貴方はご自分の能力を、正確に把握できますか?

エール

第1話 くノ一

 私は、『パルクール』というエクストリームスポーツにはまっていた。


 特別な道具を使わず、自分の体一つで街中にある建物や壁などの障害物を乗り越え、飛び移り、可能な限り素早く移動する。

 始めた頃は思うように体が動かなかったが、一年過ぎる頃には、仲間の誰よりもうまくなっていた。


 きっかけは、とあるテレビ番組での特集だった。


 本場フランスで活躍する『プロ』のチームが実践するそれは、まさに現代の『忍者』だった。

 風のように疾走し、壁から壁へと飛び移り、金網を乗り越え、数メートルの高さから着地し、転がり抜け、立ち上がり、そしてまた走り出す。


 似たようなエクストリームスポーツに『フリーランニング』というものがあるが、こちらは移動の間にバク転や宙返りを挟むなど、より演出性を追求している。

 それよりも移動効率のみを追求した『パルクール』の方が、私の性に合っていた。


 私が所属しているチームは、同じ高校の男女五人で編成されており、その派手なパフォーマンスにより、地元では (いい意味でも、悪い意味でも)そこそこ注目される存在になっていた。

 そんな中、最年少ながらチームのエースに抜擢された私は、調子に乗り『パルクール』において禁忌とされる『命を危険にさらす』技に挑んでしまった。


 隣接するビルの屋上から屋上へと飛び移る。

 その距離は約五メートル、高さも三メートルほどの差が存在する。

 助走を付ければ、高い方から低い方へと飛び移ることは困難では無いはずだった――その二つのビルが七階建てと六階建て、つまり『落ちれば死ぬ』という条件にビビることがなければ。


 天候は晴れ、体調も万全。

 仲間がビデオカメラで撮影する中、私はパフォーマンスを実践した。


 恐怖心を押さえつけ、助走を開始し、スピードをMAXに高める。

 右足で思いっきりコンクリートの地面を蹴りつけ、跳躍する。

 これ以上無いほどの会心のジャンプで、後は隣のビルへの着地を決めるだけ――そう考えた次の瞬間、目の前を焦げ茶色の物体が横切った。


(えっ……鳥?)

 その物体は私の顔面をまともに直撃した。


 一瞬、意識が飛びそうになった。

 なんとか持ち直したものの、とんでもない状況に陥った事に気づいた。


 体がバランスを失い、後方に倒れかけている。

 視界から、着地すべき隣のビルの屋上が消え、代わりに眩しい太陽が目に飛び込んできた。


(えっ? これって……)


 そして鈍い音と共に、壁面に激突するのが分かった。

 腕を懸命に動かすが、何もつかめない。


(えっ? えっ?)


 視界の左右に、ビルが勢いよく『生えて』行く様子が見えた。

 青空の面積が、急速に狭まる。


(これて、落ちて――)


 そして視界が大きくぶれ、意識が途絶えた。


 ――気がつくと、人混みの中に立っていた。

(……なに、ここ……)

 まったく状況がつかめない。


 周りの人たちは、ほとんど私に気を止めることなく歩いている。

 その姿は、自分の目からは異質に思えた。

 女性は色とりどりの古風な着物で着飾り、髪も結っている。


 男性も和風の着物を着て、時代劇に出てくるような袴を身に纏っており、なにより頭には『まげ』が乗っている。


 建ち並ぶ家々も日本家屋ばかりで、コンクリート製の建物は皆無。

 道路は舗装されておらず、赤茶けた土だった。


 そして自動車やバイク、自転車と行った乗り物も一切存在しない。

 行き交う人々は皆、ワラジか下駄を履いている。


(何かの映画の撮影にまぎれこんだのかな……いえ、そもそもなぜ私は生きている? まさか……これが『あの世』というやつ?)


 自分の身なりを確認してみたが、私も着物を着ている。

 鏡がないのでよく分からないけど、髪はポニーテールのように後でまとめている。

 わけがわからず、道の端、古い建物の側でぽけーっと立ち尽くしていた。


 ふと、視界の左側に、うっすらとなにやら絵文字のような物が見えた。

 そこに意識を集中すると、突然、ゲームのウインドウのようなものが開いた。

 半透明で、視界の八分の一ほどを占める。

 そこに書かれている文字は、


     職業 : 忍者 (くノ一)

     階級 :  1

     生命力: 80/80

     妖力 : 50/50

     俊敏 : 95

     筋力 : 80

     器用 : 60


 となっており、さらに「生命力」と「妖力」にはグラフィックバーが表示されている。

 さらに、「その他能力」欄に意識を集中すると、


     技能段位

     投擲:3

     太刀:3

     弓 :1

     軽業:5

  特殊技能

     妖術:火炎、雷撃

     鑑定、変り身、遁術


……など、事細かに値が設定されている。


(……これは、ゲーム!? いよいよ話題の『完全仮想環境』が実現したの? ……いえ、単に夢を見ているだけのかも……)


 そう考えた私は、ベタだとは分かっていたが、自分のほっぺたをつねってみた。

 普通に痛い……。

『夢』ではないようだけど、『痛みを感じる完全仮想空間ゲーム』かもしれない。

 ……けど、なんで?


