第5話 仲間


「待ってください!」


 どこかへ向かって走っていくセロを追いかけなければならない。ふとそう思い立ったリリーは、急いで後を追う。護衛対象である彼女を独りにさせる訳にもいかず、必然的にアイルも追いかけることになる。


 だが、二人に目をくれることなく、セロは一直線に駆けていく。その先にあるのはあの光を放っている塔だった。


 決してスピードを落とすことなく、スタートダッシュと同じ速度でひたすら走っており、後を追う二人とはだんだんとその距離が開いていく。

 だが、ふと急にセロは足を止めた。


「おい、リリー待て」

「へっ? なんで止まるのよ。追いつかないと。どんどん間が空いちゃうっ」


 息が上がってきたところで、アイルはリリーの前に腕を出し、これ以上行くなと言わんばかりの行動だ。アイルは少しの間、前方を睨んでいたものの、すぐにリリーの手を引いて近くの物陰に姿を隠す。


「ちょっと、どういうこと?」

「しっ……黙ってろ」


 息を殺し、気配を消す。同時にポケットから小さな鏡を取り出し、反射でセロの様子をうかがい始めた。


 足を止めたセロは、すぐさま刀身の長い剣を抜き身構える。すると、塔の方からゆっくりと誰かが近づいてきた。


「どういうことだ……説明しろ、ツヴァイっ!」


 今まで聞いたことのないセロの悲痛な声だった。

 それを向けられたのは、一人の少年。癖のある黒髪に、血のような真っ赤な瞳を揺らめかせながら、ツヴァイと呼ばれた少年は、不気味に白い歯をちらつかせては、にやりと笑う。


「どうもこうもないでしょう? 。僕は与えられた命令に従っているだけだよ」


 ツヴァイの周囲には、黒い閃光のように不定形の存在が動いている。それがジリと音を立てた途端、石で固められた地面を抉り、建物を切り裂き、街を破壊していた。


 さらに、一つの閃光の先には、何かが刺さっている。


「人間の殲滅。それが僕たちベイルに与えられたただひとつの命令……いや、僕たちの存在理由じゃないですか」


 どさりと音を立てて、閃光に刺さっていた何かが落ちた。

 月明かりがそれを照らし、落ちたものが何だったのか嫌でも見せつける。

 それはついさっき、酒場から出ていったあの少年・ルティと、一人の小柄な老人だった。


「ルティ! アドルフ!」


 二人の名を呼ぶが、反応はない。

 腹部に空いた大きな穴からこぼれる血。もう助けられないとすぐさまわかってしまい、セロは膝から崩れ落ちる。


「ああ……兄さんが人間に肩入れしているっていう話、本当だったんですね」


 二つの命を奪っておきながら、ツヴァイはセロの反応にうんざりしたかのように、ため息をついた。だがしかし、まっすぐにセロを見つめて、赤い目を細める。


「ねえ、兄さん。僕はね、与えられた定めに逆らうっていう重罪を犯した兄さんのことを赦してくれるような、そんな世界を作ろうと思うんです」

「……どういう……?」

「気になります? 気になりますよね! 兄さんには教えてあげます」


 無邪気な子供が夢を語るようにツヴァイは言う。


「僕が作りたいのは、ベイルだけの世界。僕たちをただの兵器としてしか使わない月人も、出会えば武器や言葉で僕たちを傷付けてくる愚かな人間もいない……僕たち《ベイル》だけの世界です!」


 その言い方は狂気じみていた。望みを叶えるためにはどんなことでもやる、そう感じさせる。


「そうすれば兄さんはもう、苦しむことはないんです。ベイルの統括管理に追われることも、与えられた命令に頭を抱えることも。ベイルだけの世界になれば、そういうことはなくなる……そんな世界で一緒に暮らしましょう、兄さん」


