第14話

「君を殺した淫売女は僕様が殺してあげたからね……」


 高高田の見詰める先には、女性のバストアップを形どった、なんだかよく分からないロボの置きもの? であった。


「君のためならマッドサイエンストにもなっちゃうよ……! そう、天才の僕様にだったら……、君を生き返らせることも出来るかもしれない! プログラムだけど!」



 なぜこの高校は、怖い生徒しかいないのだろうか。


 化学部の白衣を翻(ひるがえ)し、高高田は独りきりの部室でキャッキャッと割と高い声で笑うのだった。

 それはそうと、エクボには気になっていることがあった。


 気になっていることとは、零島の行方だ。



 由々実が飛び降りて死んだあの日から、何故かその姿を消している。教師からも大した説明もない上に、零島の教育実習の期間はまだ終わっていないはず……。


「イケメン! イケメンが消えたァァア!」

「わしのイケメン、イケメンはどこじゃァアア!」

「イケメンこそ正義! イケメンこそ秩序! イケメンこそ世の中の理でごわす!」


……などと、一部の女子生徒からは狂ったクレームも付いたが、学校側は「実習終了」という回答しか出さなかった。

 そういうこともあり、エクボが零島を不思議に思うのは仕方がないことでもあった。


「零島……って、羽根塚とデキてたんだよな」


 丁度エクボが零島のことを考えている時、ムシロがそんなことを教えてくれた。


「え、デキ……な、なんて??」


 そう、喪女でバージンなエクボにはデキてたの意味が分からないのだ。なんてったって、赤ちゃんはコトリバコに入ってやってくるという、とち狂った正しくない知識しか持っていないからね!


「こないだ、ああ……、あの事件の時あたしたち見たんだよね。零島が羽根塚を訪ねて保健室に来たのを。あれって絶対普通の仲じゃねーよ」


「羽根塚先生と零島先生が……」


 エクボは思考の部屋で整理をしてみた。


――羽根塚先生が死んだ日、零島先生がいなくなった。トイレ飯の推測によると、羽根塚先生は部活室にアヤカシユメカゲを書き、ムシロと何時来を眠らせたけど殺してはいない……?



「ムシロ、あの…… 変なこと聞いてもいい?」


「んあ? なんだよ」


「何時来が死んだ日、ムシロになにがあったの?」



 エクボが尋ねると、ムシロはスティックバーを咥えやや卑猥な感じの顔を、ゆっくりとエクボに向かせる。


 そして、エクボの事を不思議そうな顔で見つめた。

「あ……、ご、ごめ。やっぱ変だよね、私みたいな青空合唱団ハレルヤ(アニメ)のことを一日24時間中21時間考えてるような、腐った女は42歳で鶏肉に当たって苦しんだ挙句に死ねばいいんだよね」


 くくく、くく……。と笑うエクボのおでこに、ムシロはバチン、と指を弾いた。


「いたっ!」


「バァカ。そんなこと思ってるわけないじゃん。確かにその青空合唱団ハレルヤとかいう奴を21時間考えてるエクボのことは気持ち悪いとは思うけど、だからって嫌いになったりするわけないよ」


「ほ、ほぇ?」


「それよりあっちは嬉しいの!」


 嬉しそうにニッカリとムシロは笑った。

「あんたがその気になってくれるなら、あっちも心置きなく動ける!」


「え? え?」


 いまいち状況が把握できていないエクボは、楽しそうなムシロを見てカクカクとした動きをするしかできない。



「貉兄と三人であの事件について話そう! あっちの分かることは全部話すからさ!」


「え、え……でもなんで」


「水臭いなエクボ、あっちら友達じゃん! それにあっち一人でなんかしようと思っても、バカだからなにしていーんかわかんねっし」


 スティックバーを全て口に押し込め、ムシロはエクボの背を一度強く叩いた。


 放課後、エクボとムシロは貉の家を訪ねた。


 当然、自宅待機の期間が解けた貉は平日の17時に居るはずがない。



「おお、ムシロにエクボか。入れ入れ」



 いたーーーー!


 何故か平日の夕方に自宅にいる貉が促すままに、二人は室内へと入った。


「コーラとライトコーラと、あと、コーラ……。どれにする」


 全部コーラだがとりあえずムシロはライトコーラと、エクボはコーラを頼んだ。


「あ、すみません……」

「んで、やっぱり来たか!」


「……へ?」


 貉のドヤ顔に困惑気味のエクボは、思わずムシロを見る。ムシロもドヤ顔だ。流石兄妹、瓜二つである。



「ムシロと言ってたんだよ。エクボはきっと事件解決しようとするってな」


「え、ええっ! 私なんて超ネガティブなうんこなのに……」


「そのネガティブなうんこがポジティブなうんこになるじゃねーかって。ムシロの為にあんだけ動いたんだから、多分最後まで首突っ込むんじゃないかってさー」


 あ、うんこは変わらないんだ。


「で、でも、これは……、ムシロが事件をはっきりさせたいって……」


「そうだとしても、普通は嫌だって言うって。けどエクボはここに来たろ?」


「そ、そうなのかな……」


 ここで普通なら照れ笑いの一つでもぶちかますのだろうが、そもそも人付き合いがほぼ皆無のエクボはどんな顔をすれば分からない。綾波的なやつである(二回目)


