第29話


「俺にもその配信を見せてくれ!」

「僕にも!」

「あたしが先よ!」

「おい、こっちが先だろうが!」

「金は余分に払うから、まずわしに見せてくれ!」

『キイイイィィッ!』


 都の一角の路上では、それまでほとんど人がいなかったにもかかわらず、嘘のように人だかりができていた。


 集まった彼らの目的は、宙に浮いたイービルアイを近くから覗き込んでマジカルユーチューバーの配信を視聴することであり、その足元にいるエシカテーゼとジャフが群衆を宥めるのだった。


「ほらほら、そこ、割り込まないの! 見たくて見たくてしょうがないのはわかるけど、ズルしないでちゃんと並んでよね!」

「そうそう、どっちにしろ、ある程度目玉に近づかなきゃ配信なんて見られねえぞ。そんなに見たきゃ並べ。一度でも見たら死ぬほど驚くぞ? なんせ、『深淵の森』で今とんでもないことが起きてんだからなぁ。そういうわけだからお前ら、ちゃんと並んで一人銅貨5枚よこせや!」

『ヒィッ……』


 蛇男ジャフの威嚇の効果は、その見た目が怖いのもあって非常に大きく、彼よりも断然強いエシカテーゼが注意するよりも効果覿面であり、一つの場所にこれだけ人が集まっているにもかかわらず大きな混乱にならずに済んでいたのである。


「へへっ、儲かりまくりだぜ! トモアキ様様だな!」

「トモチカ様でしょ!」

「いや、待て、トモチカじゃなくてトモノリだろ……いでっ!? て、てめぇだって間違えてるくせに股間を蹴るな!」

「粗チンだからその程度のダメージで済んでるんだから、神様に感謝しなさい!」

「こ、こいつうぅ……!」

『ププッ……!』


 エシカテーゼとジャフのやり取りが面白かったのか押し殺すような笑い声も上がり、人々はさらにその場へと引き寄せられていった。


「――いたぞ、あそこだっ!」

『ザワッ……』


 だが、それも長くは続かなかった。騒ぎが起きているのを知った兵士たちが駆けつけてきたのだ。その先頭に立った勇ましい表情の女が凛とした声を上げる。


「おい、貴様ら、こういう公共の場所でのマジカルユーチューバーとしての活動は、特権でもなければ禁止されているのは知っているだろうな⁉ 王族のお抱えというのであれば今すぐ証明書を出すのだ!」

「まずい、ずらかるわよ!」

「お、おう……って、逃げるの早っ! 俺を置いていかねえでくれよおおぉっ!」

「二人とも逃げたぞ、追えっ!」

『はっ!』


 群衆の中に紛れ込むようにして逃げるエシカテーゼとジャフを追いかける兵士たちを尻目に、背の高い兵長の女が残されたイービルアイを覗き込む。


「これだけ騒いで、一体どんな配信を見ていたというのだ――って、こ、これはっ……!」

「イリア様、どうなされました?」

「……ひゃ、百聞は一見に如かず、だ。お前も実際にその目でアレを見てみるがいい」


 イリアと呼ばれた兵長がイービルアイを指差し、部下に視聴を促してみせる。


「え、イービルアイはもう瞳を閉じていますし、配信自体既に終わってしまっているのでは?」

「それはそうだが、目を瞑った状態のイービルアイは、ことが済んでいても直近の配信が見られる仕様なのだ」

「へえ、イリア様、お詳しいですね。さすが、今や立派なマジカルユーチューバーとなられたルディア様の右腕だっただけあります。確か、ルビエス騎士団の元副長でしたっけ?」

「ほほう、勉強熱心じゃないか。よく知っているな。古臭い考え方しかできない騎士団の連中は、配信という行為もそれを見るのも魔女のやることだと忌み嫌ったが、ルディア様は間違っていなかったはずだし、私自身不服を申し立てて地方の都こっちへ左遷されてきたが悔いはない。時代は変わるものなのだ……というか、さっさと配信を見ろ!」