 さあ、とツヴァイはセロに歩み寄り、手を差し出すがセロはその手をすぐに払いのけた。


「ふざけるな。そんなこと、許されるわけがない!」

「ちっ……誰に許しを求めるっていうんだ。神様がいるわけでもあるまいし。僕たちは与えられた仕事をこなせばいいんだ。そうすれば平和がくるんだから」


 ツヴァイを睨み、セロは剣を抜いた。

 その刃は白く輝きを放ち、夜の闇を切り裂く。

 刃を避けるように、ツヴァイはセロから距離をとるよう後方へ飛び下がる。

 そこへセロは間髪入れずに地を蹴って、着地を狙う。


「っと。単純な動きですね。まあ、初期型ベイルだから仕方ないのでしょうが」


 ツヴァイに武器はないが、黒い閃光を操り、一気にセロへと向かわせる。それをセロは剣一本ですべて切り落としていく。


「ははっ。さすが兄さんです。ベイルのトップに君臨するだけの技を持っていますよね」


 笑いながらもベイルは攻撃をやめない。

 次々に閃光はセロを襲う。同時に街をどんどん破壊していく。

 その異音に気付いた街の人達が、何事かと家から顔を出す。


「はっ、人間がうじゃうじゃと湧きますね。まるでウジ虫だ。気持ち悪い。死ね」


 閃光はひとつではない。

 セロに向けられた閃光の一部が分離し、街の人へ向かって伸びる。


「っ……! こうけん展開てんかい!」


 セロの声で、街の人々を守るよう光の剣が盾のように組重なって地に刺さる。おかげでツヴァイの猛攻を防ぐことが出来たのだった。


「ひいっ! ば、化け物っ!」


 目の前で広がる白と黒の戦い。堪らず出てしまった言葉が、ツヴァイの怒りを増幅させる。


 だが。


 突然、肺まで凍らせるほどの冷気が、ツヴァイの怒りまでも凍らせた。


「ツーちゃん、お待たせぇ」


 フワリと上空から桜色の髪の少女が降り立った。

 短いスカートから生足をさらし、編み込んだようなブーツを履いた少女の足下から広がるように凍り付き始め、セロの足を地面に固定させる。


 足元だけではない。

 一般的な街並みだったジェメトーレ全体が、分厚い氷に包まれた。

 建物の出入り口は固められ、中に閉じ込められてしまった。


「遅いです、ベルティ」

「ごめぇん。なかなか起きないんだもん」


 軽い口調の少女・ベルティの後ろには、ひとりの青年がいる。セロはその姿に見覚えがあった。


「その姿……ザジー? いや、でも彼は俺が確かに眠らせたはず……ツヴァイ! お前……」


 ぼそりとセロからこぼれた名前。それが青年の名前である。


「そうです、彼はザジー。ジェメトーレここで仕事をしていた彼を、兄さんは何度も殺しました。治癒が追い付かないほどに、その剣で何度も胸を刺して。それで眠ってしまった……それっておかしいでしょ? 僕たちは同じベイルなのに。どうして仲間同士で争うのです? 戦う相手は人間のはずでしょう?」


 止まらないツヴァイの語りの後ろで次第に思い出したのか、ザジーの目に生気が戻ってくる。

 のらいくらりとザジーは歩いて、凍り付いている一番近い住宅の前に立つと、そっと触れる。するとそこからメラメラと炎が燃え始めた。


 凍ってしまったために、家から出ることすらできなくなってしまった住民は、突如として現れた炎により焼かれ、悲鳴がこだまする。


「やめてくれ! 中には人がいるんだ!」


 セロは叫ぶ。同時に作り出した光の剣で、ザジーを狙った。しかし、いとも簡単にそれをツヴァイが閃光で止める。


「綺麗ですね、ザジー。貴方の炎は。聞こえますか? この中で人間が綺麗なハーモニーを奏でているのが」

「ハーモ、に?」

「そう。悲鳴のハーモニーです。死ぬ直前にしか聞けない、貴重な音ですよ」


 セロの足元が凍って動けないのをいいことに、悠々とツヴァイは説明をする。

 炎の中から聞こえた悲鳴は、だんだんと聞こえなくなっていくのを、この場にいる全員が感じ取っていた。

 燃え盛る炎。それは一軒の家にとどまらず、隣り合う建物をも燃やす。


 ジェメトーレ全体が氷から一転、炎に包まれていく。

 あちこちで上がる悲鳴。何とか家の外に出た人も、炎からは逃げられず、火だるまになって転げ出ては動かなくなった。


 目の前で失われていく命に、セロは何も出来ない。

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