「くく、くくく……」


 結果、この笑い方になる訳だ。



「……ありがと、エクボ」


 ムシロのお礼に、エクボは少し大きめの声で「くく、くくく……」と笑うのだった。

 三人がいい具合にコーラを飲んだ頃、貉が改めて話を切り出した。


「さあ、じゃあまず奏寺何時来殺しの当日の情報から交換しよう」


 貉は刑事らしく手帳を取り出し、ペンを宙に泳がせた。


「俺達が一番分かっていないのは、《あの日、何があったのか?》だな」


「それ分かってたら事件解決じゃん!」


「お前アホか! そういうこと言ってんじゃねーってバカ! お前の話を聞いてんだよ、お前の! いいから話せデカ女!」


 なにか言い返すと思われたムシロだったが、どうやら貉の放った『デカ女』というフレーズに傷ついたらしい。

「うう、デカ女……」


「ムシロ、あの日…… コンビニに行ったよね? これさ」


 エクボがタブレットに保存したレシートの画像をムシロに見せると、ムシロは「そうそうこれこれ!」と手を叩いた。


「どこにあったのこれ?」


「職員校舎の廊下で拾った」


「え!? 職員校舎?!」


 オーバーに驚くムシロに、エクボは不思議に思った。


「なんで? どこで落としたのこれ」


「落としたっていうか、放っておいただけだけどさ。あっちら、職員校舎になんか行ってないからさ」

「ああ、そういえばお前、職員校舎で発見されたんだよな」


「うーん……それもあんまり覚えてないんだよね。起きたら病院のベッドでさ、急性アルコール中毒とか言われて。全く身に覚えがないんだよね」


 酒……。注射、とか?


 エクボの脳裏にトイレ飯の言ったワードがアイテムのように浮かぶ。


「職員校舎には行ってないって言ってたけどさ……、じゃあどこにいたの?」


「技術室だよ」


「技術室?」

 技術室と言えば旧校舎の一階にあり、主にロボット的なものを作ったり、なんか機械的なまぁ技術的なものを作る技術部の教室だ。


 そういえば、思わせぶりにさきほど登場した高高田は確か技術部と化学部の部長だったはずである。



「でも、なんで技術室なんて……」


「いつもあそこ決まって鍵開いてるんだよ。それを知ってた何時来がたまに放課後あの教室でダベったりしてんだよ」


「え、けど……、それならそれで技術部が部活してるんじゃ……」


「滅多にしてないんよねー。聞く話によると部員が超少ないから、って何時来が言ってた」

「部員が少ないって言っても、あんまり少ないと部として認定されないだろ? 俺の時から圧倒的に人気無かったぞ技術部なんて。

 よく廃部にならずにあるな」


「そ、それは多分……、高高田先輩が部長を兼任してるからだと……思います」


 エクボの口からまさかの高高田の名。


 ムシロと貉の二人も聞いたことのない名前に、同じようなリアクションで止まった。



「有名な人ですよ……、私みたいなネット廃人には。あの人は《天才》だって」


「よくわからんが、兼任しておけば別段予算も使わないのなら廃部にする必要はないわな」


 そう言って貉はテーブルに置いたコーラを飲み干した。

「とにかく、何時来はなんかある度に技術室をたまり場にしてた。あの日も、そのレシートにある通りジュースとお菓子的なものしか買ってない。大体、どんだけあっちらが馬鹿でも学校で酒飲んだりしないって」


「……だよね」


 くく、くくく……。そう笑うエクボはこれでも安心しているらしい。



「それならなんでアル中状態で寝てたんだよ」


 貉の問いに、ムシロは少しモジモジとはっきりしない態度を見せた。


 その態度から、余り答えたくなさそうだということだけは分かる。


「言えよ! 進まないだろ」

「……バケ」


「はあ?!」


「オバケ……見た」


 ムシロの告白に貉とエクボは溜息を吐き、肩を落とした。


 というのも、ムシロは極度の怖がりでその類のものに遭遇すると、すぐに気を失うのだ。何時来がエクボに盗撮だといいがかりをつけた際、それが心霊写真だと返した時にもムシロは失神している。


 だが、問題は幽霊の類を見た時に失神する…… というより、《怖いと思ったら失神する》が正解なのである。つまりは、思い込みでよく失神するのだ。


「どうせ見間違えだろ?」


 エクボも明らかに嘲笑するように見下す。

「ち、違うって! ちゃんと声だって聴いたし! なんだっけ、《あやましゆめかせ?》なんかそんな感じの言葉!」


「あやまんJAPAN?」


 おおう、兄妹でダブルボケだ。


 ボケボケの兄妹の手前、顔色が変わったのはエクボだ。二人が聞こえの似ている言葉の応酬をしているところに、エクボは割った。


「アヤカシユメカゲ」


「ああっ! そう! それそれアヤマシメメサゲ!」


 悲しきかなそれでも言えぬ教養の無さよ。


 ともかくとして、エクボの言った言葉は的中した。

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