第16話

 トイレ飯は何故かこの【四番目の隣人】というワードを聞くと、決まって機嫌が悪くなる。事件との関係は無さそうだが、エクボはこれはこれで少し気になっていた。



「ともかくとして、そのジャパネット的な奴に話を聞かないことには進展もしないだろう。それが無理なら、事件にはこれ以上突っ込まないほうが身のためだぞ」


「うー……」


 呻くエクボは、尤もな正論を言われて返す言葉を失ってしまう。


「じゃ、お先。話が聞けたらまたオカズを持ってこい」


 バタン、という音と壁に振動を与えてトイレ飯は去っていった。

「ぐぬぬ……、調子に乗りおって……」


 と強がって見たが、エクボに人見知りは治せないのであった。



「エクボ!」


 旧校舎を出た所でエクボはムシロに呼び止められた。


「あ、ムシロ」


「『あ、ムシロ』じゃねぇって! あんたさぁー、一体どこで飯食べてんの? 毎日毎日昼休みだけいないけど……」


 そう言いながらムシロはエクボが出てきた旧校舎を見上げた。


「ま、まさかと思うけど……。怪談トイレで一人飯してるとか、ないよね?」

「くく、くくくく……」


「お、おお……、わわかった。もう聞かない」


 ムシロがエクボの闇を感じている時、彼女の脇を女生徒が通り過ぎ、ムシロはその女生徒を目で追っている。


「どうしたの?」


「なんだあのグロス……」


 グロス? グロスというと、綺羅ぴかり(声優)のデビュー作『お寿司ロボ 海老グロス』のこと? などとエクボの心を覗き見、あまつさえ代弁までしてしまった私自身を呪いたい。


「あのさー!」


「ちょ、ムシロ!」


 女生徒を大声で呼び止めるムシロにエクボは狼狽えた。


「そのグロスって、どこの奴ー?」


 ムシロの急な問いかけに女生徒は、一瞬戸惑った様子を見せたが、ムシロのフレンドリーな印象に「パンマンアンで買ったんす」と答えた。


「えーー! マジでぇー! あっちも買いに行こっかな!」


 なんか良く解らないが悔しがるムシロを見て、エクボの頭に電球が光る。なにか閃いたようだが、それにしても古い表現である。


「あの、ムシロ!」


「ん、なに?」


 エクボはタブレットを指でささっと操作すると、画面を見せた。

「なんだこれ……? えっと、『聞き込みを手伝ってほしい』? ああ、いいよ。

 っていうか、そんくらい口で言えよ!」


 そう叫び、エクボの喉を手刀で突いた。




 旧校舎技術室。


 ムシロはエクボに頼まれてすぐここに訪れていた。

 

 といっても、ムシロは数週間前にこの場所で何時来と最後の時を過ごしている。


「……」


 流石に何時来のことを思い出すと、ムシロは無口になる。だが同時に何時来に対して『必ず犯人ぶっちめてやるから』という決意もまた強くなるのだった。


 技術室のドアはなんの抵抗もなく開いた。やはり、あの日と同じである。


 

「すんませぇん! 高高田って人いるー?」


 緊張感のない言い方で、エクボは誰もいない技術室に呼びかけた。


「…… 誰もいないなら、勝手に入りまーす」


 ムシロがずかずかと技術室に入ってゆくが、やはり人の気配はない。


「そりゃそうか。昼だもんね」


 ふぅ、と窓から覗くグラウンドを眺めると、あの事件以来休み時間をグラウンドで過ごす生徒はやけに減ってしまったことに気が付く。


「誰に殺されたんだよー……。何時来」


 窓際の棚の上、腰ほどの高さの棚。その上に両手を突いて見詰めると、ムシロは切なさと寂しさ、虚しさがまぜこぜになったものが心に渦巻く。

 思わず無意識に涙ぐむ目元を左手で拭うと、埃が目に入り痛みが走った。


「てっ!」


 何事かと拭った左手の掌を見ると、埃で灰色になっていた。


「うっわ! なんだこれ! この棚埃だらけかよ!」


 慌てて服の裾で目を擦るが涙が止まらない。


「ちっくしょー! 目薬目薬……」


 コンタクトであるムシロは、常備している目薬を右ポケットから出すと、キャップを開けた。


「はっ、しまった!」


 思わず急いで目薬を出したものの、右手も埃まみれではないのか?

