や太ももが見えるが白に包まれながらも肌の色は珠のように白い。


 覗かせる肌を恥じらうように空色と白のソックスが太ももまで上げられ、足首も手首も頭のリボン同様の小さなリボンがあしらわれている。


 その純白は頭の先からローファーの靴先まで油断なく彼女を包んでいる。


 自分が今ままで見たもので例えるなら、


 そう【人形】だ。


 振り返りその大きく動く開く黄昏の色の瞳でさえ、


 それは宝石の輝きで人間なのではないのだと思わせるほどに、彼女は眩しくユウマに映った。




「あの・・・こ――」


 何から聞いたらいいいのか思考が宙に舞ってかえってこない。  


 そして思考もままならないまま異様な情報が迫る。


 彼女は繋がれていた。両手は四角の木で形取られた手枷に留められ、


 天窓から差す光か彼女の白に照らされてからか、脚に繋がれた鎖の銀は鈍く燈かってみせた。 


 気付けば足が勝手に動いていた。

彼女を乱暴に繋ぐそれを許してはならないと体がそうさせる。


 例え状況が分からずともそうあってはいけない。


 微かに何故こんな事態が起きているのか、だれがこんな事したのか


 などと思いを巡らせてはみたがそんなことは今はどうでもいい。


 自分がこれは違うと思ったらそれは違う。理由はそれで十分だった。


 だが彼女への石段に足を運ぶ瞬間に、

怒号がざわめく観衆のざわめきと脚の歩みを地面に打ち付けた。




「捕えよ!アリスの一味ぞ!」




 ハッと我に返り、声のするほうに顔を上げる


 良く見ると金色と白の彼女の陰に隠れて確認できなかったが、


 切り出された石壁から身を乗り出し 細飾を施された石のバルコニーの格子を叩く女性の姿があった。


 驚きと怒りの表情が少し離れたこの場所でも確認できるほどに彼女の表情は歪みに満ちていた。


 しかしその美貌の片鱗は隠せない。


 


 髪は眼前の少女のように長いが頭頂部横で結われ、

サイドテールとも見て取れるその髪は彼女の傍らでしたたかに揺れる、


 金髪の彼女と違いその髪は怒りを大きく表現するがの如く真紅染まり、

力強く傍らに居座る。


 


 その妖美は余すことはなく、結われた髪の反対にはハート型の宝石が装飾された金色に輝く王冠が傾けられていながらも存在を主張していた。


 


 その身に纏う真紅のドレスは露出を隠すこともせず、

大きく膨らんだ胸部の上半分を大きく晒す。


 手すりから見える脚線は怒号にはためき、

白い素肌はいやらしくも可憐に下心を欺こうとした。


 


 だがその気品を裏切るように彼女の振る舞いは乱れ、

辺りは先より増して紅い緊張に飲まれていく。


 ふと物音に気づけば、周囲には真紅の甲冑に身を宿し、


 フルプレートにより容姿を鋼に隠した兵士に囲まれ、


 体を動かす事を許さんと同色の槍が八方から突きつけられていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る