「はっ、も、申し訳ございません――って、こ、これは……!」


 イービルアイを覗き込んだ兵士の目がカッと見開かれる。


「どうだ、驚いたか?」

「……お、驚くも何も、人間のなせる行為だとは到底思えませぬ。怪物級どころか、それよりずっと上のクラスでないと説明がつかない、異次元の強さかと……」

「うむ。今すぐこのイービルアイをに届けるのだ」

「はっ!」

(これは、とんでもない逸材だ……。あの方もさぞかし興奮なさることだろうし、マジカルユーチューバーの地位もこれで一層安泰になるはずだから、涙もろいルディア様もどこかで泣きながらお喜びになられていることだろう……)


 遠くを見つめるイリアの口元が思わず綻ぶのであった。




 ◆◇◆◇◆




「――はあ……」


 艶のある家具や高級感のあるベッド、美しい絵画や複雑な模様の絨毯に加え、豪華絢爛なシャンデリアが彩る高貴な部屋にて、複数の浮いたイービルアイに囲まれた少女が、中央のソファに座って気だるそうに溜め息をつく。


(お勧めされた配信を全部見てみましたが、どれもこれも、大したことはないですわね。まったく。これではいずれマジカルユーチューバーを見放す王族も増えそうですし、擁護派のわたくしの立場まで悪くなりそうですわ……)


「――姫様っ!」

「…………」

「姫様、いらっしゃるのでしょう⁉」

「……爺。今、わたくしは気分が悪いんですの。あとにしてくれませんこと?」

「それが大変なのです! 未だかつてない配信をお見せしたいという――」

「――またですの⁉ もう結構ですわ。いつもそうやって大袈裟に言ってきますけれど、実際に見たらとてもがっかりするものばかりですもの」

「それが、イリアどののお勧めでして……」

「イ、イリアですって⁉」


 イリアと聞き、血相を変えて立ち上がる少女。


(イリアといえば、あの恥さらし……いえ、ルディアの右腕だった人物ですわね。マジカルユーチューブに好意的でありながらも、敬愛していたルディアが追われた原因であることから、それに対して簡単には認めない厳しい見方もしているという人物。そのイリアが推薦するのなら、相当なものかもしれません……)

「姫様――」

「――入りなさい」

「ふぁっ⁉」


 少女は興味津々の様子で自ら扉を開け、年老いた執事を部屋へと招き入れる。


「これが、例の配信が見られる目玉ですのね」

「そうでございます。是非とぞご覧になられてください、姫様……」

「コホン……。そんなのわかっていますわ。わたくしを誰だと思っていますの? マジカルユーチューバーの立場がここまで向上したのも、わたくしラビアン=ルビエス――この国の第三王女の存在があったからこそですわよ?」

「その割りに、今まで配信をご覧になるのを渋られておられたような……」

「そ、それは、こういうのを見すぎて目が肥えたからこそですわ。さあて、どんなものか拝見するといたします」


 ラビアンと名乗った王女は、受け取ったイービルアイをすまし顔で大きくしてみせると、それを覗き込んで早々に酷く興奮した様子で目をぎょろつかせることになった。


「な、なななっ、なんですの、この配信は……! す、素晴らしいですわ。あ、あああっ、あの【七大魔境】の一つ……し、『深淵の森』を、お、お散歩みたいに、い、イヌじゃなくて、モンスターを引き連れて、それも、大量に……」

「姫様、どうか冷静になってください……」

「わ、わわ、わかっていますわ! わたくしを誰だと心得ますの⁉ ら、ラビアン=ローラ=ルビエスですのよ? この国の、第三王女ですの、よ……?」


 最早、目の焦点が合わないのかしばらく泳がせたのち、ラビアンは倒れた。


「ひ、姫様っ⁉」

「……だ、大丈夫、ですわ。そ、それより、この配信をされた方を、ここに連れてくるように、今すぐ手配しなさい」

「かしこまりました。姫様の仰せのままに」

(……嗚呼、ようやくわたくしの王子様が見つかったのですわね。これでマジカルユーチューブ反対派の石頭な連中もしばらく黙らせることができそうです。あぁん、わたくしの体までお望みですこと? だ、ダメですわ、それよりまず、ベーゼが先ですことよ……)

「姫様、顔が真っ赤ですぞ? 具合が悪いのでは――」

「――って、じ、爺っ! まだそこにいましたの⁉ 死刑になりたくないならとっとと出ていきなさいっ!」

「は、はひいいぃっ!」

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