 こんなゲーム、購入した覚えもないし、それどころか発売されるという情報すら聞いたことがない。

 やはり、あのとき死んだのかもしれないけど、「あの世」にしてはサイバーすぎる……。


 ウインドウに意識を集中し、片っ端から開いてみるも、現在の状況や、表示されている各数値の意味を教えてくれるような解説文は存在しなかった。


 あと、この手のゲームに必要な『所持金』の項目が無いのも気になった。

 全身のいろんなところをチェックしてみると、腰に紐をぶら下げており、そこに小銭を数十枚通している。時代劇とかで見たことのある、一文銭だ。


(ええと……これって、時代劇物のゲーム? うん、なんとなく日本の江戸時代っぽいし、そう考えると、なんでこんなのプレイしているのか分からないけど、納得がいくような……)

 無理矢理にでも解釈しないと、おかしくなりそうだった。


 とりあえず、ここにぼーっと立っていても事態は進展しない。

 おなかも減ってきたことだし、とりあえず道なりに歩いてみることにした。


 十分ほど進むと、大きな鳥居が見え、多くの人が出入りしている。

 祭りでもしているのか、出てくる子供達は何か袋を抱えて嬉しそうにしている。


 なにやら香ばしい匂いが漂ってくる事もあって、私はフラフラとその鳥居をくぐった。

 しばらく砂利道を歩くと、また大きな鳥居が存在する。ずいぶん規模の大きな神社のようだ。

 さらにそれをくぐると、ただっぴろい神社の境内に出た。


 何か食べ物を売っているような屋台も見受けられるが、もっと奥に、白い着物と赤い袴の、いわゆる巫女さんの姿が見えた。

 屋根付きの建物で、何か商品を台の上に並べて販売しているようで、二,三人の巫女さんに対し、客は十人以上並んでいる。繁盛しているようだ。


 その巫女さん達が頑張っている様子に惹かれて、おなかが減っているのも忘れ、私はまたフラフラと歩き出した。

 建物の前に立つと、ちょうど並んでいる人が途切れ、客は私だけになっていた。


「いらっしゃいませ。お札をお求めですか、それともお守りですか?」

 ……接客をしてくれたのは、かわいい巫女さんだった。


 歳は私と同じぐらい。

 髪は短めで、後で綺麗にまとめている。

 かなり小柄で、身長は150センチに届かないぐらい。


 スリムな体型ながら、胸はちゃんと出ている……って、私はなにをチェックしているのだろう。

 目はぱっちりと大きく、全体的な印象で言うと『子猫』っぽい。

 そんな子が笑顔で話しかけてくれる。


「……お客様?」

 はっ! いけない、何か言わないと。


「えっと、あの……初めて、この神社に来たので、何を買えばいいのか、よく分からなくて……」

「あら、そうだったんですか。今、ちょうどこの『豪炎大社』ではお祭りをしていまして、こちらのお札が御利益が……」


 その間も話半分しか聞いて居らず、彼女の顔を眺めていた……彼女の神秘的な瞳に、意識が吸い込まれるような感覚を覚えていたから。

 ……ふと気がつくと、彼女の方も、私の目をじっと見つめていた。


「……ひょっとして、貴方はご自分の能力を、正確に把握できますか?」

 何か期待を込めたような、そしてさっきまでの笑顔とは異なる、真剣な表情だった。


「能力……ああ、このあたりに見える、生命力とか妖力とかの数値のこと?」

 彼女が、いわゆる『NPC』かも知れない、それならパラメータの意味は分かるだろうと思ってそう告げてみた。


 すると彼女は笑顔に戻り……それどころか、涙をぽろぽろと流し始めたではないか。


「やっと巡り会えた……お待ちしておりました、『倭兎神わとのかみ様の御名代ごみょうだい』……」

 涙声でそう語りかけてくる。

 その意味はよく分からなかったけど……ゲーム序盤なんかではたまにあることだ。


「ミヨちゃん、あとお願いね。私、この方を兄のところにご案内するから……」

 すぐ隣で私達のやりとりを聞いていた巫女さんが、声を掛けられて頷いた。彼女も事情を知っているようだ。


 そして『子猫顔』のかわいい巫女さんは、私の手を取って神社のさらに奥へと案内してくれた。


(これって、イベントが進んだ……の? それにしても……)


 これがもし仮想空間だとするならば、その技術はすさまじいものだ。

 彼女とつないだ手からは、暖かさと柔らかさまで感じてしまったのだから……。

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