 そう思ったムシロは右手の掌も広げて見た。


「……あれ?」


 左手に反して右手は綺麗なものだった。


 おかしく思ったムシロは、さっきまで両手をついていた棚の天板を見下ろした。


「なんだこりゃ」


 目で見て分かるほどに灰色の埃だらけではあるが、大きく楕円を描いてそこだけ綺麗な場所があった。


 おそらく、最近までそこになにかが置いてあったのであろう。それをここから移動させたため、楕円の中だけは埃がなかったのだと思われる。


「なんだよ、全く。痛て……」

「僕様の技術室になにか御用かな」


 目薬を差しているムシロに話し掛けてきたのは、高高田だった。目薬を差した片目をつむったまま、ムシロは見たことのない顔に「あ、どーも」と適当な挨拶を飛ばす。


「昼に来るなんて、珍しいな」


「あれ、初対面じゃなかったでしたっけ?」


「いや、いいんだ」


 高高田は、キョロキョロと見渡すと「君ひとりかい?」と尋ね、ドアを閉めた。


「そっすね。ちょっと聞きたいことあって来たんすけどー……」


 飄々と切り出す。

「お昼休み、あと5分で終わるけど?」


 答えてもいいけど、すぐ時間終わるよ。というニュアンスの口調で高高田が返事を返すと、ムシロは「あ、大丈夫っす」と軽い感じで言った。


「そうかい。わかった、どうぞ」


「あー……、あのさ。高高高先輩って」


「高高田だ」


「その田先輩って、こないだ死んだ『奏寺何時来』って女子知ってるっすか?」


 ピクリと、耳が動いたがこれと言ってリアクションもせず、高高田は「知らないなぁ」と答える。


「うっそだあ! 絶対知ってるって! なんかそんな感じだもん!」


 予想外の乱暴なリアクションに思わず高高田は「な、なんだこの理解不能の知的生命体はっ!」と困惑気味に叫んだ。


「なあ、頼むよ! あっちさ、何時来を殺した犯人を捕まえたいんだ! あいつはすっげぇ嫌な奴だったけど、根はいい奴だったからさ……、だから頼むって! なんでもいいからさ!」



 ムシロは必死になって高高田に縋(すが)って頼み込んだ。彼女にとっては勘だけの根拠のないものだったが、その勘は中々命中率は良かったようだ。


「うう、分かった……。分かったって!」

 目をぐるぐるさせた高高田はたまらないと言った様子で叫ぶ。高まったムシロに肩を掴まれぐるんぐるんと揺さぶられていたようだ。



「…… 奏寺くんは僕様に好意的な感情を脳下垂体周囲に約0.0001ミリの膜を作り、僕様という個体をαとした時に自らをβまたはΘとして……」


「???」


「そうした場合に惹かれ合う性質であるβ+は、αの遺伝子情報を求め抗体作用をごくわずかではあるけれど、弱体化させることがある。この場合の弱体化というのは、ネガティブな意味ではなく、あくまで……」


「ねぇ」


「マイナス遺伝子をyと定義しておけばxの奏寺くんのおっぱ…… ん、なに?」

「飼いたてのインコくらいなに言ってんのかわかんなかったんだけど、つまり何時来のことが好きだってこと?」


「やまと隕石!」


 図星乙……、という感じである。


「そそそ、そんなことはアルパアジールがソロモン宙域の……」


「もういいって! 別に笑ったりしないから教えて! 何時来はあんたが好きだってこと知ってたの!?」


「……ッ!」


 汗をだらだらと流しながら、黙ってコクコクと頷いた。


「こ、これ……」


 高高田は、ポケットからスマホを取り出すと、何時来がふざけて高高田とツーショットで自撮りした画像を見せた。


「き、きっと僕様と奏寺くんは惹かれ合っていてぶつぶつ……」


 怖っ。


「この画像、あっちのLINEに送ってよ!」


「そそそんな、恥ずかちい」


 突然のムシロの指示に、思わず高高田は『恥ずかしい』の『し』を噛んでしまうほど同様した。


「いいから! これを見せたい奴がいるんだから早くしろよ、昼休み終わるだろ!」

 すっかり高高田が先輩であることを全無視し、ムシロは急かした。


「わ、わかった! わかったから……!」


 最初に登場した時のミステリアスな感じはどこへ。


 ムシロの目の前で画像を送信させたのを確認するのと同時に、昼休みの終わりを知らせるチャイムが鳴るのだった。


 

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